「好きよ」
リリーナがそう微笑むので、ロイもつられたように微笑む。抱きついて頬に口付ける彼女に、「僕もリリーナが好きだよ」と告げた。
それはいつもと変わらないやりとり。幼い頃から幾度となく繰り返されてきたもの。だからロイは、いつも通り、リリーナが相槌を打って身体を離すのを待った。けれど彼女は微笑みを消して、じっとロイを見つめた。
「ロイのそれは、家族の好き、ね」
静かな瞳がじっとロイを見据える。嘘を見抜く必要もない、彼女は応えを聞くまでもなく知っているから。
「そうだね」
ロイが躊躇いもなく頷くと、リリーナは再び笑顔を浮かべた。今にも泣きそうに、眉尻を下げて。
「でも私は分からなくなってしまったの」
好きよ、ともう一度彼女は言う。それはまるで確認するような呟きにも聞こえた。
「ロイが好きよ。でもそれがどんな意味を持つのか、私には分からなくなってしまったわ」
ロイは応えずに、リリーナの言葉を待つ。リリーナは泣きそうな顔をロイの胸に埋めた。「きっと余裕がなくなってしまったのね」
「余裕?」
「大事な人が、いつまでも側にいるとは限らないでしょう?」
ロイは身体をこわばらせる。そして複雑に歪められた彼女の心を思った。オスティア侯の死、悲しむ間もないまま進んでいく戦争の日々。
リリーナはどれだけその優しい心を痛めてきたのだろうか。ロイは思う。それでも明るく笑顔で皆を励ましてきたその健気さを、愛おしくも感じる。
「でもロイには、好きな人がいるのね」
「リリーナ?」
「私を好きというのとは別の感情で、好きだと思う人が」
「……うん」
ロイの応えに、どうしてかしら、とリリーナは呟いた。
「きっと、一緒にいた時間は変わらないのに」
「どうしてだろう、ね」
問いかけに、応えはなかった。ロイ自身ですら分からなかった。
それは理性とは違うところで、本能を刺激している。
「ロイにも分からないことがあるのね」
くすりとリリーナは笑う。そうして彼女は顔を上げた。
いつもと変わらない、明るい笑顔。
「好きよ、ロイ」
リリーナは言う。それはきっと彼女にも分からない、未だに名の付かない感情が含まれた言葉。
「僕も好きだよ」
ロイは言って、リリーナの頬に口付けた。姉に、もしくは妹に贈るような言葉の響きに、彼女の胸が震えたことには気付かないふりをした。
end
2004/12/18
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