どのくらい時がたっただろう。 部屋が薄暗くなってゆく。 リリはからっぽだった。ただからっぽのままベッドに横たわっていた。 族長の言葉がぐるぐると頭を巡る。なにも、考えられなかった。 かたんと音がした。 気配が忍び込む。南の国の濃厚な湿った空気が流れ込む。 我にかえる。総毛立つ。瞳孔が開く。 それは恐怖ではなくて。認めたくもない、甘い予感。 リリの本能が彼を求め、焦がれ、呼んでいる。 心が乖離する。ひきさかれてゆく。 いっそ、恐怖だったらよかった。悲鳴をあげそうな心でそう思う。 リリは目を見開いて入り口を見た。 戸口にすらりとした影が立っていた。 耳。しっぽ。リリと同じ。 「またせたかな?」鈴を転がすような声。 足音もさせずに彼はリリに近付く。 綺麗な、生き物だった。 リリより頭ひとつほど大きい。 短く揃えたふさふさの黒い髪の下に輝くような漆黒の瞳。 若いのだろうか、ととのった顔だちはまだ少しあどけない。 浅黒い肌に白いしっぽと耳。 美しい白い勾玉のアミュレット以外、身にはなにもつけていない。 リリを覗き込んで笑った。 「僕はアルベル。君、きれいだね。」 そういってそのままリリの上にかぶさる。 するりと腕をまわされて、広い彼の胸が近付く。 目が回るような麝香の香りがした。くらくらする。 「やめろ・・。」 無駄だと分かっていた。それでも、言わなければならないと思った。 好きで抱かれるのではないと。言わねばならないと思った。 「へぇ〜〜〜」 心底意外そうな声。 「いやなの?そんなこと言うこ、はじめてだ。 みんな進んで抱かれに来るもんだと思ってた。 ああ、それで?縛られてるの?」 拘束されたリリの手首を愛おしげに撫でる、その声に他意はないようで。 「ほどこうか?そしたら、逃げるの?」 少し笑いながら言う。 「ほどいたら、おまえを殺して、逃げる。」 気力を奮い起こして、睨み付けてそう告げる。 戦う。戦ってやる。もう、いいなりにはならないと、決めたじゃないか。 オルネバンに、フェイに、誓ったじゃないか。 わたしは、フェイのものだ。 彼以外と愛をかわしたりしない。痺れそうな頭を奮いたたせて。 「あははは。強気だね。男の子生むんだもんね、そうこなくちゃ。」 「だけどね。」そう微笑んでアルベルがそっと唇を首筋に這わせた。 全身が総毛立つ。リリの頭が警報を告げる。こいつは、やばい。 わたし、こいつに、おぼれる。 絶望的なその予感。 唇で触れられただけで、背筋を揺り返す快感にたえるように瞳を閉じた、 そのまぶたの裏にフェイが見えた。 「君の身体は僕のためにあるんだ。最初から・・ね。」 「強がりも程々にしないと、壊れちゃうよ?」 アルベルはそういってリリの唇を捕らえる。 冷たい、だけどやわらかい感触。リリの唇を挟み込むように。 まるで愛情があるかのように錯覚させる。そんなくちづけ。 頑に閉じた唇を強引に割られる。熱い舌が口腔の中を蹂躙する。 「う・・・く・・・」 早々に身体を駆け巡りはじめた甘い感覚が、リリをさらおうとする。 必死に抗って。涙がにじんだ。 這い回る舌をもろともに食いちぎってやろうと歯をあわるとアルベルが驚いて身を離した。 「あぶなっ。」 そう言ってリリを見下ろして笑う姿は悪魔のように美しい。 「すごいひとだね・・・本能に逆らうなんてさ・・・」 アルベルの両手が乳房に添えられる。 そのまま双丘の上、赤黒く散った昨夜の情交のあとを舌でなぞる。 やわやわと意外に逞しい指が柔らかい肉を堪能する。 「そんなに、これを、つけたひとが、好きなの?」 くつくつと喉の奥を鳴らして、楽しむようにアルベルが問いかける。 「僕なら、これをつけたひとより、君をよくしてあげられるのに?」 もどかしげに這い回る唇が乳房の先端、飾りのように赤くついた蕾にたどりつく。 甘噛みされた末、まとわりつく、ねっとりとした感触にリリの頭の中で火花が散った。 「ああっ!」 それは、喘ぎというより悲鳴。 毛穴のひとつひとつまでが覚醒する。痛いほどの快感。 リリの身体の中心が開きはじめる。足の間に熱い液体の感触。 自分の身体にまとわりつく感覚を追いやるように、リリは暴れた。 自由にならない手足が痛む。 拘束する革紐が、汗ばむ白い肌を締め付けて赤い跡を残す。血が、滲む。 その痛みさえ助けにして。リリは戦う。 身をよじって暴れるリリに閉口したのかアルベルが唇を乳房から離した。 彼の目に一抹の怒りの色があらわれる。 アルベルの心が泡立つ。 なぜ?なぜそれほどまでに抵抗する?身体はもう、陥落寸前だと言うのに? 彼には分からない。 幾人もの女と交わるのが彼の運命。 これまでも、これからも、誰も愛さず、ただ幾人もの女を抱く。 生殖のための命。それが、彼に与えられた運命。 覗き込めば涙ながらに睨みかえす、 この女が手に入れたものは、この女が守ろうとするものは、 彼には永遠に無縁のもの。 はっきりわからなくても。その事実が彼を打ちのめす。 アルベルが乱暴にリリの両頬を片手でつかみあげる。 ぐいっと頬肉を口腔に押し込まれて、痛みにリリが呻く。 「噛んだら、だめだよ。」口蓋を片手で拘束して。 そう言って再びリリの舌を捕らえる。 そのまま片手を足の間におろす。 気配を感じたリリが身をこわばらせる。 「ううっ・・・う・・う・・」 あわせた唇の合間から抗議の色をにじませた声がもれても、かまわない。 自由を失ったリリの口腔からだ液がだらしなくながれても、かまわない。 たどりついた狭間はすでにしっとりと潤っているから。 折り重なる襞をかきわけるだけで湿った音がする。 リリの腰が浮く。 アルベルの指がリリの一番敏感なところへ届く。 腰をよじっても逃げられない。 指が触れたとたん、稲妻が脳天まで駆け抜けるようで。 「あ・・・はあ・・・」 鼻に抜ける甘い声。 そんな声をだす自分を、いますぐ殺してしまいたいと、思うのに。 「悪いこだね。こんなに、濡らして。 いやがってるのにね。いやらしい、身体だね。」 耳もとで囁かれて涙がこぼれた。 フェイ、フェイ・・・すまない。ごめんな。ごめんな。 足ががくがくと震える。 アルベルの指が執拗につぼみを弄ぶから。 すすっと白い耳が目の前を通り過ぎて、舌が下腹部をかすめる。 「あきらめて、愉しみなよ。」 アルベルの声が、遠くから聞こえた。 押し広げられて。あらわになったそこを舌が這い回る。 ぴちゃぴちゃと猫がミルクを飲むような音をさせて、アルベルはリリを味わう。 「あ・・・ああ・・・は・・」 こらえきれない喘ぎ。泣きながらリリは甘い息を吐く。力の入らない四肢。 部屋の空気が濃度をあげる。 「ねえ、すごい、ぴくぴくしてあふれてる。ほしいんだね。」 ちゅ、ちゅとくり返される愛撫の合間に 唇を付けたまま、クスクス笑ってアルベルがリリを責める。 尖らせた舌が内側に入り込む。粘膜を這い回る。 リリの視界が、白く歪みはじめた。脳髄までとけてゆく。 瞳を閉じても、もうフェイは見えない。 ぷつっ、と音がして両足が自由になる。 すぐに足首を掴まれて広げさせられた。 流れ落ちるほど溢れた入り口に固いものが当てられる。 流されてしまいそうな意識を奮い起こして、背をうねらせて逃れようとしても力が入らない。 すごい勢いで引き戻される。ずるりと異物の感覚。 それは狂おしいほど甘い感覚をさざ波のように引き起こしながら。 奥へ、奥へ、かきわけて入ってくる。 一番奥まで腰をすすめるとアルベルはふっと息を吐いた。 背中に手をまわされた。 痛いほどの力で抱き締められた。 広い胸の下で柔らかな乳房が潰されて形を変えた。 「残念だったね。」あざ笑うような声がリリの心に突き刺さる。 「ねえ、すげえ・・・イイ・・・キミの中・・・」 ゆるゆると抜き差しをしながらアルベルが荒い息を吐く。 動くたびににちゃにちゃと淫猥な音がする。 きしきしとベッドが軋む。 皮膚の全てがひっくり返って、身体の全てがむき出しの粘膜になったような。 どうしようもない快感の海の中をリリはさまよいつづける。 ふわふわと乖離をはじめた意識が宙をまう。 深い深い奈落のそこで、足を無意識に男の腰に巻き付けて喘いでいる。 一層深く取り込むかのように男の動きにあわせて腰を振る自分が見えた。 アルベルが突きあげるたびに身体は一段押し上げられ、 心がひとつ切り裂かれて悲鳴をあげた。 このまま、イケる。イッてしまう。 気が、狂う。 ただ、そう思った。