波の音

novel



 ぼんやりと、スノウが海を眺めている。
 もう見慣れた光景だ。リドはスノウから数歩離れたところで、やっぱりそれをぼんやりと眺めた。
 やがてスノウがリドに気づいたのか、その方向を仰いだ。
「リド?」
 リドは声をかけられてから、声をかけられたことにはっとしてスノウに駆け寄った。スノウは苦笑して、「急がなくても」と呟く。
「うん」
 リドは、何とも応えようがなく頷いた。それを待ってから、スノウはゆっくりと海へと視線を戻す。特に、何かを喋る気配はなかった。
 会話が続かないな。リドは思う。
 甲板に並んで見ても、リドとスノウの周りには波の音が漂うばかりだ。
 落ち着かずに、リドはそわそわと体を揺らす。
「リド、どうかしたかい?」
 海のほうを眺めていたスノウが、リドへと顔を向ける。リドは少し驚いて顎を引いた。
「いや、何も」
「そう?」
 スノウは、心配げな表情を安堵へと変えて、また海のほうへと視線を戻す。リドは慌てて言葉を重ねた。
「ス、スノウは?」
「うん?」
「具合とか……」
 ああ、スノウは笑った。
「もうすっかり。元気だよ」
「そう……」
 スノウの笑みに、リドは戸惑う。こんなふうに、静かに笑うひとでは、なかった。
 波の音がいやに耳につく。スノウが静かだからだ。
 問いかけに応えてしまうと、スノウはぴたりと口を閉ざしてしまう。だからといって、別にリドの存在を煩わしいと思っているわけでも、無視をしているわけでもなさそうだった。
 しかしだからこそ、リドはどうしていいのか分からない。前のように、自分の好きなことを好きなように喋ってくれているのなら、拒絶されていないことが分かる。あからさまに怒っているのなら、拒絶されていることが分かる。しかしぼんやりとしているスノウは、そのどちらでもない。拒絶しているわけでも、受け入れているわけでも、ない。
 リドもスノウの隣で、ぼんやりとした。そうすると、スノウがとても自然に呼吸をしているのが分かる。肩肘も張らずに、必要以上に自分を持ち上げようともせず。ただその姿は、疲れているようにも見えた。
 これは、多分、喜ぶべき傾向なのだろう。リドは思う。しかし、どうしても不自然だという感が抜けないのだ。
「リド?」
 スノウが、また心配そうな顔をしている。リドは首を傾けてみせた。
「どうかした? 何か、言いたいことでもあるのかい?」
 スノウの言葉を、リドはじっくりと考える。
 言いたいこと?
 あるような気がした。けれど、言葉にはまとまらない。
 どうしたらいいのか分からず、リドはゆるりと首を振る。「別に、なにも」
 スノウは「そう」と静かに相槌を打った。
 波の音に相俟って、それは寂しそうに聞こえた。


end

2006.04.01


novel


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