寒中お見舞い申し上げます。

novel



 珍しい人間が来たな、と思ったのがまず初めだった。けれどいきなり現れた風使いに、シーナは特段驚かなかった。それよりも、彼が持ってきた季節はずれもいいところの物体に目を奪われたからだ。
「何このスイカ」
 ぽん、と差し出されたまるで季節は外れな果物を、シーナは戸惑いながら受け取った。放り投げた方はひらひらと、シーナの目の前で一枚の紙切れを振る。「寒中見舞いだってさ」
「寒中見舞い?」
 日に焼けた紙を目を凝らして見つめる。
『寒中見舞い申し上げます。』
 安定していないところで書いたのだろう文字は、でこぼことして掠れていたが、確かに見覚えのあるものだった。
「スィン?」
「他に誰がいるのさ、こんな物好き」
 紙をつっけんどんにシーナに押しつけ、ルックが盛大に溜息を吐く。訊けば昨日届いたのだと彼は言った。
「届いた?魔術師の塔に?」
「そんなわけないだろ」
 週に一度くらい買い出しにいく店に届いていたらしい。周到な、そうシーナは笑う。彼らしい。
 こちらに届かなかったのは、足取りを掴まれるのを避けるためだろう。未だに英雄の帰還を望む声は高い。そしてルックに届ければこっちまで回ってくると考えているのだろう。その予想を裏切ってしまうには、ルックは多少優しすぎたし、シーナは魔術師の塔にいけないが、彼ならグレッグミンスターに――しかも大統領の住まいに――乗り込むことなど、そう難しいことではない。
「寒中見舞いねえ……それにスイカっていうのは何か間違ってないか?」
「そんなことは本人に言いなよ」
「っていうかあいつ今どこにいるんだ?」
「……知らないね」
 ルックがふいと顔を逸らした。だからシーナは、彼は本当に知らないのだと悟る。知らなくて、それが溜まらなく悔しいに違いない。
「、」
 悪かったと、謝るのは間違いだろう。そう気付いて開きかけた口をシーナは閉じた。代わりに肩を竦めて、違うことを言葉にした。
「なーにしてんだかなあ」
 窓の外を眺める。青い空がどこまでも続いているのを、苦笑したい気持ちで見上げた。
「知らないよ」
 さっきとは違うニュアンスで、ルックは言う。彼もまた窓の外を眺め、風に煽られた髪を抑えて指に絡めた。
 何をしているのだろう今頃は。シーナは話を逸らしたかっただけではなく、本当にそう思った。カリスマと、英雄と謳われたあの少年は。
 関わらなければ、きっと英雄サマだなんて茶化して、数年経てばその存在を忘れてしまっただろう。残るのは形ばかりだ、この国を救ったという。彼そのもの自体はきっとシーナの中には残らない。
 けれど関わってしまった。共に悪巧みする楽しみや、知らなかった分野の話をしあう興味深さを知った。きっとそんなことがなくても、友人と呼べるだけの関わり合いを持った。
 シーナはちらりと、隣で金茶の双眸を細める魔法遣いを見やった。あの少年と同じ、紋章の呪いを受けた人間。
 あの少年と彼と、三人でよく夜遅くまで話し込んだものだった。巫山戯た話も真面目な話もした。それは確かに友人と呼べるだけの間柄に間違いなかった。
 隔てを思う必要がなかったのは、あの頃までなのだろうか。開いていく身長差に、今更ながらシーナは焦燥を感じていた。あの少年は、やはり変わらずに??全くあのままでいるのだろうか。何に対しての焦燥なのか、自分でも分からない。大人になっていく自分、変わらない彼ら??置いていくもの、置いていかれるもの。あの少年の親友が生きてきた300年を思えば、寒気さえ覚える。

 ――けれど、それでも。

「ま、そのうち帰ってくるだろうけどな」
 根拠などない。しかし確信を持って自信を持って、シーナはそう言えた。ルックも否定はせず、鼻を鳴らしただけだった。全くしょうもない連中だと。
 関わってしまったから、彼が謳われたような英雄ではないとシーナは知っている。それはルックも同じことだ。しかし、それでも不思議と確信があった。助けを??自分たちがが本当に助けを必要としているときには、あの少年が現れると。
 きっとどんなに小さな声でも、聞き逃すことなどしない。
 シーナは不意に笑いたくなった。ルックはそんな彼を怪訝げに見つめて「気持ち悪いな」と眉を顰める。
「こんな色男に向かって失礼な。スイカ分けねーぞ」
 ふん、とルックは馬鹿にしたように鼻で嗤った。
「残念だけどね、あの馬鹿がスイカ一個で送ってくるわけがないだろ」
 まだまだあるよ、とルックが手を振る。ぽろぽろとスイカが足下に転がった。「うわ、マジかよ?!」シーナはぎょっとして目を見開き、笑った。
「あいつらしいな」
「全くね」
 ルックの悪態に、密かにシーナは安堵する。きっと、これだけは変わらないと思った。
 変わらないものがあれば、信じることができる。こうやって絆が続いていくことを。
 それは、とても極端だと分かっているけれども。
「ま、折角だから一個くらい食ってけよ」
 シーナが肩を竦めてそう言うと、ルックは「そうさせてもらう」と少しだけ笑顔のようなものを見せた。
 今日は某英雄サマの話題で盛り上がりそうだ。友人の話を共有できる友人がいることに、シーナはまた頬を緩めたのだった。


end

2005.1.14


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