微熱

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 スィンはぽかん、と間抜けに口を開けていた。間抜けに、というか、実際ルックには間抜けて見えた。
「まあ、気づいてないとは思ってたけど」
 疲れたように溜息を吐く。気づいていた、と言われるほうが恐らく驚いただろう。
 ルックの溜息に、スィンが漸く我に返ったのか身じろいだ。「……え」
「ルックって僕のこと好きなの?」
「そうだよ」
 いっそ開き直って言ってしまうと、スィンはどこか不可解そうに顔を顰めた。ルックはむしろその表情のほうが不可解で、首を傾げた。
「なに?」
「うん、」
 ふむ。とスィンは顎に片手をやり、考えるそぶりを見せる。今度はルックのほうが不可解に眉根を寄せた。
「疑ってるの?」
「いや、そういうわけじゃなくて……」
 何と言ったらいいのかなと、スィンは考え込むように俯いた。ルックは俯いた拍子に揺れたスィンの前髪を見つめつつ、全く、と嘆息する。
 曲がりなりにも、告白をしたはずだ、自分は。本当はこんなにあっさり言うつもりはなかったから、成り行きといっても良い。けれどそれで少しは変化があるのではないかと、それを期待して告げた。はずだ。
 しかし実際のところ、それでふたりの間にある雰囲気が変わったかというと、そんなことは全くなかった。スィンはうんうん唸っているけれど、纏っている空気は普段と変わりない。
 ルックは、スィンから自分に寄せられている信頼というものを自覚している。その信頼を、壊してしまうつもりはなかった。想いを告げることで、気まずくなることを望んでいたわけではない。けれどもっとこう――何かもっと考えが分かるような反応をしてもらえないものだろうか。
「僕はさ、」
 スィンが顔を上げた。ルックは知らずに胸の前に腕を組む。
「ずっとルックに迷惑をかけてただろう?」
「過去形にしないで欲しいね」
 現在進行形にしてもらいたい。ルックはぼそりと呟く。
 スィンは苦笑した。
「うん。ずっと迷惑をかけてる。自覚してるんだよ、これでも。だから余計に、ルックに好かれる理由が分からない」
 ルックは片眉を跳ね上げる。スィンは慌てて手を振った。「ルックを疑ってるとか、そういう話じゃないんだ」
「じゃあ、なに」
「……迷惑をかけてるってことはつまり、情けないところばっかり見られてるってことだから」
 スィンは途方に暮れたように、ルックへと顔を向けた。
「好きになってもらえるような理由が、見つからない」
 ルックは自然と、スィンの頭に手を伸ばしていた。ルックよりも、スィンのほうが少し身長が高いため、踵が軽く上がる。頭を撫でるようにして、バンダナを剥いだ。
「……言ってあげてもいいけど。」
「何を?」
 ぐしゃ、とルックが髪を撫でるのをスィンは止めなかった。バンダナをするりと手に納める。
「理由」
 ルックの言葉に、スィンは目をぱちくりと瞬かせた。りゆう、と唇で唱える。
 ルックはスィンの闇色の瞳をじっと見つめる。
 好きな理由。黙って迷惑をかけられている理由。情けない姿を見ても知らないふりをしない理由。それは、ある。あるけれど、かたちにはならない。
 しかし求められるなら、応えてもいいとルックは思った。思ったけれど、請うような闇色の瞳に、じわ、と怒りのようなものが募る。
「やっぱりやめた」
「え? 何で」
「何でも」
 ぺち、と額を叩く。スィンは不満げに額をさすった。
「さっきから何なんだよルック」
「――好きだよ」
 スィンはたじろいだように黙った。
 ルックは真正面から、スィンの顔をじっと見た。
「僕は君が好きだ」
 理由なんてなく、ただその言葉を受け入れて欲しい。ルックは思う。
 信じてほしい。
 ルックの見つめる先で、スィンは微かに頷いた。そのまま俯いてしまった。
「スィン?」
 ルックが訝しむ先で、「じゃあ、帰る」とスィンはいきなり踵を返した。
「ちょっと?」
「帰る」
 スィンは振り返りもせずに繰り返した。本当に帰ってしまうのだろうその様子に、ルックは慌てて引き止める。
「ちょっと待ちなよ」
「帰る」
「待てって言って……スィン?」
 何とか正面に回り込むと、ルックには何故スィンが振り返らなかったのか、知ることができた。――耳のふちまで赤く染まっている。
「…………照れてるの?」
 まさか。ルックは思う。先程まで、何も気にしたそぶりさえなかったのに。
 ルックが呆然と問うと、スィンは片手で顔の下半分を覆った。「いや……」
「いきなりこう……実感して、びっくりした」
「……そう」
 ルックの頬もカーっと急に熱を帯びた。移ったとしか思えない。
 ルックは知らず顔を逸らしながら、スィンの手を無理やり取る。
「ルック?」
「送ってやるって言っただろ」
 お互い顔を直視できない状態になりながら手を繋ぐ。
 体温の上昇が、止まりそうになかった。


end

2006.03.20


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