「リリッ!」 耳の奥に声が聞こえた気がした。 愛しい、愛しい、男の声。 わたしを、呼んでいるの? 幻だと、思った。幻であってほしかった。 助けて。助けて。 だけどお願い。わたしを、見ないで。 漂う意識を全身全霊の気力を振り絞って身体に戻す。 牙を向くように、より鮮明に襲い掛かる快楽の罠から身をよじって逃げるように瞳を開いた。 目の前で白いアミュレットが揺れている。抱え込まれて頭上で吐かれる、息が荒い。 熱い液体で包んで、まとわりついて、からみつくように絞り上げる、 その自分の柔肉の動きが何よりも彼の絶頂を求めている。 止めることなんてできなかった。 求めてる。憎んでる。心と身体が引き裂かれて聞こえない悲鳴をあげ続ける。 潤んで揺れて霞んでいる、その視界を見失わないように、 ハッキリ見ることの出来ない瞳を必死に見開いて、リリはなす術もなくのぼりつめる。 「はぁっ・・・あ・・」 唇を噛みしめても、どうしても堪え切れずにもれた絶頂の喘ぎに答えるように。 「ん・・・あっ・・・いきそ・・・」 アルベルがリリを抱きしめて最奥まで突き入れたまま、息の合間に呟いた。 その瞬間。 しなやかな男の身体が切なげにしなる。 リリの身体の中で爆発する。 何千、何万の命の種が解放される。 子宮が、熱かった。 自分が泣いていたのか、笑っていたのか、分からない。 リリを突き動かした衝動が、殺意が、なんだったのかはもはやどうでもよかった。 アルベルのきゃしゃな喉笛が一瞬無防備になった射精の瞬間。 リリは渾身の力を込めて彼の喉笛を噛み切った。 「ぐっ・・・」驚きに目を見開いて、アルベルがリリを見た。 くずれおちる一瞬、彼は、微笑んだように見えた。 口の中に広がる血の味と、肉片の感触。 自分が傷つけた、その傷口から鮮やかな紅い血が流れ出すのが、 スローモーションのようにやけにゆっくりと見える。 リリの胸の上に温かい血がねとりと落ちてくる。 アルベルがそのままうつぶせにリリの上に倒れこむ。 「ひっ・・・」一瞬で冷えきった身体を思わず引いて。 その衝撃で打ち込まれたままだった彼のものがぬるりと這い出してゆく。 ひゅーひゅーと倒れこんだ彼から不自然な呼吸の音がする。 「殺すな!!」 その声とともに扉が勢いよく開く。 聞き慣れた。 オリル。オリルノコエダ。 がくがくと震える身体。こくりと血の味のするつばを飲んで。 ぎしぎしと首をまわして、リリは扉のほうを向いた。 視界にはいったのは舞い込んだ緑色の影。 「てめえっ!」 オリルがとめるより早くフェイが倒れたままのアルベルに襲いかかる。 「殺すな!リリが死ぬぞ!」 オリルがはなつ、その言葉が辛うじてフェイのナイフを止める。 否、彼は持ち上げたアルベルの喉笛から流れ出すおびただしい量の血に我にかえったのかもしれない。 「な・・・」 フェイが言葉を失う。 フェイ?ドシテ、ココニ? ワタシヲ、ワタシヲミタノ? 「いやああああああっ!」 闇を切り裂いてリリが泣いた。血だらけの口を開いて天を仰いで。 「フェリシアッ!」オリルが言うより早くフェリシアがリリにスリプルを唱えた。 くたりと眠りこんだリリに駆け寄り素早く身体を点検する。 腰にさしたレイピアでリリの両手の拘束を解き、 シーツで手早くリリの身体をくるんだ。 唇を真っ赤に血で染めて、苦しそうに眠る娘の髪を整えてやる。 この娘を一瞬でも憎んだ自分を消してしまいたいと心から思った。 「キュリリ、なおせるか?」 「わからない・・・冒険者じゃないから、契約が行使できるものかどうか。」 オルネバンが呆然としているフェイの肩に手をかけてオリルのもとへ引き戻す。 キュリリが高位の白魔法を発動する。 やはり効きが悪い。しんぼう強く幾度かくり返して、ようやくアルベルの血がとまる。 「死なないな?」 オリルが聞く。 「ん、たぶんもう、平気だと思う。」 魔力を消費していくぶん青い顔をして答えたキュリリにうなづいて。 「人が来る。逃げるぞ。」 オリルの声にオルネバンがフェリシアからリリを受け取る。 転送魔法で異空間に送られる間際、 「しっかりするのよ。」フェリシアが泣きそうな顔のフェイに声をかけた。