梅雨

novel



 遠くの方に見える緑に、もったりと乳白色の靄がかかっているのが見えた。
 辺りには、むっとした湿気が漂っている。
「……降ってきちゃったね」
 音もなく、細かな雨が土に吸い込まれていく。
 身を隠すように寄せた木の根元に座り込み、スィンは溜息を吐いた。「やっぱり、傘持ってくればよかったかな」
 出掛けに、傘を渡してくれようとした従者を振り切ってきた。
 帰ったら怒られるかも知れない。そう思うと、雨に相まって、少しばかり落ち込んだ。
「ま、もう少し待てば、止むかも知れねえし」
 テッドが雨に手を伸ばして、苦笑した。
 久しぶりの太陽に、スィンと一緒に飛び出してきたのだ??怒られるならば、自分も同じ運命に違いない。
「??梅雨だな」
 テッドがぽつりと言う。
 スィンと同じ木に体を預けて、瞼を閉じた。
「何? 今更」
「うん。うーん……このリズムと、空気と、雨の匂いが眠気を誘うよな」
 あふ。言葉通りに大きな欠伸。
 呆れたのか、同意なのか、スィンが小さく笑って訊ねる。
「雨の匂い?」
 そう、とテッドが応える。
「森の匂いに似てるだろ、もうすぐ夏が来るから」
 雨は、未だに止む気配がない。
 さあさあと、降り注ぐ小雨はあまりに細かくて、いっそ美しかった。
「テッド?」
「んー?」
 テッドの横顔を見て、スィンは首を傾げる。
「何で楽しそうなんだ?」
 上がった口端を指摘すると、え、とテッドが目を見開いた。
「楽しそうか?」
「笑ってるよ」
 そうか、といいながら口元から顎を隠すように手をやる。
 照れ隠しだろうか、テッドは微妙に苦笑して見せた。
「ま、ひとりじゃないからな」
 雨の中でも。
 テッドがぽつりと呟く。
 それがどういう意味なのか、スィンは問おうか迷い、やがて口を閉じた。自然と力が抜けて、緩やかに口元は笑みを形作る。
「そうだね」
 降り注ぐ雨。
 森の匂いと言ったテッドの言葉が、漸くスィンにも分かった気がした。今は、夏が来るまでの準備期間。
 もうすぐこの空は分かたれて、太陽が現れる。
 強烈な??凶悪なまでの力を持って。



 きっと夏はすぐに来る。


end

2004.6.24


novel


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