「いや!離して、離しなさいってば!!」 若かりしゼノンの腕の下で、ミスラの女が暴れていた。だが、戦士として鍛え上げられた彼に、 妙齢の女が敵うはずもない。服を裂き、こぼれる胸の双丘に、ゼノンは顔を埋めてその肌を強く吸った。 暴走した情欲は、もう止まらない。 「ミューが、ミューに見られたら…ああっ!」 「心配するな。あの子は今頃俺のベッドでおねんねさ、朝まで目覚めやしないよ」 男は冷笑を浮かべた。自分になついていた幼い少女を部屋に引っ張り込み、薬を盛ったのだ。 全ては、この女を自分の物にする、ただそれだけの理由。ためらいや罪悪感などは、とっくの昔に かなぐり捨てられている。 「止めてよっ、あたし、あなたより年上よ!子供もいるのよ!?どうして、どうして…」 「関係ない。もう、逃がさないぞ。ユミーナ」 唇を塞ぐ。いつもいつも、自分を軽くあしらっては逃げる、生意気で、気ままで、どうしようもなく愛おしい女。 それが、ようやく自分の下に組み敷かれている。さんざん酒を飲ませて、まともに動けないようにした。 いくら身軽さが売りのシーフでも、この状態で彼の腕から逃れるのは不可能だろう。 胸を掴まれて、ユミーナは快感とも苦痛とも解らぬ呻きを漏らした。目尻に涙が浮かんでいる。 「ユミーナ、お前、本当に俺に抱かれるのは嫌なのか?ええ!?」 馬乗りになったままゼノンは問いかけた。若さ故の、傲慢な愛。それが、あの頃のゼノンの全てを支配していた。 それがどれだけ他人を傷つけるか、知りもしないで。 「答えろ、ユミーナ。でないと、俺は…っ!」 ゼノンの手の中で、胸の膨らみが形を変えた。痛みに、女が悲鳴を上げる。やがて、それはすすり泣きに変わって いった。だが、そんな彼女の姿も憐憫の情を誘うには至らない。帰って、青年の嗜虐心をそそってしまう。 返答を待たずに、ゼノンは再び動いた。下着を取り去ると、彼女の膝を割ってその間に自分の足を滑り込ませ、 晒された秘所に指をねじ込む。細い首筋に、噛み付くような口付けを重ねる。拒絶の叫びに、甘い喘ぎが 混じり始め、女の言葉は支離滅裂になってゆく。 「だめ…だめよ。わたしを抱いちゃ…だめなの…」 ゼノンの行為に、ユミーナは徐々に正気を無くしていく。女の本能が、男を求めて蠢き始める。 ふわりと、いい香りがゼノンの鼻腔をくすぐった。男の本能をそそってやまない匂いだった。 とぎれとぎれに紡がれた言葉が、必死に青年を説得しようとした。自分が、ミスラの中では稀な、特殊な性癖の 持ち主であること。それが原因で、ミューリルの父親を殺してしまったこと。そして、 自分も、ゼノンを愛しているということ 年下でありながら、叩き上げの冒険者として名を馳せるゼノンと、逃げるように故郷を離れてジュノに 流れ着いたユミーナ。ひょんな事から知り合った二人は、やがて互いに惹かれあった。 それなのに、体の関係をユミーナはがんとして受け入れなかった。子供の在る身だからと、最初でこそゼノンも 必死に己を抑制した。なのに、ユミーナが自分に気がある素振りを目にするにつれ、とうとう彼は不満を爆発 させてしまったのだ。 青年の欲望が、女の中に突き刺さった。押し寄せる悦楽に、互いが悲鳴を上げる。 何度も何度も、ゼノンは体をぶつけてはユミーナの中に己の想いを吐き出した。愛してる、愛してるんだ、 そう、叫び続ける。それを受けて、ユミーナの行動に変化が現れた。そのしなやかな体で、誘い込むようにして ゼノンの全てを欲し、搾り取ろうとする。押さえつけていたタガが外れたかのように、彼女は男を求めた。 しかしやがて、彼女の瞳に凶暴な光が宿った。そして、男の肩口に噛み付く。生半可な噛み方ではない。 歯が骨に達していた。がりりと音がして、肉片を持って行かれる。流石の彼も苦痛の声を上げた。 とたん、ユミーナの瞳が正気を取り戻す。 「ゼノン、ひとつだけ…お願い」 繋がったまま、男の腕の中で女が突然そう言った。 「あなたを、あなたの愛を全部あたしに、頂戴。これから一生、あたし以外の女に、心を捧げないで」 「ユミ…ナ…?」 とたん、ユミーナの女の部分がゼノンの欲望を強烈に締め上げた。細い両手両足が絡みついて、彼の全てを 奪おうとする。低く呻いて、彼は何度目かの情欲を吐き出した。頭の中が真っ白になって、ユミーナの言葉を 疑問に思うゆとりすら、失われる。だから、次の彼女の行動を、止められなかった。 ゼノンの腕からユミーナがするりと抜け出した。反射的に捕らえようとする腕をかいくぐり、彼女は強烈な 膝蹴りを男の腹に叩き込む。 「ど、どうして…ユ…?」 意識を失う前に、ゼノンの唇が彼女のそれで塞がれた。温かなキス。愛しい男を求める、女の口付け。 「愛してるわ、ゼノン。だから、殺さないでいてあげる。でも…」 正気と狂気の混じった、淡い金色の瞳がすっと細められ、青年を射すくめた。 「あたしは、あなたを呪う。もうあたし以外の誰も、愛せないように」 その言葉を最後に、ユミーナはゼノンの前から姿を消した。 そして数日後、無惨な傷を負ってジュノの治療院にかつぎ込まれた彼女は、それが元で病にかかり、 意識を戻すことなく幼い娘を残して天に召された。 ゼノンは泣いた。己の浅慮と、理解できないユミーナの行動にただ泣いた。 やがて、お腹を空かせたミューリルが泣きながら彼を探しだし、その足下に取りすがるまで、泣き続けた。 ようやく理性が戻り始めた頃、彼は思いあぐねた末にミューリルをウィンダスに連れて行き、 ユミーナの遺品と共にミスラの族長に委ねた。彼女は、ゼノンを責めなかった。むしろ、ユミーナの事を聞くと、 同情するような態度すら示し、ミューリルを預かることを引き受けてくれた。 そうして、泣き喚く幼子の声に後ろ髪を引かれながら、ゼノンはウィンダスを去ろうとした。心ない言葉をぶつけ、 自分を忘れてくれるように願った。 しかし、それを聞いた族長はゼノンを引き留めると、ひとつだけ、約定を結ばせた。 (ミューリルが成長し、外の世界に出ることを願ったら、便りを出します。必ず迎えに来なさい) その言葉に、ゼノンは激しく動揺した。何故、と問う彼に、ミスラの女は厳しい視線を向ける。 (経緯はどうあれ、貴方があの子の母の死に関わったのは事実。貴方はそれを、償わなければなりません。 あの子が母親と同じ道を歩まないためにも…) ゼノンは衝撃を受けた。あの夜のユミーナの異変、その業を、ミューリルも背負っているというのか。 (若きヒュームよ、強くおなりなさい。これからは、『誰か』のために) ミスラの族長は、それ以上ユミーナとミューリルの事について語ることは無かった。ただ、憐れむような視線を 青年に向け、送り出す。そして、ミューリルが成人するまでウィンダスに足を踏み入れるなと言い渡した。 ゼノンはそれを受け入れるしかなかった。その後彼はサンドリアに向かい、騎士の試練を受けて叙勲を手にした。 欲望と愛情を全て捧げたあの夜の代償を支払うために、ナイトとしての苦行を積み、己を鍛え上げた。 やがて時が過ぎた。ジュノでパウ・チャと出会い、彼のギルドの腹心としての立場を確立したゼノンは、 壮年とも呼べる歳になっていた。愛の記憶が薄れ始め、心の隙間を埋めるように色事に溺れる彼の下に、 そしてついにその便りはやってくる。 取るものもとりあえず駆けつけたウィンダス。そこには母親と瓜二つの相貌を持つ若いミスラが、所在なげに 族長の傍らに立っていた。それを見た彼は、己の罪深さを思い知らされるのである。 ミューリルの姿を眺めるゼノン、まっさきに浮かんだのは、ユミーナの最期の言葉だった。 微笑みかけ、子供の頃のように抱きついて甘える女は、ゼノンの心を深い悲しみの底に突き落とす。 彼女は、ユミーナではない。 当たり前の事を、彼は再認識した。その心を占めたのは、情欲ではなかったから。ただ、憐れみだけが ふつふつと胸中を満たす。彼女から母親を奪うきっかけを作った自分、それを知らずに今だ自分を慕う娘。 俺が守らなければ。それが、ユミーナへの贖罪。それが、俺の義務。 父と呼ばせる訳にもいかず、相棒と呼ぶにはその頃の彼女は未熟すぎて。かくして、他人以上家族未満の 奇妙な関係のまま、ゼノンとミューリルは再びウィンダスを後にすることになる。 *+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+**+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+* 「ミスラの一族の、秘事に関わることだ」 ほの暗い部屋の中で煙草の煙をくゆらせながら、ゼノンは重い口を開いた。 「ミューリルの母親は、とある古い氏族の血を引いていたらしくてな。ある事をきっかけにして、それが目覚め、 事件を起こしてしまったそうだ」 「ある事?」 いぶかしげに、ゼノンを見つめるディルムッド。男はそんな青年を見つめると、深く溜息を付いた。 「ディル、お前ミスラの男が何故少ないか知っているか?」 「?、存在そのものが少ないから…じゃないの。それ以上は、よく知らない」 話をはぐらかされたと思ったのか、ディルムッドは不満げに眉をひそめる。だが、ここまで来て それがまったく無関係な事だとは思えない。青年は次に来る言葉に倒されまいと、己を冷静であろうと努める。 「もちろん、それもある。だが、理由は他にもある。彼らが、表に出られないほどの」 ゼノンの口調は歯切れが悪い。 「もともとミスラは子を為しにくい。人口の低下を防ぐために、確実に子を授かる儀式を設けている位だ。 その際、男は必然的に複数の女と交わらなければならないから、それが原因でトラブルが起きる事もあるらしい。 それを避けるためにも、ミスラの男はあまり表だって行動しないんだ」 ディルムッドの頬が、ひきつった。僅かに残った少年の潔癖さが、軽い嫌悪感を抱かせているのか。 「ああ、野蛮とか淫猥だとか、そんな評価は止めろよ。これはあくまでも彼らの社会の在り方なんだ。大昔からのな。 俺達ヒュームがどうこう言うような事ではないぞ」 ふうっと煙を吐き出すゼノン。もちろん、彼とてこの事実をミスラの族長から聞かされたときは絶句した。 ディルムッドが動揺するのも、いたしかたないだろう。 「だが、ミューリルの母親はその儀式に参加しなかった。彼女は幼なじみの男と恋仲で、彼が他の女と関係を 持つのを嫌がった。そして儀式の手順を踏まずに結ばれたんだ」 沈痛な面もちで、ゼノンは目を伏せる。 「カマキリって虫を知ってるか?あれは、交尾した雄を、雌が喰っちまうんだ。 もちろん、本当に喰う訳じゃないが、彼女の氏族は性交の時に凶暴化して男を傷つける事が多々あったらしい」 ぞわりとディルムッドの背筋に悪寒が走った。ゼノンの次の言葉を、蒼白になって待つ。 「…そして、その時の傷が元で男は死んだ」 青年の拳が、膝の上で握りしめられた。言葉が出ない。だが、ゼノンはそんな彼にお構いなく、淡々と言葉を続ける。 「罪にはならなかった。ミスラにとってそれは仕方のないこと、『自然なこと』だからだ。 男もそれを分かっているから、儀式に臨むかどうかは自分で決める。受けるのも自由、受けないのも自由。 全ては己の責任。だから、彼女を責める者は誰もいなかった」 ヒュームの男の表情が、ふと苦々しげに歪められた。 まるで、遙か過去の痛みを、今また再燃させてしまっているかのように。 「彼女は子を身籠もった。だが、いたたまれなくなったのか故郷を去り、ジュノに流れ着いて娘を産んだ。 俺はそこで彼女と、ユミーナと出会った」 「ユミーナ…それが、ミューのお母さん…」 遮るように、青年がぽつりと呟く。感傷の混じった苦笑を、ゼノンが漏らす。しばらくの間、沈黙が流れる。 「ゼノン、その人のこと本当に好きなんだ」 さげずんだ口調ではない。ただ、とっさに思いつき、反射的に紡がれた台詞。そして、過去形ではなくて。 「ああ、そうだ。だから俺には、ミューリルを愛する理由がない」 そう、今のゼノンは、愛し続ける女への贖罪だけで成り立っていた。母親と同じ過ちを繰り返して 苦しまないように、絶えず見守り続ける。それが彼の全て。 「お前は、どうなんだ?ディルムッド」 ぎらりと、殺意を含んだ視線が青年を射抜く。 「言っただろう。返答次第では、俺はお前を殺す。今の話をミスラの族長から聞かされたときの約定でもあるんでね」 ディルムッドの脳裏で警鐘が鳴り響いた。ゼノンは本気だ。それに、この状況に彼は『慣れて』いる。 「ゼノン。…今までこの話を、何人に聞かせた?」 「二人。お前で三人目」 旧き愛に囚われ続ける男は、こともなげにそう言ってのけた。