キュリリとオリルがお互いをかけがえのないパートナーとさだめたそのころ、 同じウインダスの片隅で、彼等の未来の仲間が顔をあわせる。 それは最初から、波瀾を含んで。 ----------------------------------------------------------------------------------------- いつからここにいるのかも覚えていない。 記憶なんて、いらない。覚えておくべきことなんて何もない。 思い出そうとするとじんじんと頭のどこかが痺れるから。 その奥をどうのぞきこんでも心地よい記憶なんて見つかりはしないことは自分が一番よく知っている。 肉のこげる匂いと血の匂いと、叫び声。走って走って、胸に水銀がつまったように苦しい。 ひゅうひゅうとなる、自分の喉。男達の歓声と下半身をおそう堪え難い痛みと圧迫感。 ベタベタの汚れた身体のまま人形のように倒れている自分。 思い出す価値もない、記憶。 「客だぞ」階下から声がする。 窓辺でぼんやりと外を見ていたリリに姉貴分の女達がちっと舌打ちをしてつげる。 「さっさとしなよ。うすのろめ。あたしの服はどこ?あんたもおりるんだよ!」 窓から遠くに見える天の塔には尽きることのない泉がわいて、星の神子様がいるという。 リリはいつも思うのだ。それはどこの国のおとぎ話なんだろうと。 のろのろと立ち上がりぼんやりと階下へ向かう。 「まったく!使えないネコだね!」追い討ちをかけるような女の声もリリにはどうでもいいこと。 彼がやってきたのはそんなありふれた春の夕刻だった。 長くのびた黒い髪。とても背が高くて綺麗な顔をしている。鋭い水色の瞳のエルヴァーン。 この国にもエルヴァーンはいるが如何せんその絶対数は少ない。 それに、どうしたってジュノやサンドリアのほうが冒険者達にはなじみが深いこともあって ほんとうに切羽詰まったような落ちぶれた男達しかここにはなかなかやってこない。 だから、この薄汚れた娼館に彼のような若いみめ麗しい男がやってくることもなかなかなくて、 ずらりとならんだ女達はざわざわと色めきたった。 「お好きな娘をどうぞ」下卑た笑いで彼に主人がへつらう。 リリはなんだか怖い顔の人だな。とどこかひと事のように思いながらなるべく目立たないように端っこに並んだ。 リリは男に興味なんてなかった。 どいつだっておなじだ。おなじようにリリを撫で回し、好きなように弄んで帰っていく、それだけの存在だ。 「ふうん・・・」 オルネバンはひととおり女達をながめまわした。 彼は女には困らない。 つかの間の旅の仲間となる女達に、しつこく誘惑されることもしょっちゅうだ。 合意の上ならいただいてしまうことに何のためらいもないし、 現に彼は長い期間フィールドに出る時はそうやって処理をするのだが、 基本的にはそういう女達とずるずると関係を続けるつもりはなかった。 面倒な恋愛関係は時として鍛練の邪魔になるし、 戦いにあけくれる彼等の日々において、思いもよらないウイークポイントとなりうる。 少なくとも彼はそう思っていた。 だから町が近ければそれ専門の所へいくのが一番手っ取り早い。 それは彼に限らず、ある種の独身の冒険者達がもっている認識だった。 しかしこの、のどかな国にもそういうところがあるのだな。 酒場で戯れにきいたこの娼館の場所はひどくわかりにくくて、 酔った勢い、ほんの興味半分でやってきたのだが その薄汚れた風情が逆に好奇心を刺激して、話の種にでもとその門をくぐってみたのだ。 タルタルは・・・パスだな。エルヴァーンはここにはさすがにいないか。 視線を巡らせていた彼の目に端っこで所在なげに下を向いているミスラの娘がうつった。 ほぅ・・・。ちょっと目を細める。 細っこくて頼り無げだし、ひどく無気力そうで、何より表情のなさが気にかかったが、顔だちは美しい。 着飾ればジュノの高級娼館でも通用しそうなととのった顔だちと燃えるような赤い髪、 グラマーではないが均整のとれたからだ。 そう、彼が彼女を選んだのは偶然だったのだ。 彼女はただ、そこにいただけ。ただ彼の好みだった、それだけ。 「あの、ミスラの娘を。」 そうオルネバンが主人に告げた瞬間、女達の顔に失望が浮かんだ。 そして、それは等しくリリの顔にも。そのことはオルネバンのプライドをほんの少し傷付けたようだった。 求められこそすれ、拒まれたことなどなかったのだから。 「リリ、さっさとこっちへこい。」主人が顎をしゃくる。 重い足を踏み出すリリのしっぽをすれ違いざまに意地悪く女達がつねっていった。 オルネバンの前にやってきたリリが、良く分からない表情をした。 微笑んだつもりなのかも、しれなかった。 「気に入らなければお申し出ください。しっかりやるんだぞ!」 リリにそう言い捨てて、主人が奥へと戻っていった。 客用の部屋に案内されるとオルネバンはきょろきょろとまわりをみまわした。 粗末な寝台が置かれただけの簡素な部屋。まくらもとに水指しがぽつんとおいてあr。 木わくにはまった窓には月光を遮るカーテンもない。 なんというか、まさにそのためだけの。 贅を尽くしたジュノの娼館とは天と地ほども違う。 「うわお。」そうつぶやいてふりむくと あとからはいってきたネコがさっさと胸元を広げて服のボタンをとろうとしてる。 「うお、おいまてって!」そういってその手をおしとどめるとネコが不思議そうに瞳を覗き込んだ。 「・・・しないのか?」 哀しいかな男の性、あらわになったふっくらとした白い谷間に勝手に視線は注がれてしまうのだけれど。 いや、そりゃ、するけどよ・・・。もうちょっとこう、なんかあるだろーがよ。 「リリ?だっけ?」ふっと小さくため息をついてちいさな女を見下ろす。 こくりとリリがうなずいた。その仕種が妙に子供じみていて。 くすぐられたのが同情心なのか、父性本能なのか、欲望なのか、それとも恋心だったのか、それは彼にも分からない。 ただ、ゆっくりと味わいたいと思った。この女を知りたいと思った。そこに理由なんて、ない。 「お前さ、一晩いくらよ?」エルヴァーンの自分に比べてだいぶ小柄な女をひょいっと両手で抱え上げて すとんとベットにおろした。 「一晩?」リリが怪訝そうにきく。「帰らないのか?次の客をとれないんだが・・・」 その言葉に納得する。ここは、そういうところか。 消耗品のように女を使って稼がせる。なるほどな。 オルネバンは優しくない。むしろ優しい男なぞ軽蔑しているといっていい。だからきっと彼は否定するだろう。 俺は一晩ゆっくり、かわいこちゃんと楽しみたかっただけだ。 別にあいつに同情なんかしたわけじゃねえ。きっとそういって。 「まってろ。」そういってオルネバンが部屋を出ていく。リリはすこしだけ狼狽していた。 彼の対応がリリの知っている男達のそれとあまりにちがったから。 部屋に入るか入らないかのうちに服を剥ぎ取られ、突っ込まれて人形のようにゆさぶられる。毎日そのくりかえし。 それが彼女の知る男達のやり方だったから。変な・・・男。だけど不思議と怖くはなくて。 あんなふうに壊れ物のように抱き上げてもらったこともなかった。リリはただ、戸惑っていた。 「ったく、ごちゃごちゃいいやがって。」ぶつぶつつぶやいてエルヴァーンが部屋に戻ってきた。 「じじいめ、えれーふっかけやがってよ。おめーたけえのな。」そういってちょっと笑ってリリの頭をくちゃっとなでた。 このひと、笑うとあんまり怖くないな。そう思いながらただ気が焦る。はやくしないとまた怒られる。 「・・・」どうしたらいいのか分からなくてそういってリリはまた自分の胸元を開いた。 「あせんなって。ゆーっくりたのしもうぜ?おまえ、今晩はおれのもんだ。」 そういって苦笑しながらオルネバンはリリをそっとベットに横たわらせた。 「キス、していいか?」そうきいたのは娼婦の中には唇は売らない、そういう類いの女が少なからずいるから。 それは心までは売らないという、そういうことなのだけれど、 自分の下でまつげを震わせている娘はまるで売る心ももってないように見えて。 それがまたほんの少しオルネバンの胸をざわつかせる。 リリを見下ろす水色の瞳が複雑な色合いを帯びる。 とまどったまま、うなづいた。 「いいけど・・いれないのか?」わからないから。違うから。バカみたいに正直にきく。 「いれてほしいのかよ?」唇をちょっとゆがませて即座にオルネバンが問い返す。 そんなふうに問い返されると思っていなくて、またすこしリリが困惑する。 仕方なく、「いや、ぜんぜん。」そう答えた瞬間、上に覆いかぶさっていたエルヴァーンが爆笑した。 「ぶははははは!おめーおもしれえな。」そういってくっくっくと喉をならす。ひとしきり笑ったあと。 「いれてほしくなったら、いれてやるよ。」どこか意地悪そうにリリに告げるその妙に性的な表情になぜかひどく胸が高鳴った。 いれてほしく・・・なる?そんなことあるわけないのに。瞬間的にそう思ったのは、リリの無知。 「目ぇ、とじてろや。」オルネバンの大きな手がリリの髪をほどいた。 彼が何をしたいのか、何をしに来たのか、リリにはもうよくわからない。だけど、怖くなかった。 いわれるままに瞳をふせる。 なんだか、プロを抱きにきたんだか、素人を調教しにきたんだかよくわかんねーな。 リリの豊かな髪の間にそっと指を滑らせながらオルネバンは心の中で苦笑する。 でも彼はたしかに腕の中の女に欲情している。興味をもっている。 そうだな、こういうのもわるくねえ。こいつは何もしらねーんだ。 不気味にねじくれちまってるが処女みてーなもんだ。 上等。おしえてやろーじゃねえの?オルネバン様の沽券にかけて。 おねーちゃん、セックスっちゅーもんは両方きもちよくなきゃ意味なんかないんだぜ? それが大人の余裕ってもんだ。 腕の下で瞳を閉じるリリのまぶたにそっと唇をおとした。