『ふぅーーーーっ』 天井に向かって勢いよく煙を吹き出した。 暗闇にオレンジ色の光がゆらめく。 横には満足した顔で眠るタルタルがいるはず。 (んー・・・だるいなぁ) 幼児のような体と理知的なしゃべり方のギャップが面白くて、ついつい誘ってみたが 事が終わるとただの面倒な生き物でしかなくなってしまった。 『ん・・・』 甘えるような寝息をたて、寝返りをうっている。 名前すら思い出せない。 いや、いつものことだが覚えようとしていないだけだ。 すぐさま追い出し一人になりたがったが、理屈で塗り固められたやつと議論する 気にもならなかった。 (こっちが出てくか) 煙草を灰皿に押しつけ、すやすや眠るタルタルに気付かれないように起き上がる。 ベットの下に脱ぎ散らかした衣類からローブを拾いだし、素肌に羽織り外にでた。 雲のない新月の夜空。 星の光だけそそがれる人影のないサルタバルタをゆっくりと歩きだした。 武器も身を守るものも全て置いてきたが、このあたりの獣共が襲ってくるはずもなく 時折吹く風がローブをひるがえし、体を心地よく冷してくれる。 煩わしいことが全部なくなり、このヴァナディールに存在するのは自分だけでは ないか という空想にふけっていた。 ふと、風の中に違和感を感じた。 耳を澄ますと楽器を奏でる音がかすかに聞こえる。 現実に引き戻された腹立たしさも多少あったかも知れない。 楽器を奏でるのは吟遊詩人くらいのものだが、どんなやつか顔を拝んでやろうと音色 の招待に応じることにした。 近づくにつれ、その不確かでたどたどしい音色がはっきりと聞き取れた。 まだ新米の吟遊詩人なのだろう。さらに先に進むと、岩肌を背に小さな石に腰掛けた 人影が見えてきた。 まだ若いヒューム。17・8歳くらいか? 時折膝に目を落とすのは、まだ曲を覚えきれていないのか譜面を確認いるようだ。 コルネットを操る姿はさまにはなっていなかったが、指は長く美しい。 なにかぶつぶつと呟いたかと思うと、急に立ち上がりコルネットを奏でだした。 目をつぶり懸命に演奏するその音色は、お世辞にもうまいとはいえなかったが、耳に 心地よく響いた。 吹き終わると自分に満足したようににっこりと笑い、何度も頷いて再び石に腰掛 けた。 そのまま気付かれないうちに帰るつもりだったのだが、未熟な吟遊詩人に興味がわい てきてしまった。 (・・・いや、下心か) 自嘲の笑みがこぼれる。まぁいい。私はそっと草陰から姿をあらわした。 『だ・だれ?!』 足音に気付き驚いて顔をあげて私を見る。 そりゃ驚くだろうな、いきなり草陰からエルヴァーンが現れたのだから。それと もヤグード とでも思ったのだろうか。 『こんな夜中に練習?』 歩みを止めず質問に質問で答えた。 『あ・・・はい・・・』 私の態度に押し負けたように答えてきた。いきなり隣りに座って警戒されるのも 面倒なの で、斜め向かいの手ごろな石に腰掛けた。 腰を落とした瞬間、自分がローブしか身につけていないことに気付いた。そし て、どうも必 要以上に怪しまれている理由がわかったような気がする・・・ 『もしかして・・・うるさくて起こしちゃいました?』 おずおずと私を窺うように見るそのかわいらしい顔を見つめ返して微笑んだ。 『いや、寝つけなくてね。散歩してると音が聞こえたから来てみた。』 まぁ、嘘ではないしそういうことにしておこう。 どこにでもいるヒュームはもう食い飽きていたのだが、たわいもない話にもころ ころと表情を変え 私の話に熱心に聞き入り、自分の夢や希望を嬉しげに語る姿は新鮮だった。 その気にさせてちょっとつまんでみようかと思っていたが、箱入りで育てられた ような澄んだ心と体を、 私のきまぐれで汚すのが忍びなくなってきてしまった。 そういう知識があるのかどうかも怪しいな。 こんな時間に暗がりで、種族は違えど男と女のふたりっきりだというのに・・・ 大丈夫なのだろうか? 『ふふ・・・』 保護者のような気持ちになってきた自分に思わず笑ってしまった。 『どうかされました?』 急に笑い出した私を不思議そうに覗き込んできたその顔を歪ませたい気持ちを抑 え、頭をぽんぽんと なでて立ち上がった。 『いや、なんでもない。そろそろ帰るよ。邪魔して悪かったね。』 『あ・・・』 なごり惜しそうに一緒になって立ち上がり、何か言いたそうに私をみつめている。 『ん・・・夜も遅いし、気をつけて帰るんだよ?怖い狼が結構いるからね。』 よくわからないといったように小首をかしげる様もそそるなぁ・・・惜し い・・・うーん どっちが名残惜しいのかわからなくなってきた時に、意を決したように私に歩み 寄ってきた。 『よかったらお友達になってくれませんかっ?』 (・・・はぁ?) 一瞬あっけにとられて、オトモダチという言葉すら理解できなかった。 冒険者に与えられるフレンド登録機能など、使わなくなって久しかったからだ。 『だめ・・・ですよね・・・』 驚きと困惑で固まる私の様子を勘違いしたのか、俯いてすっかりしょげかえって いる。 あぁ・・・もうだめだ。 このまま放っておいて悪い奴らの餌食になってしまう前に・・・ってことで自分 を正当化! いただきます・・・っ