小さな愛のうた <第2話> 僕は、彼女の口から偶然に出た「その言葉」を聞いて、心底驚いた。 そう、僕は生まれつき、本当に口が不自由だったんだ。 親は僕を魔法学校に進学させるのを諦め、あなたは、魔法以外ならば 何だって活躍できるのよ、と励ましながら育ててくれた。 「魔法以外、か・・・」 魔法が使えないタルタル。かと言って、エルヴァーンやガルカの様に 前衛向きの体では無く、唯一頼れるのは、身の素早さだけだ。 だから僕は、シーフになった。 確かに、そんな事情をレミミが知る訳もないし、偶然だったって事は 頭の悪い僕にだって理解できる。だけど、胸が焼ける様に痛くなって。 ・・・もう彼女に関わるのはよそう。 お粗末な告白も、済んでしまったんだから。 「おーい! そこにいるのはローファかー?」 かなり遠くから、僕に声をかけたのは、とっても目のいいミスラ戦士 のジェジーさんだった。 「なんだ、シケた面すんなよ、ビジンのオレが声かけてやったのにさ」 ニヒヒ、と彼女は歯を見せて笑うと、僕の背中をバンバン叩いた。 結構本気で叩いてるんじゃないかと思うほど、強く。僕がイテテ、と 半泣き顔をすると、ジェジーさんはますます意地悪く笑った。 「レミミにフラれたのか? おーよしよし」 何と言うか、パーティーのリーダーだった時とかなり印象が違う。 こんなに不遜・・・いや、豪胆な人だったのか。細やかな指示をしつつ 先陣切って敵を薙ぎ倒す彼女の姿がイメージに未だ強く残っている。 ちょっとプライベートの時には・・・避けたい相手かもしれない。 「・・・って、な、何で僕が、レミミにひとめ惚れ・・・」 言ってから、しまった! と手で口を塞いだけど、もう遅かった・・・ 「ほうほう、ひとめ惚れかあ・・・青春だねぇ」 にんまりと笑うジェジーさんを憎らしく思った。 もう、終わったんだ。彼女との事は。僕の事は放って置いて欲しい。 「じゃ、これ、渡しておくからね。確かに受け取ったね」 彼女は僕のボサボサ頭に何か紙切れを挟んで、カラカラと笑って去った。 何だろう? かさりと音をたてて開いた紙切れにはこう書いてあった。 『今夜10時、下層の酒場で待つ。 レミミ』  この後、これと同じ物を4枚もらうことになる。 レミミが元パーティー仲間にこれを配って、僕を探してたってことか。 嬉しいけど、複雑な気分だ。 ********************************* どうやら、4人ともローファを見つけられたみたいね。 4人揃って報告に来られた時は、正直笑っちゃった。何で私だけは彼を 見つけられなかったんだろう? やっぱり、避けられてるのかな。 「レミミちゃん、きっと来るよ、だーいじょうぶだって」 「そうそう。ひと目惚れとか言ってたし♪」 「こんなに可愛い子を放っておいて、来なかったら俺の呪術で・・・」 「いや、アンタのは洒落にならないから止めなさいって・・・」 みんな、私を心配して勇気付けてくれる。って、何だか私がローファに 告白するみたいな展開じゃない!? うう、作戦は失敗だったかしら。 「みんな、協力してくれて、ありがとう」 思わず(笑いで)涙が零れそうだったけど、それがまた、彼女達を煽っちゃ う結果になって・・・はあ。みんな、もしや・・・デバガメ行為なんてしないで しょうね? まあ、そんなのが見つかったら、私の鉄拳が飛ぶだけです。 さあ、時間が経つのは早いもので・・・もう、9時か。 そろそろ、下層に行ってこよう。 ********************************** 悩んでいる内に、時計の針はもう9時を示していた。 どうしよう。彼女に謝るべきなのは分かってるんだ。昼間の出来事。 僕が勝手に彼女を振り回してしまっていること。僕の事情は・・・関係ない。 そうだ、彼女に謝って、もう一度、ちゃんと気持ちを伝えよう! その決心まで辿り着くのに、およそ30分もかかってしまって。 酒場に着いたのは、10時ちょっと前だった。扉を開けて開口一番に時刻が ぎりぎりになってしまったのを謝った。 しかし、レミミは居なかった。 「すみません、タルタルの女の子が、ここに来ませんでしたか?」 もしかしたら、僕が遅くなり過ぎて帰ってしまったのかもしれない。 「いや、この時間は見かけてないよ」 あれ? 10時にここじゃ無かったのかな・・・ 行き違いになるのをおそれて、僕は10時過ぎまで酒場で待っていた。 だけど、肝心の彼女は来なかった。 あまり長く居ても仕方が無かったので、あと1時間したら帰ろう、と思った。 『・・・〜♪』 酒場には、吟遊詩人さんが沢山居て、得意な歌や演奏を披露してくれていた。 ある1人の、恋人を慕う詩が耳に入ると、すごく素敵なので僕が気に入った フレーズを、一緒に歌ってみた。 『・・・〜♪』 「・・・〜♪」 僕が気持ちよく歌っていると・・・だんだん周りがザワザワと騒ぎ出した。 「・・・〜♪ ・・・〜♪」 曲が終わり、歌が終わった後でも、ざわつきは絶えなかった。 「あの・・・えと、僕の声、変でしたか?」 *********************************** いたた・・・なんだか頭がズキズキする。 あれ? ここはどこだろう・・・? 私は下層に降りて、酒場に向かっていたはず。なのに、何故こんな見知らぬ 倉庫のような場所にいるんだろう。 1、間違ってここに入った。 2、実は、ここが酒場だった。 3、攫われてここに入った。 まあ、きっと3なんだろうなあ。 モンクたるもの、不意を突かれて攫われるなんて、精進が足らない証拠ね・・・ 「お、起きたみたいだぜ」 何だか、思いっきり聞き慣れた声がするんですけど。 「ねえ、本当に良かったの?」 「いいから誰か、犯行声明文書いてよー」 いいから・・・って、あのねえ。 「んじゃ、もう一眠りしてもらいますか?」 「あれ、本当はアリ・・・イテテ、髪の毛引っ張るなよ」 絶対、確実、100%、悪巧みをしているのは、あの4人組ね・・・! うう・・・これは・・・眠りの・・・魔法・・・か・・・ 私の意識は強制的に暗転した。 *********************************** 「君の声は・・・不思議なことに、言葉が消えるんだ」 それを聞いてハッとした。またやってしまった。 僕の生まれつきの「口が不自由」というのは、実は、このことなんだ。 魔法の詠唱をしても、途中で言葉が聞こえなくなる。それは僕には分からない。 ただ、聞いている人によると、途中からただの「音」になってしまうそうだ。 「例えるなら・・・そう、楽器。まさしく、楽器なんだよ、君の声は」 吟遊詩人のひとりが、そう言って僕の名を求めた。 「歌の神童、ローファ・ローダ氏に乾杯!」 わあっと湧き上がる吟遊詩人たちの酒場。 歌の神童なんて・・・そんな大それたものは僕には似合わない。 でも、僕の声が「楽器」か。なんて言い得て妙な例えなんだろう。 僕は自分の事ながらこの時初めて納得した。 僕は未だにレミミが来ない理由を、深く考えていなかった。 *第3話につづく* 次回で完結・・・するといいなあ^^; byるるる