指先の行方
novel
距離感の掴み方を、未だに把握しかねている。
指先の行方
ルックとは、多分、仲が良かったんだろう。スィンは最近になってそのことに漸く気づいた。
多分、というより、彼は随分親切だった。不機嫌な顔をしつつも冗談に付き合ってくれたり、叱りつけてくれたりもした。
それを本人に伝えたとしたら、今更気づいたのかと怒られることは必須なので、黙っておく。
スィンは横にいるその本人を、ちらりと見やった。
相変わらず機嫌のよろしくなさそうな顔。じっと見つめていると、睫の長さやら、それが綺麗に弧を描いている様やらを知るともなしに知る。白い肌に金茶の髪が透けていく様はとても綺麗で、改めてルックが美人であると言うことを確認した。それこそ、今更なのだが。
「何?」
「ん?」
訝しげに投げられた視線に、スィンはそらっとぼけた。考えていたことを全部曝け出したとしたら、本気で不機嫌にさせてしまう。
ルックは呆れたように嘆息した。言わずとも、ろくでもないことを考えていると知られてしまっているのだろう。スィンは苦笑した。
「そろそろ帰るよ」
「帰るの?」
「フィルはしばらく遠征に出ないだろうからね」
ん、と背筋を伸ばす。「日も暮れるし」
「送るよ」
さらりと言われた言葉に、スィンは背を伸ばしたまま固まった。筋が変なほうに伸びたような気がする。
困るのは、こういうときだ。『ああそう。じゃあね』と、そんなふうに送り出されてしまうのが、当然であるように思うのに。
何だか知らぬうちに、自分が随分ルックの傍に寄ってしまったようで、戸惑う。それが悪いことであるとは思わないけれど、自然であると受け止めるにはまだ慣れていなかった。
「……なんか」
「なに」
「ルック変わった、ね?」
どこが、どのようにと訊ねられてしまったら、答えは浮かばないのだけれど。スィンは迷いながら呟く。
「そう。」
ルックは特に何も言わずに手を伸ばした。スィンはその手に自分の手を乗せるのを、躊躇う。
手を引っ込めながら、ルックは軽く息を吐いた。珍しくも困っているように、スィンには見えた。
「別に変わってないよ」
「気づいてないだけじゃないの?」
「変わってないよ。ただ前から、」
前から。続きを途切れさせて、ルックは唸るように嘆息した。スィンは首を傾げる。「前から?」
「……どうでもいいだろ」
諦めと疲労の響きを持って吐き出された言葉に、スィンは少し安堵した。こういう物言いは、らしい。
「……君こそ、最近変わったんじゃないの」
「え?」
何が。スィンが素直に問うと、ルックは石版を撫でながら応えた。
「ここに来た頃は、少しでも滞在時間を短くしようとしてたじゃないか」
「それは今も変わらないと思うよ。これから、帰るし」
「……ま、いいけどね」
ルックは嘆息し、それからもう一度、手を差し出した。「ほら」
スィンはじっくりとその手を見下ろす。
「…………………………何その顔」
「え?」
スィンは目を瞬かせる。ルックは複雑そうな顔をして、また嘆息した。
「変な顔」
「へ? そう?」
スィンはぺしぺしと自分の頬を叩く。ルックが呆れたような顔をしているが、今更なのであまり気にしないことにする。
変な顔。していたといわれたのだから、していたのだろう。スィンにも、何となくだが原因は分かっている。指摘してきた張本人??ルックだ。
自分の顔が変だというのならルックは行動が変だとスィンは思う。変というより??不可解というか。
妙に、優しくなった気がする。
「何睨んでるのさ」
ルックが不審げにスィンを見やる。スィンは何でもないと首を振った。
ルックから見ればスィンのほうが余程不可解なのだが、生憎とスィンはそれに気づく様子はない。
三度差し出された手にようやっと自分の手を重ねながら、スィンは何だかよく分からないままに溜息を吐く。その影で、ルックも疲れたように嘆息していた。
end
2006.03.17
novel
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