さらさらと衣擦れの音が響く。自分の服が脱がされる音を、ミューリルは他人事のように聞いていた。 甘い罠に捕らわれたような錯覚が、彼女を包む。でもそれは、心地よくて。 「あ、う、ちょっと待って!」 下着代わりの薄物の服に手をかけられ、流石にミューリルは狼狽した。もう逃げる気力は失せていたが、それでも 最後の理性が働く。金糸銀糸で織られた帯につり下げていた竹の水筒、それをどうにか探し出す。 「なに、それ?」 すでに上半身を外気にさらしていたディルムッドが、問いかけた。 「夜光酒…っていうの。夜光草の汁から作ったお酒で。その、東屋に籠もる前に飲めって…言われてたから」 「…ふーん、なるほど、ね。…そういう事か」 彼はミューリルの手から水筒をもぎ取ると、ぽいっと後ろに放り投げた。からからと乾いた音を立てて、 それは入り口の方へと転がっていく。 「ちょっ…なにすんの!」 「だーめ、あれ飲んだら、意味がなくなっちゃう」 その『意味』とやらを考える間もなく、ミューリルの唇が塞がれた。息苦しさに、尻尾が救いを求めるようにぱたぱたと 跳ねる。んーんー、と唸るものの、ディルムッドの行為は容赦が無い。ようやく離れると、ミューリルはぷあっと息を ついた。新鮮な空気を胸一杯に吸い込む。 「鼻で息すればいいでしょ…」 「あ、そっか…」 青年が苦笑した。しかし、彼とてあまり余裕が有るわけではないのだが。行動がわずかに、不自然だ。探るように、 ミューリルの躰をまさぐっている。くすぐったさに、彼女の口から笑いが漏れる。 「もうちょっと、なんとかならない…?くすぐったすぎるんだけど…」 「…ごめん、慣れてないからね」 「へ、嘘っ!?だって…」 その言葉に、彼女は耳を疑った。確か彼はゼノンと時々娼館に行った事があったはずだ。男性とはそういうものだと 割り切れるようになったのは随分時間が経ってからであったが。 「『ゼノンと遊びに行ってるのに』って?」 その考えを読んだかのように、青年はそう言ってのけた。渋い顔のままミューリルはこくんと頷く。 「…まぁ、そのなんだ。言い訳ってワケじゃないけどさ」 溜息を付きながら、ディルムッドは歯切れ悪く話し始めた。だが、その手は彼女の服の、最後の一枚に手をかけている。 「男って哀れでさ、たまには出さないとツライ訳よ。言っとくけど、確かにキモチヨクさせてもらってはいたけど、  『挿れた』事はないからね…一応…」 「はあ?」 呆然と、ミューリルは青年を見上げた。字面通りに受け取るなら、彼は、 「まさか…ディー、『初めて』?」 ざくっと言葉のナイフがディルムッドの胸を抉った。ミューリルに跨ったまま、彼はがっくりと落ち込んでいる。 「し、仕方ないだろ。最初はミューと、って決めてたんだから…!」 「…!、な、なんなのそれっ、ディーの変態!」 顔を上げて、反論するディルムッドに、逆ギレするミューリル。端から見れば、まったくの痴話喧嘩だ。 oh----------------------o--------------------------------------………… びくっと二人が硬直した。この辺りは黒狼が出るのだ。ただの風鳴りかもしれないが、それでも口論を止めるには 十分な効力を持っていた。我に帰ったディルムッドはひとつ溜息を付き、それから、行動を再会する。 「…あのね、ミュー」 そろりと手を伸ばして、胸の膨らみに触れる。わ、とミューリルが困惑した声を上げた。反射的に跳ね上がった腕を、 寸前で止める。 「本気で、勘弁して。俺、ミューの事ずっと好きだったんだ。ずっと一緒に…居たいんだ。あまりいじめないでよ…」 くすっと笑って、ディルムッドがミューリルの肌に口づけた。花の香りがふわりと彼を包む。 「…いい匂い。キレイだよ、ミュー…」 ちゅ、ちゅ、と音を立てて、触れえるすべての場所にキスをする。恥ずかしくて、でも心地よくて、ミューリルは 抵抗することも忘れている。手を伸ばして、ディルムッドの髪に触れてみた。羨ましいほど綺麗な色の髪が、 さらさらと手の中で遊ぶ。 「ディーも、きれい…」 「髪が?」 「…バカ」 青年が、ミスラの娘の耳に触れた。先端をちょっと弾く。ふあ、とその唇から甘い吐息が漏れた。 「わ。そこ、ダメ!」 慌てて抗議するミューリルを無視し、ディルムッドは面白がって耳を弄くった。逃れようとぱたぱた動く三角の耳が、 きゅっと甘噛みされて、へなへなと力を失う。もう片方も、存分にいじり倒されてしまう。 「ディー、ダメ…なんか、変な気分……」 感じやすくなっている自分の躰の変化に、ミューリルは戸惑っていた。初めて抱かれる筈なのに、こんな風になってしまう 自分がちょっと嫌で、でも気持ちよくて、ふわふわと意識が彷徨う。胸を口に含まれ、彼の舌が先端をつついた。 ぞくっと立ちのぼる快感が、彼女の羞恥心を吹き飛ばす。押し殺そうとする声を、止められない。 ディルムッドが、好き その感覚は懐かしいのに、新鮮で、彼女を幸福な気分にさせる。泣きたくなるほど優しい感情が、心を満たす。 (やべ、ちょっと、早かったかな…) 対照的に、ディルムッドはますます冷静になっていった。愛撫を続け、やがて思い切って秘所に指を滑らす。 ひゃう、とミューリルが高い声を上げた。嫌がる彼女をなだめつつ、閉ざされた花園に分け入る。とろとろと熱い蜜が、 そこにはたたえられていた。くちゅ、と湿った音が響く。 「やっ…」 恥ずかしさに、ミューリルの全身が緊張した。閉ざされた瞼がふるふると震えている。尻尾の先が、痙攣していた。 (体、出来上がってるな…時期的なものなのか、それとも) 胸の内の計算をおくびにも出さず、ディルムッドはそのまま手を動かした。溢れる体液が、彼の掌まで届く。 「ふうっ…あ…あん…ディー…やだぁ…」 いやいやと首を振りながら、しかし彼女は青年の背に腕を回してしがみついた。ちゅぷ、ちゅく、と淫らな水音が 鼓膜につきささって、彼女を一層興奮させる。自分が彼に抱かれているという現実を、全身が認識する。 「ディー、ディー、あう…う、あたし……あ!」 かくんと脱力して、ミューリルがディルムッドにしなだれかかった。軽く達してしまったのか、浅く息をついている。 「あ…たし、どうしちゃったの…こんな…の…」 涙目で青年を見上げる娘。躰の変化に、心がついていってない。ディルムッドは頬にキスをして、彼女を落ちつかせる。 縋るような表情は、男の本能をそそるには十分すぎて、それがますます青年を冷静にしようとする。 だが、滾る欲求は抑えられない。危険ではあるが、試してみるしかなかった。 もう一度、全身をまさぐる。ミューリルの反応を確かめるようにして、ゆるゆると彼女を高みへと押し上げる。 上気した息に、甘い声が混じり始めた。そして彼は決断する。 「だいじょうぶ。力抜いて、楽に、してて…」 膝を割って、足を開かせる。妖しく濡れそぼる花園が、ちらりと視線の淵に映った。ディルムッドの喉が上下する。 「ディー…こわいよ…」 手で顔を覆って、迫る衝撃にミューリルは目を背けようとする。胸の奥の激情と、必死で戦う。子供の潔癖さと、 異性を求める本能が、激しくぶつかっている。心のどこかで、昏く重い何かが頭をもたげようとしているのに気付かない。 何かが当たった。ひっと息をのむ。それが何であるかくらい、彼女にだって分かる。 「ミュー、ごめん…」 ずず、とそれが躰の中に入ってきた。強烈な違和感と、異物感。歯を食いしばって、それを堪える。 「うう、う…」 苦しさで、ミューリルは目の前がちかちかした。一度、ルーヴェルがアリアを抱いていたのを見てしまったことがある。 アリアは苦しそうで、でも、幸せそうで。あんな風に愛し合えたら、自分も幸せになれるのだろうかと、考えた。 ぐい、とディルムッドが腰を押しつけた。体の中で何かが弾け、激痛が彼女を襲う。 「やあああっ、痛い痛い痛いっ!!」 外に響くかもしれないという事も忘れて、ミューリルは絶叫した。新たな涙がぼろぼろと溢れて、こめかみを伝う。 「ごめん、ごめんよミュー。落ちついて、力を抜いて!」 「やだ、出して!痛い、痛いってば!助けて!!」 ずきずきと下半身が痛んだ。普段はモンクとして前線で拳を振るう彼女であるが、心の弱っていた今は、経験した ことのない痛みに対して非力であった。繋がったまま、彼女は暴れる。だが、その行動は弱々しい。 「痛いよ…うう…うー…」 喉がひくひくと痙攣して、苦痛と抗議の呻きが漏れた。ディルムッドは動かない。泣き続けるミューリルを 冷酷なまでにじっと見下ろしている。 「う?……やべ!」 彼女の秘所が、別の生き物のようにきゅっと青年の分身を包み込んだ。がつん殴られるような快感に、 ディルムッドの意識が霞む。辛うじて理性を取り戻した彼は、男を求めようとする女の動きに、必死で耐えた。 ミューリルの顔つきが変わっている。うぶな生娘から、男を捉え魅了する女のそれになっている。 狂うはずだ、と青年は心の底で呟いた。それは、ミューリルの事ではない。 (こんな顔見せられたら…オッサンでなくても、ヤバイだろ。これは…) 甘い息が、可憐な唇からふうっと漏れた。潤んだ瞳は情欲に濡れていて、自分を貫いている男を映している。 唇が、彼のそれを求めるように突き出された。頂戴、と、しなやな躰全部がそう告げる。 貴方を頂戴、貴方の全部を、私に、頂戴 艶めかしい誘惑に、男の本能が刺激される。だが、その瞳の裏に戸惑いの光が閃いたのを、ディルムッドはちゃんと見た。 彼女の理性は、まだ残っている。 「ミュー、ちゃんとして!」 柔らかな躰をぎゅっと抱きしめ、ディルムッドはそう叫んだ。 「こんなの、ミューらしくないよ。俺が好きなミューは、こんなんじゃない!…うがっ!」 耳に激痛が走った。噛み千切らんばかりの勢いで、彼女が青年の耳に歯を立てたのだ。血が流れるのがわかる。 肩にぽたりと、水滴が垂れた。その色は見るまでもなく、赤い。がりりと、彼女の爪が背中に食い込む。 本来痛みに弱い体質の彼にとって、それは試練だった。まだ、ゼノンやユスランにつけられた傷も、癒えてない。 「ミュー、ミュー、いつもゼノンになんて言われてた?思い出して、お願いだから!」 女が、甘い喘ぎ声をあげた。ディルムッドが叫ぶ度、彼が彼女を強く抱く度、二人が深く繋がっていたから。 背の肉をかきむしられて、流石の彼も苦痛の声を上げた。しっかりと抱きしめている両腕をほどけない。 離れたら最後、きっと殺される。ディルムッドを跨ぐ両足が、彼をぎりぎりと締め上げて、自分を犯す男を 逃すまいとする。秘所がさらにきつく、男の分身を擦り立てた。達してしまいそうになる己を、ディルムッドは 必死で押さえ込む。 「俺、こんな所で死にたくない!もっと君と一緒に、色んな所に行きたいんだ!ミュー、頼むよっ!」 あらん限りの想いを込めて、青年はミューリルを強く抱いた。肉を抉られた場所に、さらに爪が食い込む。 駄目か、頭の片隅にあきらめが浮かんだ。もう一回、そこを抉られたら、傷は筋肉に達する。 その衝撃に自分が耐えられるかどうか、自信がない。痛みと、悦楽が、彼の脳髄を同時に掻き乱す。 「でぃー…あ、あた…し…あたし…は…」 蒼い瞳が見開かれた。正気が、戻っている。肉食獣の凶悪さを秘めた動きが、少しずつ少しずつ柔らかくなっていく。 「ミュー、頑張って。君、強いんだから。本当は…」 頬に何度も口づける。鮮やかな赤い髪を愛おしげに撫でる。彼が触れる度、尻尾がゆるゆると揺れた。 「俺と一緒に、行こう。どこまでも、行こうよ…」 しなやかな腕が、応えるように優しく青年を抱いた。 「うん…うん、ディー、うん…」 閉じた瞼から、ぽろぽろと涙が溢れた。愛されているというその事実が、涙腺を緩ませて、なかなか止まらなかった。 ディルムッドが、腰を強く打ち付けた。まだ下半身が痛むが、それをおして余りある快感が、ミューリルを包む。 寄せて返す波のような悦楽に、彼女は声を上げた。気持ちいい、心が素直にそれを受け止める。 「だめだ、俺…っ、もう…」 ディルムッドの全身が硬直する寸前、ミューリルの方に限界が来た。目の前が真っ白になる。でも、心は穏やかで。 彼女は全身で、彼にしがみついた。青年が詰まった息を吐き出す、そして、自分の内側が温かなもので満たされた。 「ミュー…大好きだよ…」 意識が飛ぶ直前に彼がそう囁いたのを、ミューリルは確かに聞いた。だから彼女はそのまま、安心して目を閉じた。