君との距離

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 じゃあ、一体どんな関係?




   

君との距離






 最近下らない事を言う人間が増えたと、ルックはつくづく思っていた。
 不必要な冗談や軽口を言う人間や、人を勝手に敵視して子竜を仕掛けてくる人間。それから相変わらずいろんな人間にへらへらして人を苛々させる――まあ、これはともかくとして。
 最近特に煩いと思うのは、彼だ。
「じゃあ、何?」
 ルック自身が身を寄せている――自分の本意ではないにしろ、だ――同盟軍軍主、ことフィル。
 類は友を呼ぶと言うか、むしろフィルは呼んだ側なのか、彼の言動はルックには突飛だった。
 できることならば、あまり近づきたくはない。質問攻めにされるからだ――某英雄について。
「なんでもないだろ、別に」
「なんでもないってことはないよー。シーナに聞いたし」
「シーナ?」
「ルックとスィンさんは恋人なんだって」
 あの色ボケの馬鹿はどこで何を吹聴しているのか。ブラックリスト内にあるシーナの項を思い切り減点する。
「違う」
 ルックがあっさりと否定してみせると、フィルは複雑そうに唇を尖らせた。「うそ」
「だってスィンさん、こっちではほとんどルックといるじゃないか」
 僕が迎えに行ってもさ。
 ふてくされたところで、ルックは構いはしない。何故最近はこうも絡まれるのだろうと思う。春先ならばまだ変な人間が増えたところで気にしないのだが。
「それはあんたたちが煩いからじゃないの」
「騒ぎはするけど煩くないよ」
「同じだろ」
 違う、とフィルは否定して、大きな瞳をくりくりと動かした。「でもさ、」
「じゃあ、なに?」
 帰ってきた質問に、ルックは静かにフィルを見返した。

 ――じゃあ、なに?

「スィンさんとルックは、一体どんな関係なの?」
 どんな関係だって、別にフィルに言う義理はない。そう言ってしまおうかとルックは思った。
 自分でも良くは分からなかったからだ。
 恋人、親友、友人、仲間、知人、他人。ふたりの関係はどのカテゴリに含まれても、きっとおかしくない。
 ただ、どこにおいても彼は特別だという、それだけのことだ。その特別に、名称を付けてしまうのはルックにはどうしてか不自然に思えた。
「――」
 ルックが口を開きかけた瞬間だった。フィルの見えざる尻尾がぴょこん、と飼い主を見つけた犬のように跳ねた。
 視線を追えば、見慣れた緑色のバンダナ。
「スィンさん!」
「珍しいね、ふたり、一緒にいるのは」
 ルックとフィルを交互に見て、スィンは本当に珍しそうにそう言った。考えてみたら彼のせいなのかもしれないと、ルックはフィルがわざわざ自分のところに寄って来る理由に今更気づく。
「何しに来たのさ、」
「来るなりそれはどうなんだろう……せめて顔を見合わせての第一声は挨拶にしようっていつも言ってるだろ」
「君だって違うようだけど?」
 ふい、と顔を背けると、スィンは苦笑いを浮かべた。「こんにちは、ルックにフィル」
「こんにちは!」
 即座ににこやかにフィルは挨拶を返す。ルックは毒づきたい気持ちでいっぱいになりながら、「何の用」とやはり愛想の欠片もなく訊ねた。
 挨拶を、なんてもっともらしくスィンも言ったものの、普段と変わらないやり取りに過ぎないので、やはり気にする様子はなかった。
「テンプルトンに地図を借りたんだけど、ちょっと土地名の違ったところがあったから言っておこうと思って」
 そう、とルックは興味もなく相槌を打った。図書館にはもう寄ってきたのだろうから、もうスィンにはこの城に用はないのだろう。送ってやってもいいし、暇だというなら多少付き合ってもいいとルックは思った。それが日常のふたりのやりとりだからだ。
 だが今回は、ふたりではなくフィルを含めた三人。フィルが何もせずにふたりを開放するわけがない。
「あ! そうだスィンさん!」
 ルックがスィンを誘う前に、フィルがスィンにじゃれ付きながら思いついたように口を開いた。嫌な予感。
 ――まさか。
 しかし、焦ったところでフィルはルックに見向きもしない。
「ルックとスィンさんってどんな関係なんですか?」
「は?」
 唐突な問いかけに、スィンが目を丸くする。フィルはその様子に気付かずに続けた。
「シーナはルックとスィンさんは恋人なんだーって言ってたんですけど」
 出てきた名前に、スィンが「あー」と半笑いを浮かべた。きっと先程のルックと同じようなことを考えたに違いない。
「ルックは違うって言ったんですよ」
 スィンは首を傾けた。「ふぅん」と感情の読めない、不思議そうな顔で頷く。
 ルックの眉間にシワがひくりと寄った。「ふぅん」て、何だ。
「スィンさんとルックって、恋人じゃないんですか?」
 フィルの無邪気な問いかけに、一瞬、ルックの中で時が止まった。俗に言う心の準備というものが出来ていなかった。
 しかしスィンの時は止まらずさくさく進んでいた。ちなみにいうとフィルもだ。
「違うよ」
 あっさり。
 同じことを言ったにも関らず、その台詞はスィンの口から出てきたというだけでルックの怒りの神経を刺激した。
 矛盾だとか理不尽だとか、そんなことを考えるゆとりもなく、純粋に腹が立った。
「ちょっと」
「なに」
「ちょっと!」
 ぐい、とルックがスィンの腕を取る。取ったはいいが、珍しくスィンは抗った。苛々としながら、ルックはその抵抗を諌めて――というよりも無理矢理腕を引っ張る。お互いに声は刺々しい。
「何だよルック! 僕はフィルと話してたんだけど!?」
「何だよも何もなにあっさり『違う』とか言ってんのさ?!」
「先に違うって言ったのはそっちだろ?!」
「君と違ってそれなりに考えた答えだよ!」
 嘘だ絶対! 現場を見てもいないのに断言しないでくれる?! 普段のルック見てれば大体分かるよ!
 始めこそルックが腕を引っ張る形だったが、終いに二人は肩をぶつけ合いながらずんずんと怒鳴り合いつつ廊下を突き進んでいった。
 声をかけそびれたフィルは、とりあえず進んだ方向はルックの部屋なんだろうなあとぼんやりと二人の背を見送る。
 そのフィルの肩を、どこからか見ていたシーナは叩いて「ああいうのをバカップルって言うんだよ」と後でどんな目にあうのかをあまり考えずに教えた。


end

2005.1.14


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