晴れた日に

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 空は青く、いい天気。海を渡ってくる風は、心地よく鼻先を撫でる。
 それでも、スィンの眉間のシワが消える様子はない。
 また、海に垂らされた糸も何の反応もない。
「ドス黒いオーラが出てるぞ」
 隣に座っていたテッドは苦笑しながら、その頭を叩いた。スィンは、その力を殺さずに叩かれたほうへ傾く。
「痛いし、魚、逃げた」
 傾いたまま、文句を言った。魚など引っ掛かってもいないが。
 スィンの不貞腐れ具合に、テッドが苦笑する。
「そうクサるなよ」
 「よっ」と掛け声をかけて、釣竿を振り、糸を垂らす。
「グレミオさんだって、悪気があったわけじゃないんだからさ」
「別にグレミオに言われたことなんて気にしてない」
 すぐに返される言葉に、テッドは再び苦笑した。単純なので考えていることは丸分かりだ。
 ふとした弾みに今朝、グレミオがスィンの『釣り下手』を指摘してしまったのだ。それからスィンの機嫌はあっという間に急降下し、テッドもフォローを入れるほどになった。
 自分で認識しているだろうに、人から言われると、やはり腹立たしいらしい。
 テッドはちら、とむくれているスィンに視線を投げる。
 下手。というか向いていないというか。スィンが垂らす糸には何故だかあまり魚が寄ってこない。一時期は必死になってスィンと共に原因を究明しようとしていたテッドだが、最近はすっかり匙を投げてしまった。なので今は皆、下手。ということで始末をつけている。
「あんまり自棄になってると、余計に魚が寄ってこないぞ?」
「う」
 テッドの一言にスィンは固まり、耐え切れなくなったように釣竿を横に置いた。「あーもうっ」と叫び、後ろへと倒れこむ。
「何で釣れないかなあ」
 そりゃ下手だからだろ、という一言をテッドは賢明にも慌てて飲み込む。
 ここでまた拗ねられても面倒だ。
「まーあれだ。タイミングが……そう、運が悪いんだろ」
「えー……」
「あとは勘? 長年やってればばんばん釣れるようになるって」
 そんなことはきっとまずないだろうな、と思いつつ、テッドは言葉を重ねる。それくらいで釣れるようになるなら今頃多分もっと釣れてるはずだし。
 下手の横好きとはよく言ったものだ。テッドはこっそりと胸の内で溜息を吐いた。
「テッドは釣れるくせに」
「お前な……」
 がくりとテッドが脱力した。
「誰がお前に釣り教えたと思ってんだよ」
「……テッド」
 憮然とスィンが答えると、テッドは大いに頷き、
「俺が下手なわけねえだろ」
 と言い放った。
 不満そうな顔のまま、スィンは口を開く。
「それ暗に僕が下手だって言ってるようなものだよね……」
「あ」
 失言にテッドがうっかり固まる。そのせいで、誤魔化すタイミングも失った。
 その様子に、スィンは眉間にますますシワを寄せてみせ――終いには肩を震わせた。
「スィン、お前……口元笑ってるぞ」
 呆れたようにテッドが指摘すると、スィンは腹を抱えて笑い出した。
「だ、だってテッドすごい焦った顔するからさ」
 遠慮なく笑い飛ばすスィンに、テッドも苦笑して殴る仕草をしてふざける。しかし不意に目に入ったものに慌てて叫んだ。「おいスィン!」
「へ?」
「引いてる! 竿、釣竿!」
「えっ? わ、わっ!」
 放り出していた釣竿をスィンが慌てて掴む。その糸がぐん、と引かれそして――、
「わっ!」
「おー!」
 獲たのは大物。
 糸を持ち、ぴちぴち跳ねる魚を見て、スィンは目を輝かせた。テッドが知る限りでも、スィンが釣った中で最も大きい。
「これでグレミオさん見返せるな」
 感動に浸る彼の頭をくしゃくしゃと撫で、テッドも笑う。
 「うん」とスィンは素直に頷き、それからはっとして澄ました顔を作る。
「別に。気にしてなんかないからな」
 テッドはスィンと顔を見合わせて、やっぱり笑った。
「ばーか」


 青く澄み切った空。白く浮く雲。海からは心地良い風。
 それはある晴れた日の出来事。


end

2004.3.25

2005.11.26 改稿


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