同じ空の下

theme



 知っている?
 デュナンの湖の前で、スィンはいつものように笑みを含んだ顔で訊ねた。
「海と空は繋がっているんだよ――だから、どっちも青いんだ」
 また馬鹿なことを、とルックは思った。




   

同じ空の下






 はあ? と思い切りルックの眉間には皺が寄っている。予測の範囲なのか、スィンは別段怒った様子もなく、くすくすと笑った。
「何言ってるのさ」
「不思議だと思ったから、かな」
 どう応えてくれるのか期待していた、そう言われて、更にルックは苛立ちを強めた。
 鼻先で笑う。
「馬鹿馬鹿しい。大体ここは海じゃなくて湖なんだけど」
「まあそうだけどね」
 言うと思った。そう嘆息して、スィンが肩を竦める。明らかにルックがムッとしたが、スィンはそのまま、笑って見せた。
「湖見ながら海の話をしても、駄目なわけじゃないだろう?」
 妥協のようにスィンが言う。
 我を張るのも馬鹿らしい話、とルックも力を抜いた。
「……まあね」
「ここ広いし」
「そう?」
「広いよ」
 さあ、と風が湖を渡る。その風に紛れるように、「そう」とルックが呟く。
「海が青く見えるのは、光のスペクトルの関係だよ」
 本に書いてあるのだろうことを、ルックが説こうと口を開く。
 スィンも頷いた。
「青い光は波長が短いんだったね」
「知ってるんじゃないか」
 責めるような響きに、「前に貸してもらった本に書いてあったよ」とスィンは悪びれず応える。そしてもう一度、悪戯っぽくルックの顔を覗き込んだ。
「どう応えるのかと思ったんだよ、ルックが。まあ、空と海が繋がっている、ってあたりに頷いてくれるとは勿論思ってなかったけど」
 現実的だった、とスィンが笑う。
 馬鹿にされたわけではないことを知りつつ、「悪かったね」とルックが刺々しく返す。
「君の親友は随分夢見がちな気がするけど?」
 意趣返しに、ルックがそう続けると、スィンは目を丸くした。歳、否、外見通りの幼い表情に、ルックは漸く満足したのか、口の端を上げた。
「違う?『海と空が繋がってる――だから海は青い』なんていったのはそいつじゃないの?」
 ぽかん、と立ち尽くしていたスィンが「どうして分かるの?」と目をぱちくり瞬かせた。
「君が大体そういう夢見がちなこと言い出すのは、親友とやらのうけうりが多いんだよ」
 気付いてないの。
 言われて、スィンは思い返す。あぁ、確かにそうかも知れないと、思った。
「今の僕があるのは、テッドのおかげだからね」
 小さな狭い世界から、手を引いて連れ出してくれた親友。――無意識に、左手が右手を追う。
「綺麗なものを綺麗だと、本当に思えるようになったのは、テッドが教えてくれたからなんだ。あのときも――そうだよ。確かに、テッドが言ったんだ」





『知ってるか?』
 悪戯っぽく笑う薄茶色の瞳。
 何かを思いついたかのように問うから、スィンはただ首を傾げた。
『空と海は、ずっとずっと遠くで繋がってるんだぜ。――だから、こんなにも海は青い』
 きらきらと、水面が揺れて。
 フィルターの外れた目に、光が刺さった。





「――綺麗だったよ。よく晴れていて」
 そう、今日みたいに。
 スィンは眩しそうに陽を見た。
 細めた目が、強い光に痛々しく歪んだように見えた。ルックは知らず口を開く。
「行きたいかい?」
 手を取る。――左手。
 右手からするりと外れたそれは、ゆっくりとルックに指を絡めた。
 「いや、」息を吐くように、微笑う。
「いいんだ。知ってるから――もう、分かっているから」
 忘れないから。
 目を合わせて、スィンはありがとうと言った。
 懐くように、こつん、と額が合わさる。「それにね、」
「湖も綺麗だって、ルックといて分かったから」
 驚いて目を丸くしたルックに、スィンは静かに笑った。



 綺麗だと言って微笑むスィンの目には、もうフィルターはかかっていないのだろうか。
 絡めた指を意識して、ルックは思う。
 見上げた空は攻撃的な程に晴れ渡り、ルックの目を真白く貫いた。


end

2004.6.25


theme


Copyright(c) 2011 NEIKO.N all rights reserved.

-Powered by HTML DWARF-

Gポイントポイ活 Amazon Yahoo 楽天

無料ホームページ 楽天モバイル[UNLIMITが今なら1円] 海外格安航空券 海外旅行保険が無料!