<エピローグ:過去> ゼノンの腕の中で、ユスランはぽつぽつと語り始めた。 追放を宣告された後、呆然とした表情のまま姿を消した彼女は、しばらくしてゼノンの部屋を訪れた。 何故ここへ、と問う彼に対し、ユスランはわからないと答える。ただ、見守り続けてきた者を手放さなければ ならなかった寂しさを、二人は共有していた。それだけは、口にしなくても分かった。 だから、どちらからとも分からず、彼らは互いを求めた。 ユスランは抵抗せず、またゼノンも容赦はしなかった。何度か交わった後、不意に彼女の瞳に大粒の涙が溢れた。 堰を切ったようにユスランは己の過去を独白した。掟中心の一族の、何もかもに反発し、抵抗していた自分。 姉であるユミーナが、愛した男との契りを望んでいることを知り、本当に愛しているなら儀式に出るなと けしかけた事。そしてその言葉の裏には、ユスラン自身も彼に想いを寄せていたという醜い嫉妬があった事。 「知らなかったの…あの酒が、発作を押さえる為のものだなんて、知らなかったのよ…」 儀式や掟とは、そこに何らかの意図があって発生する。そこに秘められた本質を見極められなかった若い彼女は、 姉を焚き付け、そうすることで旧い在りように抵抗しようと目論んだ。そして、事件は起こった。 男は死に、身籠もったユミーナは罰せられることはなかったが、逃げるように故郷を去った。 優しかった姉、恋心を抱いた男、二人を失ったユスランは初めて己の罪に気付いておののいた。 それからの彼女は自ら志願し、影から姉を見守る役についた。ミューリルが生まれ、やがてゼノンが彼女らに近づき、 そしてあの夜のあとにユミーナが部屋を飛びだし、幽鬼の巣窟へその身を投げ出して深手を負って死ぬ寸前まで、 ずっと彼女を見てきた。 瀕死の姉をおぶって、ユスランは泣きながら問いかけた。何故こんな馬鹿なことをしたのだと。全てを忘れて、 何故あのヒュームと生きようとしなかったのかと。 (約束やぶっちゃったから。心も、体も、ぜんぶあの人にあげるって言ったのに) 虫の息の中で、ユミーナはそう告げた。ミューリルの父親と交わした、最初で最期の約束、それを片時でも 忘れようとした自分が許せなかったから、と。そして、もう自分の爪と歯で、愛した男を引き裂くのは嫌だから、と。 そこまで言って、彼女の背中の上でユミーナは昏倒し、街で治療を受けたものの、二度と目を覚まさなかった。 結果的に、自分が姉を殺した。その事実はユスランを打ちのめした。ミューリルがウィンダスで修行を始めるように なってからも、罪に怯える彼女は姉の娘に近づくことすらできなかった。 「わたしは…卑怯者なの。どうしようもなく、醜い女なのよ…」 泣きながらユスランはそう言った。姉の愛した男に抱かれながら、呟くように吐き捨てる。 不意に、ゼノンがぐいと体を押しつけた。刺し貫かれる快楽に、女はたまらず悲鳴を上げた。寂しさで一杯の心が、 男の体温を求めて蠢動する。切なげな、熱い吐息が漏れた。 「…俺と、来い」 彼も、寂しかった。その心の隙間を埋める相手を欲して、彼女の熱を奪おうとする。 「卑怯者同士、丁度いいだろう…?」 数週間後、ジュノに戻った彼の傍らには、見慣れないミスラの女が寄り添うように立っていた。 <エピローグ:現在> ここは本当に…の中なのだろうか。国への貢献が認められ、高位の冒険者として選ばれた者のみが入ることを 許された不思議な空間で、パウ・チャは一人の女と対峙していた。 頭上を埋めるのは、幾億もの光のかけら。それらが幾重にも折り重なって、足下をぼんやりと照らしている。 「根回し、助かった。すまん」 彼女は微笑んで、首を振った。彼女は…として、私事が禁止されている人間である。だから、彼女のこんな顔を 見ることが出来る人間は、そう多くはない。 「で…。今いった事は…もう避けようがないのか?」 苦しげに、パウ・チャはそう問いかける。眉間に皺を寄せて、うつむいた。拳が震えている。 しばらくのためらいの後、女は小さく頷いた。哀しげな瞳が、男を見つめている。すい、と小さな手が天井の一角を 指さした。そこには寄り添うように輝く氷色と蒼色、ふたつの光がまたたいている。その蒼色の光が若干、弱い。 さらに目を引くのは、ふたつの光を下から飲み込むような形で近づく黒いしみの存在だった。 「俺に出来ることは限られている…所詮は生身の人間だからな。でも…」 声が揺れた。迫り来る予感に、彼は打ちひしがれる。 「今回の事だってそうだ。結局俺は、見守ることしかできない。俺は…俺は…どうすればいい!」 衣擦れの音がした。女が、男を優しく抱きしめたのだ。その温もりが、彼の心をつかの間、癒す。 「…すまん。お前が一番、苦しいのだよな」 忘れかけていた涙が目の淵を潤すのを感じて、パウ・チャは謝罪した。彼女をそっと、抱き返す。 「お前のために、俺は生きてる。だから、俺に出来る最善を、いつも尽くそう」 静かな空間に、誓いの言葉が響く。そして、別れた影の片方がやがて消えた。女はその後をいつまでも見つめ続けていた。 <エピローグ:未来> 「たっだいま〜〜〜」 ばーんと酒場の扉を開け放して、脳天気な声が店中に響いた。 「あ、マスターお土産。これ絞って、今すぐ」 固い鱗で覆われた南国産の果実を数個、ディルムッドは酒場の主人に投げて寄越した。主人は苦笑しながらも、 それを圧搾機にかけてくれる。その間に、彼はカウンターに並べられた小皿からつまみを失敬していた。 常連でなければ許されない傍若無人ぶりだ。 「もう、帰ったそうそうなにやってんの!」 ミューリルがディルムッドの後頭部をぺちっとはたいた。彼らの声に気付いて、演奏が止む。 ステージ前の、一番いい場所を占拠していた人々が、そちらを振り返る。 一番目立つのは、やはり一番背の高いエルヴァーンの青年だ。彼に肩を抱かれているヒュームの娘が、軽く手を振る。 黒髪をきっちりとまとめたエルヴァーンの娘は、やれやれといった風に視線を向けると、また恋人の吟遊詩人に 視線を戻した。だがその口元は少し笑っている。 すでに出来上がっているヒュームの男は、ジョッキの底に残った酒を飲み干すと、追加分を注文した。少し考え直して、 もう一人分追加するように給仕へ声をかける。 ヒュームの男の背中に隠れるようにしていたミスラの女が、戸惑いがちに視線を彷徨わせながら、軽く頭を下げた。 彼女の事は、リンクパールを通してすでに聞いていたから、ディルムッドは苦笑いしながらも手を振ってそれに答える。 新しい仲間、それが、そのミスラの今の立場だ。 最後に、ステージ上の小さな吟遊詩人が顔を上げた。 「遅かったな」 苦笑しながら、パウ・チャはそう言った。 「まーね。だって新婚旅行だもの。…がふっ!」 容赦のないボディブローが、すかさず青年の脇腹に叩き込まれた。ユスランが眼をまんまるにしてそのやりとりを 見つめていた。救いを求めるようにゼノンの方を見るが、他の者は気にも留めない。 「ミューさん、カザムはどうでした?」 新天地の話を待ちこがれて、アリアが瞳を輝かせながらそう問いかける。苦労の末に飛空挺パスは手に入れたが、 皆の時間がなかなか合わず、結局誰もその地を訪れていないのだ。まだ見ぬ異国の話に、胸が高鳴る。 「うん、いろいろ面白い話、聞けたよ。あと、ディーがね、面白い技を身につけたの。  ニトウリュウ、っていうんだっけ?ルーヴ、ゼノン、後で見せて貰うといいよ」 そう言って屈託なく笑う娘を、ヒュームの男は穏やかな瞳で見つめた。誰がなんと言っても、それは子を想う親の視線 だった。彼自身だけが、まだそれに気付いていない。そんなゼノンを、ユスランだけが不思議そうに眺めていた。 「こっちも、色々ありました。なんでも昔、その威力ゆえに禁呪とされた魔法を身につけた人がいるとか」 「召喚魔法、だっけ。うん、それにまつわる伝説も色々聞いたよ。あのね…」 聞き足りない、話し足りない、そんな風にして仲間達の夜はふけていく。 たとえ、どんな困難が待っていても、胸の内の純粋な部分を共有している彼らなら、きっと負けない。 ふと、パウ・チャはそんな事を考えた。それが、確かな予感であって欲しいと願いながら。 その穏やかな談笑を引き裂く、ばーーんという激しい音が響いた。見れば、酒場の扉が粉々に砕けている。 周囲がさあっと色めき立った。ディルムッドはミューリルを、ルーヴェルはアリアを、そしてサフィニアはパウ・チャを、 それぞれ己の背後にに庇う。しかし、その騒音と共に現れたのは、小さなタルタルの女性であった。 「見つけましたわよっ!!」 甲高い声で叫ぶ女性は、びしっと指を突きつけて一人の男を指さした。少々化粧が濃いところを見るに、 それなりの年齢なのだろう。扉だけを破壊するという、きわめて高度な魔術の使い方から察しても、相当な腕の 持ち主であることが分かる。 さて、その指で名指しされたのは、他ならぬゼノンであった。とっさに、ディルムッドだけが彼と彼女の関係に 気付いて真っ青になる。女性はりっくりっくとゼノンに近づくと、椅子に足をかけてテーブルの上に登り、 小さな手でその顔を挟むと、固まって動けない彼の唇としっかりと奪った。 「ふ、まだまだ青いですわね。これしきのキスで固まるなんて、ウブだこと」 腰に片手を当てて、ほほほ、と彼女は高笑いをした。店の注目を一身に受けても、微動だにしない。 「あ、あの〜、ララシャさん…いつ、ここへ…」 ディルムッドがおそるおそるそう問いかけた。その頬が引きつっている。 「あら、おひさしぶりですわね赤小僧。ついさっきですわ。あのボンクラとの離婚がやっと終わったんですの」 「は!?」 言葉の意味を理解しきれず、ついにディムッドまで固まった。そんな彼を無視して、ララシャはゼノンに向き直る。 「これでもう、わたくし達の間に立ちふさがる弊害は無くなりましてよ。さぁ、この天才黒魔道士たるわたくしと  あなたの二人でヴァナ・ディール最強伝説を築き上げようではありませんか!」 「…あ、あのバカ。よりによってあの女に手を出したのか…」 パウ・チャが頭を抱えた。タルタルの女は、一応多種族と性交できる。もっとも、よほどの物好きでもない限り、 どうみても幼女の体型である彼女らに手を出すことはないのだが。 「知っているのか、パウ?」 額に脂汗を浮かべたルーヴェルがそう問いかける。正直、彼はああいうタイプのタルタルが一番苦手だった。 「………あいつは、ウィンダスの某女院長の親戚筋にあたるんだ」 エルヴァーンの青年は凍り付いた。その名は、彼の記憶から永遠に除外したい単語であった。いつぞやその女院長から 依頼されたささいなクエストを失敗した時、あの調子で罵倒されてすっかり落ち込んだことがあったのだ。 「…あらやだなんですの、この辛気くさい猫娘は。あっちへお行きなさい。これからは大人の時間でしてよ」 「な…なんだと!、この年増が!」 誇り高いミスラの女はそこで黙って引き下がるような性格ではなかった。ゼノンを挟んで、ばちばちと女の視線が 火花を散らす。ルーヴェルはアリアを横抱きにすると、そろそろとその場を後にした。ディルムッドも、ミューリルに 目配せすると足音を忍ばせて扉の方に向かう。 「ゼノン…。まー、自分で蒔いた種は自分で何とかしてくれよ〜」 外へと逃げるサフィニアに襟首を掴まれ、宙づりにされながらパウ・チャはそう呟いた。酒場の喧噪が徐々に小さくなる。 夜はまだ、狂乱の最中にあった。 Fin... *+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+ ルーヴェル :エル♂F4銀髪 アリア   :ヒュム♀F4黒髪 パウ・チャ :タル♂F6茶髪 サフィニア :エル♀F8黒髪 ゼノン   :ヒュム♂F7茶髪 ミューリル :ミスラF5赤髪 ディルムッド:ヒュム♂F4金髪 ユスラン  :ミスラF7黄髪 ララシャ  :タル♀F8緑髪