『わたしたちにはわたしたちの掟がある。 命を繋ぎ、永遠を紡ぎ、血を伝えるのだ。 この世界にミスラとして生を受けた瞬間から、 我々の最も根源的な使命が何であったか、 それがわからない、おまえではあるまい?』 決して、決して悪いニュースではなかったはずだった。 この大地に生き、昼も夜も戦いに身を投じ、世界の深淵を知ろうとする、 多くの冒険者達にとってそれは朗報だったはずなのだ。 等しく、リリにとっても。フェイにとっても。 ジュノ太閤から各国大使館を通じて公表された、新たな道。 辺境行きの航路の解放。 それは新たな試練と旅路の提示だったはずなのだ。 仲間とともに歩む、光さす長い長い旅の。 ----------------------------------------------------------------------------------- 新しくオープンしたというジュノの飛空挺公社のカウンターでは 押し掛ける冒険者の対応に、係のガルカがてんてこまいだった。 扉がひっきりなしに開いたり閉まったりする。蝶番がさっきから悲鳴をあげている。 そのたびに向こうにかいま見えるその大柄な姿を横目でみながら、 オルネバンは階段に腰掛けていた。 人通りが多くて酔いそうだ。一様に高揚した表情。 やがてたたたっと軽い足音がしてフェリシアが走ってくる。 いつもきっちりとかしてある自慢の長いプラチナブロンドが乱れたままだ。 その彼女がオルネバンの姿を認めるとにっこり微笑んで立ち止まる。 「みんなは?」 「まだだな」 「そう。」 そういってそのまま壁に背を預けて、気になるのか髪の毛をいじくりまわしはじめる。 「ひどいわね。置いていくつもりだったの?」そういって ちらりと眠りこける自分をおいてベッドを出ていった恋人の背中を睨み、ひざでこづく。 オルネバンがふっと笑う。 「おまえ、準備するの遅そうだから」 その言葉にフェリシアが苦笑した。 待っている。約束などない。だけど、来ると、わかる。 最終ミッションだったはずの闇王の討伐は釈然としないまま、 謎をいくつも残し、終わった。 後味の悪い、哀しいミッションだった。 勝利の喜びとは程遠く、だれもかれもが黙り込み、混乱した頭を抱えて漠とした不安におびえた。 世界で、なにがおこってる? だから、わかる。 このタイミングで解放された航路。 謎を、解けといわんばかりに。 あいつらはここへ来るだろう。 ミッションを終えてから半年。みなバラバラにだった。 もちろんオルネバンがフェリシアとともに過ごす夜を削らなかったように それぞれ大切な人との個人的なやりとりはあっても、 いっしょにパーティを組んででかけることは皆無だったといっていい。 どこかでひょっこりあえばちょっとした立ち話をする。それだけだ。 申し合わせたように、LPもみな使用しなくなった。 いつかまたあいまみえる、その日の為に、楽しみを先延ばしにするように。 「うけけけ」 声がする。脳天気かつハイテンションな笑い声。 オルネバンが深くため息をつく。だけどその横顔はどこか嬉しそうで。 フェリシアだけがそのことに気付く。 「フェイ」 声をかけるとぱっとオルネバンの前に姿をあらわす金髪の青年。 「よぉ。」すちゃっと片手をあげて、ご挨拶。 「あいかわらずアホだな。」あきれ顔でオルネバンが言うと 「あいかわらず首が長いな。」とすかさずかえされる。 フェリシアまでもが一瞬むっとしたことに たった一人の女に心を傾けることに慣れた彼は気付かない。 「いやー、混んでるねえ〜」そのままそういってちょろちょろと扉の向こうを覗き込む。 てことは、そろそろか。 そう思ってオルネバンが立ち上がると、 コツンコツンと硬質の足音がして真っ赤な髪を結い上げたミスラがやってくる。 フェリシアが気付いて手をふると小さく微笑んだ。 ああ、もう大丈夫だ。オルネバンは思う。 仲間の中でもあえて意識を傾けてこの半年遠ざかろうとした女。 大丈夫じゃん。痛く、ねえや。 「よお。」そう声をかけると「ああ。」と相変わらずの愛想のなさでかえされた。 すぐに。 軽い足音。いそいでいる。かけおりてくる。ふたつ。 はい、そろった。オルネバンが心の中でつびやいた。 白いお揃いのクロークが2つ、転がるようにおりてくる。 「やっほー、ひさしぶりー。」小さい身体で、手をぶんぶん振り回しているほうがキュリリ。 うしろからきているのがオリル。われらが頼れるリーダー様。 申し合わせたように。 はじめから決まっていたかのように。 オリルが久々に顔をあわせたメンバーを確認するようにみまわすと 腰から紫のパールを取り出して耳につける。 それをみてみながそれぞれ久しぶりのパールを取り出した。 さあ、出発。 そう、その時にはこんなことになるとは思わなかったのに。 ただオリルだけが。 飛空挺の中でぽつりとはなれて座って考え込んでいた。 カザムには、ミスラの故郷がある。そしてリリには生まれの記憶がない。 だから、なんだ。そう、おそらくはなにごともない。 だけども今朝がたからぬぐい去れない、不安。 それが意味することを。 ----------------------------------------------------------------------------------- 族長へ挨拶を。 新たな大地へ降り立った時、迎えてくれたミスラはそう言った。 側近を幾人か従えた部屋で、 族長たる彼女は次から次へとやってくる冒険者達の訪問に疲れているように見えた。 順番が来て彼女の前へ通される。 「よくきたな。ここではわたしがルールだと覚えておくがよい。 それさえ忘れなければ好きなように過ごすがいい。」 何度目か分からない言葉を目の前のパーティに投げかけながら、ジャコ族長は胸を痛めていた。 おそかれはやかれ、来るとは思っていたが。 やってきてしまった、娘を見る。 凛々しい瞳、豊かな赤い髪。 そしてそのミスラの娘が、隣に寄り添うように立った金色の髪の青年と愛しあっていることが分かったから。 そして彼女に、もうすぐ季節が来る気配を感じていたから。 ミスラは同族の気配に敏感だ。 そしておそらくそれは、アルベルの季節と重なるだろう。 黙礼をして去ろうとする彼女がやけに気にかかったのはなぜだろう。 自分と同じように、ヒュームを愛してしまったから? 幸せそうな彼女が妬ましかったのか、守ってやりたかったのか、それはわからない。 「おまえ」 立ち去りかけた背中に声をかけた。 リリが振り向く。意志のつよそうなきれいな瞳をしている。 「・・・大陸生まれか?」 族長の義務だから。表情を殺して、そう訪ねた。 リリがふと瞳を伏せて答える。 「はい、おそらく。」 その答えを追求もせず、族長は言う。 「そうか。達者で。」 瞳が話は終わりだと告げていた。 リリは今一度黙礼をして家を出た。 やり取りの間中、オリルの背中に寒気が走っていたことを、キュリリさえ知らない。 ノーグへ。ラバオへ。冒険の日々は続く。なにごともなかったかのように。 昔と同じ、欠けるところのない完全な円のように満ち足りた日々。 背中を預け合い、共に戦い、共に食事をして、共に眠る。 ただオリルだけが、あのあと一切カザムの地に足を踏み入れることを拒んだ。 特にリリにはカザムの領地に入ることを厳しく禁じた。 理由は、彼にも説明できない。 なぜと問うても「さあな」と答えるのみ。 ただ彼のとぎすまされた感覚が、気配を感じるのだ。 悪ではない。悪ではないからこそタチの悪い何かが、あの地に眠っていることを。 それだけが黒いシミのように彼の心に影を落とす。