<エピローグ1:「一人の男と一人の女、見守る者と見守られる者」> 「……信じらんねぇ、お前ら、何考えてんだっ!!」 ゼノンの怒号が響きわたった。ルーヴェルは彼に頭を羽交い締めにされ、拳でぐりぐりされている。 まぁ当然と言えば当然だろう。パウ・チャの伝言で、病み上がりの体をひきずって出ていったルーヴェルと、 同じく、涙目でその居場所をゼノンから聞き出し、飛びだしていったアリア。心配したゼノンは徹夜で二人を 探し回っていたのに、疲れ果てた彼が翌朝にルーヴェルの部屋へやってくると、当の二人は仲良く朝食を 取っていたのだから。 「ご、ごめんなさい。でも、そろそろルーヴを…まだ、病み上がりだし」 おろおろと取り乱すアリア。ルーヴェルが無言でゼノンの為すがままに任せているので、とうとう口を挟む。 ゼノンはそんな彼女をじっと見つめると、やがて、自分で自分の喉元を指さして見せた。 「…嬢ちゃん。跡ついてるぞ」 「えっ?」 とっさに自分の首を押さえるアリア。それを見て、ゼノンの眉がきりきりとつり上がる。こめかみが引きつっていた。 「こんの…ケダモノがぁ-----------------!!!」 ヒュームの男の拳が、さらにぐりぐりぐりぐり青年の頭を小突いた。 「アリア、お前素直すぎ…」 「貴様が言うな!1度ならずも2度までも嬢ちゃんを手込めにしやがって。俺が親なら刺してるぞ、この野郎!」 締め技に切り替えたゼノンは、ルーヴェルが抵抗しないのをいいことに、ぎりぎりとその長身を痛めつける。 「え?別に、その、ルーヴとはいつも…」 言いかけて、アリアははたと口をつぐんだ。ぼっと火でもついたかのように、顔が真っ赤になっている。 …たしかに、あまり堂々と口に出来ることでもない。 ようやくルーヴェルを解放すると、ゼノンはアリアの手を取って、にっこりと微笑みかけた。 それが、ゼノンがいつも女性を口説くときと同じ微笑みであることは、アリアは知らない。 「嬢ちゃん、いや、アリア。今夜から俺の部屋へおいで。大丈夫、何もしないから」 「あの、わたし別に…」 「いいからいいから、遠慮しないで。ささ、まだ疲れてると思うし、ゆっくり休もう」 「…おい、ゼノン」 「やかましい」 「おい」 「黙れケダモノ。さ、行こうかアリア。俺が美味しいお茶を煎れてあげるよ」 「目の前」 「?」 言われて、ゼノンが視線を扉の方に向けた。ミスラの娘が一人、そこには立っている。ギルド仲間のミューリルだ。 だが、その全身からはごごごごごご…と、地の底から轟くような怒気がほとばしっていた。 「ケダモノはどっちだ--------------------------------っっ!!!」 ミューリルの正拳突きが、ゼノンの頬に美しく炸裂したした。 彼女はそのまま、ヒュームの男の首根っこをひっ掴むと、ずるずると引きずっていってしまう。 「ああそうだ、ゼノン」 ぽんと手を叩きながら、ルーヴェルが思い出したように口を開いた。 「確か以前に仲人したことがあったよな。今度頼まれてくれ…と、もう遅いか」 ふう、と青年は溜息を付いた。次にあった時に、また改めて頼まなくてはな…と心の中で呟く。 ふとアリアの方を見ると、彼女はゼノンに散らかされた部屋の掃除をしていた。どうやらいまのルーヴェルの台詞は 聞こえなかったらしい。彼はちょっと溜息を付いた。その時、足下に何かが落ちているのに気がつく。 それは手紙だった。封蝋にバストゥークの紋章が刻まれている。おそらくミューリルが届けてくれたのだろうか。 少し迷ってから、ルーヴェルは封を破って中身を取り出す。内容を確認した青年の瞳が、揺れた。 懐に手紙を納めてから扉を閉めると、今度こそきっちりと閂をかける。 「アリア」 「はい?」 「行かなければならない所がある。明日付き合ってくれ」 ヒュームの娘が小首を傾げてルーヴェルを見た。やがてこくんと頷く。 「うん、いいよ。あ、でも…」 思い出したように、アリアの表情が翳った。 「わたしの処分がどうなるか、まだ分からない…よね」 うつむく彼女の頬に手を添えると、ルーヴェルは額に優しくキスをした。 「心配するな、何があっても俺が守ってやる」 「え…?」 青年の自信がどこから来ているのか彼女には分からず、困惑する。彼の懐に、領事館からの仮通知が納められている とは露ほども気づいていない。ルーヴェルがアリアに微笑みかけるが、残念ながら、彼女にはそれが獲物を見つけた 猛獣の喜ぶ顔に見えてしまう。娘の額を冷や汗がたらりと流れた。 「ルーヴ…明日、出かけるんでしょう?」 「ああ、そうだが」 「あの、準備しないと。それにまだ日も高いし。わたし一度領事館に行きたいんだけど…」 「心配するなと言ったろう」 「心配するなと言ったって、じゃあどうして服を脱がせるのっ!?」 すでに胸元が露わになるほど前身ごろをはだけさせられ、アリアは狼狽していた。ルーヴェルが嬉しそうにしている 原因がわからない。自分の肌に、昨夜の口付けの跡が残っているのに気づいた彼女は、頬を真っ赤に染めた。 「すまないアリア、嬉しすぎて自分を止められん」 「?、ど、どうでもいいけどとめて頂戴〜〜〜っ!!」 後の悲鳴は、彼の唇に塞がれて飲み込まれてしまった。 その日一日、アリアは訳も分からずルーヴェルに美味しくいただかれてしまう事になる。 <エピローグ2:「星見守る者と一人の男」> 「だーっ、つっっかれたっ!!…あ、葡萄のジュース、おかわりね」 赤魔道士のディルムッドは、カウンターで差し出されたジュースを飲み干すとそう叫んだ。律儀にコップを バーテンに戻している。 「パウ〜、あんた人づかい荒すぎ〜」 「わかったわかった、今日『は』、おごってやるから」 「どうせならいつもおごって欲しい♪……うにに、ふぉめんなひゃい、うしょでひゅ」 パウ・チャに思い切り鼻をつままれたディルムッドは、子ミスラのような声を出した。アリアと同年代で、 とっくに声変わりの時期も終わっているはずの彼だが、少々音階の高い自分の声に実はコンプレックスを抱いている。 「で、ディル。頼んだ物はどうなった」 冷たくあしらわれ、不満に思いながらもヒュームの青年は背負い袋から何枚からの羊皮紙を取り出した。 「汚い字だな…」 「うるさいな、も〜。急いで写したんだからしょーがないだろ〜?」 そこには、パウ・チャがディルムッドに調べさせていた事柄が記されていた。 極秘に行われた遠征軍と進行ルートと、その団長であった者の名。獣人との戦闘で死んだとされている者の名。 巻き込まれた一般人の名と、救出された者の名前。そして、 遠征軍の行われた年に施療院に預けられた子供の名と、今年に入って資格を剥奪され、連れ戻された冒険者の名。 すべてがパウ・チャの頭の中でかっちりと組み合わされ、一枚の絵となっていた。 「やれやれ、惨い事をしたものだ…あの石頭もこれで懲りればいいのだが」 あの年、コンクエストで劣勢に陥っていたバストゥークは奇跡的な快進撃を遂げ、騎士団の主力を欠いていた サンドリアと、復興のただ中にあったウィンダスを凌いで驚異を誇っていた。 おそらく、内密に行われていた遠征軍が功を奏していたはずだ。10数年以上も前のこととは言え、 孤児の素性を嗅ぎ付けた者が、当時の状況と彼らの生い立ちを結びつけないとも限らない。 それゆえ、アリアは強制的に連れ戻されそうになったのだろう。 パウ・チャがこの書類を他国に持っていけば、三国の同盟関係を揺らがせかねない事態になるのは必至だ。 原因の発端となったバンデオムは、当然厳しい処罰を受けることにもなるだろう。 「過去の罪で、未来を閉ざすな……か」 己の放った言葉を苦々しげに呟き、パウ・チャは羊皮紙を店の暖炉の中にくべてしまった。 「あああああ、何するんだよ〜っ!?人がせっかく……!」 「忘れるところだった。礼だ、ディル」 パウ・チャが懐から何かを取り出し、ディルムッドの掌に預けた。青年はなめし皮の小袋に入ったそれを確認する。 「そろそろミューリルの誕生日だったな。お前腕は上がったのか?」 ディルムッドの手の上で、大粒の真珠が数個、ころころと転がった。店の明かりを受けて、妙なる輝きを放っている。 「う…まだちょっと不安、かな…」 彫金の修行をしている彼が、片想い中のギルド仲間の為にせっせと腕を磨いているのは周知の事実だった。 気づいていないのは、彼の想いを知らずにいるミスラの娘ただ一人。何故なら、彼女の瞳に映っているのは… 「いや…なんでもないっ、俺頑張るよ。ありがとパウ!」 嬉々として店を後にするギルド仲間。その後ろ姿を見つめながら、パウ・チャは小さくつぶやいた。 「ゼノン…お前もつくづく苦労するな」 <エピローグ3:「義父と養子と」> 初老のエルヴァーンが、己の自室で溜息を付いた。ここはサンドリア領内にある彼の屋敷だ。 騎士団からも政権からもすでに遠のいたが、領地から上がる収入と国からの慰労金により、貴族として何不自由ない 生活を過ごしている。 「父上、それでは行って参ります」 少し緊張した声で、若いエルヴァーンが彼に声をかけた。かつてこの屋敷に仕えていた召使いの息子だ。 額を隠すように切りそろえられた赤毛が、彼の幼さを引き立たせてしまっている。 息子を事故で失った男は、母親を事故で失った少年を正式に養子とし、この家の跡継ぎとしたのだった。 しかし彼は剣の筋も良く、何よりその人柄は朗らかで明るい。 人徳という物が血筋ではないという事を、体現して居るかのようだった。 唯一の悩みは、冒険者としての修行を通して騎士になりたいといいだし、それだけを頑として譲らなかった事だけか。 今日もまた、彼は自分の力で揃えた武器防具を身につけ、屋敷を出ようとしている。 男にはそれがそれが苦々しくもあり、また一方で心温められる風景でもあった。 素質と、聡明さを買われ、何一つ己の望みを口にしないまま国に仕え、消えてしまった実の子とは違いすぎるから。 青年が男の部屋を後にしてしばらく。夜明け前の闇を残す部屋の片隅で、かすかな物音がした。 開けたはずのない大窓が開いており、そこから流れるゆるやかな夜風が、薄物のカーテンを揺らしている。 からからから… 音を立てて、何かが男の足下へ転がった。いぶかしげに拾い上げ、その物体にはめ込まれた図章を目にして驚愕する。 「誰だ」 男の知人であるガルカでない事は明白だった。彼は、知人に対してこんな不躾な訪問をするような人物ではない。 カーテンの向こうに、人影が映った。男に似た銀髪が、一瞬だけ部屋の明かりを受けて映える。 「それの為に、迷惑を被った者です…お返しに参上仕りました」 くぐもった声が、窓から響いた。闇語りと呼ばれる、ごく限られた範囲内だけに響く特殊な話し方だ。 むろん、正規のサンドリア騎士団でこんな芸当を教えるような事はない。 「死んだ者の…無念を暴くような真似はどうかお止め下さい」 二度と聞けぬと思っていた声が、男の心を直撃した。彼は長い長い溜息を付いた。 ここにある物は、あってはならぬ物。ここに居るのは、居るはずのない者。 「君……が今居る場所は、君自身が選んだのかね」 男がようやくそれだけを告げた。はい、とすぐに答えは返った。そこに、迷いもためらいもない。 「そうか…バンデオムには礼を言わねばな。これでようやく、私は心安らかな日々を送れそうだ」 男の姿が急速に縮んだように見えた。脱力したのか、それとも何か張りつめていた物が切れたのか。 そこまでは分からない。 「息子を…なくしたのでね。養子を迎えたのだ。良い子だ、きっと良い騎士になってくれると信じている」 柔和な笑みだった。男を見つめる視線がいぶかしげに細められた。そんな表情を、彼は見たことがなかったから。 様々な想いが双方に去来して、言葉が出ない。何か言いたいのに、何も言えない。 やがて、夜明けを知らせる小鳥の声が響き始めた。空が白み始めるのももうすぐだ。 「ひとつだけ、お知らせしたいことがあります」 部屋に背を向けたまま、振り向きもせずに影が告げた。 「わたしには、大切な者がいます。いずれ、わたしは彼女を娶るでしょう」 その言葉は少し揺れていて、込められた想いの深さが男にも伝わった。知人の話に出てきた魔道士の事だろうか。 「どうか、お心安らかな日々をお過ごし下さいますよう…」 気配がふっと消えた。慌てて窓の外をのぞき見るが、そこにはもう誰もいなかった。 いつもそうだ。彼は幼い頃から身軽で、自分に叱られてはとんでもない所に逃げ込み、その怒りが収まるまで 決して姿を見せようとはしなかった。 いつまでそうやって立ちつくしていただろう。やがて、朝日が顔を出し、男の顔を照らした。 その頬には、妻を亡くしてから一度も流したことのない涙が、一筋こぼれていた。 「待たせた、行こうか」 青年が、娘にそう告げた。東ロンフォールのはずれにある、石造りの小さな建物。それはひどく焼け焦げていて、 かつて猛火になぶられた事を容易に想像させる。色とりどりの花束をその前に供えると、青年は立ち上がって 彼女に何事かを促した。 娘が、アルタナ女神より授かりし秘術の、その呪文を唱え始めた。高まっていく魔力が、二人を包む。 完成された力が、二人の体を約束されし地に転移させようとする寸前、青年が石塔をちらりと見た。 両の目に、懺悔と希望を滲ませて。 Fin.... *+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+* ルーヴェル :エル♂F4銀髪 アリア   :ヒュム♀F4黒髪 パウ・チャ :タル♂F6茶髪 サフィニア :エル♀F8黒髪 ゼノン   :ヒュム♂F7茶髪 ミューリル :ミスラF5赤髪 ディルムッド:ヒュム♂F4金髪 バンデオム :ガルカF3白髪 全10話もの長さになってしまいました。おつきあい下さった皆さん、ありがとうございました。 他のキャラの話もちょくちょく書いていきたいと思いますので、見かけたらよろしくお願いします 駄文書きAugust 拝