「おお、クァール君ではないか。我輩もここに棲むことにしたぞ。」 「貴方が……? ご冗談を。私は先程、貴方に出て行って貰おうと言わんとしてたところですよ。  貴方の身に備わった力は我々と比べて強大すぎる……。そう、とても計り知れない程に。  貴方が動くだけで周りにも被害が及びかねないということを、まさかご存知無いはずではありますまい。  それに、ここの気候はそもそも貴方には合わない筈でしょう。」 「いや、本当にご存知無いのだが……。我輩とは何者なのじゃ?」 「貴方はBoreal……北風の氏族。北限の地ザルカバードに棲む孤高のクァールです。」 我輩はクァール君に言われた通り、北方の辺境にやって来た。 要は追い出された訳なのだが……歓迎されぬ場所に無理に留まっても得るものは少ない。 それにここの風が我輩の身に馴染むというのも事実だった。適度な涼しさが心地よい。 周囲は見渡す限りの雪原……生物の姿もここでは殆ど見られない。 我輩はとある高い山の中腹に、棲家とするに相応しい深い洞窟を見つけた。 これ幸いと奥に進むと、そこには澄んだ色をした氷の塊が有った。 我輩はその美しさに目を奪われたことも有り、その場所を終生の寝床とすることを決めた。 それからどれほどの年月が経っただろうか…… その日、我輩は斃したドラゴンの肉を棲家まで運んで、遅い朝食を摂っている所だった。 だが我輩の髭が何か異様な気配を察知する。この地にのさばる悪魔や亡者、巨人どもなどではない。 人間が一人、二人……十人、二十人……いや、もっとだ。 時折、何人かの人間が雪原に迷い込むことはあるが、これだけの人数が現れたのは我輩の知る限り初めてである。 「皆、気を付けてくれよ。そろそろ件の魔物のテリトリーに入る。  正直言って、敵は強い。けどそいつを殺さない限り、僕たちの目的の物も手に入らないんだ。」 風を通じてざわめきが聞こえる。 だが、全員が修羅場には慣れているのか、怯えたような響きは感じられない。 「オーッホッホ! ワタクシのカー君がいれば、そんな下等生物一捻りですわよ!」 各々が銘々勝手な自慢話を口にする。 我輩はその不遜な連中の顔を拝んでみようと、洞窟の外へと足を踏み出した。 我輩が姿を晒した途端、殺気を帯びた視線が何本も突き刺さる。 向こうの数は多い。だが我輩も自分の真の力がどれほどのものなのかを今では知っていた。 これだけの相手と相対したことは無いが、恐らく勝機は五分五分といったところだろうか……。 「キャル、油断するなよ。」 黒髪の男が腰に佩いていた長大な太刀を両手に構えた。 どこからでも素早く技を繰り出せるような理想的な構えだ。 そして我輩は、その男の脇に寄り添うように立っている女の姿を見てしまった…… 「ユキトラこそ、絶対に死んだりなんかしないでね。」 金色の髪、飛び出た三角の耳、ユラユラと揺れる細くて長い尻尾。 我輩のご主人……いや、かつてご主人だった者だ。 ミスラと男が目を合わせる。その瞳に曇りの色は見えない。 自分達の未来をこれっぽっちも疑っていない。 我輩は天高く咆哮した。轟音が凍てついた大気を震わせる。 それは戦いの始まりを告げる銅鑼の音となった……