惚れたほうが負けとは言うけれど

novel



 長い間読みたかった本が手に入った。せっかくだからと部屋で読むことにし、ルックは機嫌良くその本を開いた。
 ちょうど五頁目を捲ったところだった。
 廊下からばたばたばたっとやたらうるさい足音。眉根を顰めた次の瞬間には、ばたーん! と派手な音を響かせて扉が開いた。フィルが息を切らせて立っている。
「ルック! スィンさんどこか知ってる!?」
「知らないよ」
 というかそもそもノックしなよとか、廊下は走るなとか、言いたいことはいっぱいあった。しかしフィルは全くこちらに興味を失ったらしく、おかしいなあと首を傾げながら扉を閉めた。ルックはこめかみを揉んだ。
(来てるのか)
 ルックはちら、と窓の外を見やった。まだ昼間。早々に帰ったりはしないだろう。来ているのなら会いたいとも思ったけれど、少し考えた末に本に視線を落とした。――瞬間、またばーん! と扉が開いた。ナナミが部屋に顔を突っ込んで左右を見回している。
「ねねねルックー! フィルかスィンさん知らない!?」
「知らない」
 フィルは先程見かけた――いや、突撃してきたけれど、面倒なことに首を突っ込みたくもない。というかノックしろ。と言いたかったが、ナナミに言ってもフィル以上に無駄だとルックもさすがに知っている。
 「もーどこ行ったのよふたりともー……」とナナミも去っていく。漸く静かになる、とルックが息を吐いた次の瞬間にはまた扉が開いた。今度はうるさくはないが、やはりノックはない。
「よー、ルック……何だよ目付き悪いな」
 片手を上げつつシーナは首を傾げる。ルックはもう視線も上げる気がしない。本の五頁目を目で追う。
「スィンなら知らないよ」
「え、何だここでもないのかよ」
 シーナは頭をぽりぽりかきながら肩を竦めた。ルックはやっと頁を捲ると、「他にどこか探したの?」と問いかけてやった。
「図書館と酒場とレストランと? くらいか」
「とりあえず僕は会ってないし見てもいない」
「はー……そっか。次どこ探すかな……」
 シーナは首を回しながら部屋を出て行った。
 ルックは集中の出来ない環境にイライラする。こんなことなら、図書館で読めば良かったかもしれないと今更ながらに思う。
 まあ、もうさすがに誰も訊ねてこないだろう――と思ったら、今度はきちんとノックする音が届く。ルックのこめかみが引き攣る。
「おい、ルック。今日スィンに――」
 扉を開いたフリックは、問いかけを最後まで発する前に、部屋から吹き飛ばされていた。





 楽しみにしていた本だっただけに、もう少し落ち着いて読みたい。しかしどうにも集中できそうにない。
 ルックは諦めて、いつも通り石板の前に戻ることにした。なんだかんだでもう夕刻だ。スィンは帰ってしまったかもしれない。そう思ったけれど、近くにいるビッキーに訊ねるのも憚られた。それでは、先程自分を訪ねてきた彼らと同じになりそうで、何だか癪だ。
 更なる苛立ちを募らせ、ルックはこめかみを揉む。今日は一体なんだというのだろう。何故皆が皆、自分のところにスィンの行方を訊ねにくるのか。迎えに行った軍主のほうが知っているはずだろうに。
 考え込んでいたが、不意に入り口に影が落ちたことに気づいた。見覚えのある足元に、ルックは顔を上げる。やたらと皆が探しまわっていた人物が、ビッキーと挨拶を交わしていた。
 じっと眺めていたからというわけでもないのだろうが、彼はこちらに視線を投げた。少し目を瞬かせている。「あれ」
「ルックいたんだ」
「何か問題でもあるわけ?」
 スィンはこちらに歩み寄りながら、そういう意味じゃないよと苦笑する。
「さっき通りかかった時はいなかったからさ」
 会えて良かった。そう微笑まれると、ルックだって悪い気はしない。深い意味がないとは分かっているけれども。
 和やかな空気がふたりの間に漂う。
「もう帰るつもり?」
「うーん。そうだね、そろそろ……」
「夕飯くらい食べていったら?」
 スィンはルックを少しの間見つめ、じゃあそうしようかなと頷いた。長い付き合いなので、食事に誘われたことくらいは分かったらしい。
 行こうか、と歩き始めたところで、背後から「あー!!」と大きな声。振り返るまでもない。
 けれどスィンは驚いた様子で振り返った。「フィル」
「どうしたの?」
「どうしたじゃないですよーずっと探してたんですから!」
 言うなりフィルはスィンの腕に飛びついた。そうしてスィン越しにルックを睨む。「さっきルック、スィンさん知らないって言ってたのにー……」
「今会ったところなんだよ」
 げんなりしながら応じると、スィンも相槌を打つ。そうですか、とフィルは納得したのかしないのか分からないふて腐れた様子を隠さない。
 組まれた腕とは別の腕でフィルの頭を撫でてスィンは笑う。
「仕事は終わったの?」
「終りましたー。だからスィンさんと遊ぼうと思って」
 あっだから帰らないでくださいねっ。とフィルは付け加えるのを忘れない。こういう素直な要望を口に出せるところを、ルックは若干うらやましくも思う。
「じゃあ、これからごはんに行こうかってルックと言っていたんだけど、フィルも行く?」
「行きます!」
 にこにこと一気に機嫌が直る。現金だな、とルックは肩を竦めた。それを見て、フィルはぷくりと頬を膨らませた。「大体ルックはずるいよ!」
「なにが」
「だっていっつもスィンさんと一緒なんだもん」
「そうかな?」
 今度はスィンが首を傾げる。そうですよ! とフィルはスィンの顔を見上げた。
「スィンさんどこかなーって思ったとき、大抵ルックのところに行けばいるじゃないですか」
 スィンは少し考えた後、確かにそうかも、と頷いた。
 むーとフィルはますます膨れた。
「何でルックのところなんですか?」
「気が楽だから」
 さらりと告げられた理由に「付き合い長いですもんね……」と納得したのはフィルだけだ。ルックはあんまりにも簡単すぎる理由に固まった。その様子にスィンが気づく。
「あ、何か別の理由を期待した?」
 にやにや笑ってからかい気味に言うくせに、これにもやはり深い意味はないのだろう。ルックの気持ちなどまるで分かっておらず、単なる冗談のつもりなのだ。本人は。
 こういう察しの悪さ――いや、鈍さをルックは本当に心の底からたちが悪いと思う。腹が立って仕方がない。まあ――伝えていないので仕方がないのだが、それにしたって鈍すぎだろう、と何度思ったか知れないことを再度思った。
「ルック? どうかした?」
「たまに君のことを殴りたくなるんだけど」
 スィンは一度、二度、と瞬きをした後、無駄にきりりと真面目な顔を作り上げた。
「落ち着いて、ルック。暴力は何も生まない」
「君分かってないだろ」
 朝からの苛立ちも加算されて我慢の限度を超えた。頬を思い切り抓ってやる。スィンはすぐに逃れて、抓られた場所を摩った。
「酷いな」
 むしろ君のが酷いよ、という言葉だけはルックは飲み込み、ふん、と腕を組んでそっぽを向く。
 スィンの腕にくっついたフィルが、またふたりだけで仲良くしてる! と地団駄を踏んでいた。


end

2011.05.26


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