痛み
novel
海から来る風に、シンは溜息を漏らす。服を探って、携帯を取り出した。
妹のものであるそれは、ピンク色で、開いた先で妹が笑っている。その写真に、心は泣きたいくらい痛いのに、唇は笑みの形に歪んだ。
痛み
扉が開く気配がして、思わずシンは携帯を握り締めて顔を背けた。自分が今、随分と情けない顔をしているんじゃないかと思ったからだ。
近づいてい来る足音。それだけで、誰なのかシンには分かる。――今は一番、会いたくなかったのに。
「泣いてるのか?」
「誰がですか」
気遣うでもなく、横に並んだその人に思わずきつく言葉が漏れる。
どうしてこうなのか、シンにも分からない。気に喰わないから、それだけ済むのならまだいい。けれど、彼に対する感情はあまりにも複雑で、シンにも収拾がつかない。
英雄というその名への反発心、憧れ、オーブという国への想い、アスハへの憎しみ――アスラン・ザラという人間を考えると、いろんなものが混ざり合って、とても、ひとつには定まらない。
――理由はきっと、それだけではないけれど。
去る様子のない気配に、シンが顔を上げる。
「何か用ですか」
仰ぎ見た彼の顔は、心に滑り込むくらいに、優しい。シンは目を瞬かせた後、目を逸らすように俯いた。
いっそあの、ひっぱたいてきたときくらいに険しい顔をしてくれていたなら、こんな風に迷ったりはしないだろうに。恨みがましくもそう思う。
「用がなきゃ、ここにいてはいけないような言い方だな」
苦笑が聞こえて、シンの頭にカッと血が上る。「フェイスってのは忙しいんでしょう」
ねめつけるように見上げてみても、彼の優しい顔は変わることがない。翡翠色の瞳が柔らかく、まるで痛みを撫でるように見つめている。
それだけで、シンには分かってしまった。きっとこのひとは、痛みにただ敏感なのだと。きっと誰かを慰めることにあまりにも慣れている。
例えばここに泣きそうな思いでいたのがシンでなくても、それこそルナマリアやレイや、メイリンだったとしても彼は同じように瞳を緩める。
酷く、腹が立った。
悔しいと、思った。再び俯いた。唇を噛み締める。
「シン?」
呼ぶ声に、シンは応えるすべを持たない。
「泣いてるのか?」
俯いたままの頭を、戸惑いがちな手が撫でる。
それでも、シンは知っている。分かっている。この手は、自分だから特別に与えられるものではない。
「泣いてませんよ」
手を振り払う。彼は虚を衝かれたように目を丸くした。そのことにシンは少しだけ胸の空く思いがする。
だから少しだけ調子に乗って、彼を抱き締めるように腰に手を回す。身長差のせいで、まるで抱きついているような形が不服なところだ。
「お、おい?」
困惑した声をシンは知らないふりをした。
彼にとって特別でないのなら、絶対に泣くものかと、シンは思う。
それくらいなら。
「あんたが泣いたほうがまだましだ」
「は?」
シンはアスランの混乱をよそに、それなら慰められるから特別だしなと考えながらぎゅーと抱き締める腕に力を込めた。
end
2005/03/06
novel
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