「で、金は用意できたんだろうな?」 「ごめんなさい、今はまだ2万ギルしか集まってなくって……。」 「けっ、しけてんな。仕方ねぇ、とりあえず有る分だけ貰ってくわ。」 「あぁっ、それまで取られると食費が……。」 「うだうだ言ってんじゃねぇぞ。食い物くらい我慢しやがれ。  元はと言えば俺様の商品の代金をちゃんと払わなかったお前がいけねぇんだろう。」 「だって、落札できたから……。」 「何、お前。俺様に喧嘩売ってんの? 俺様はこの世界で最強に強いDQN様だぞ!」 〜〜〜ヴァナ・ディール伝承譚『白い肌の天使が舞い降りるとき』〜〜〜 人々の行き交う街、ジュノ。各国に散らばる何もかもは、この世界最大の都市に集められる。 人材、物資、財貨、さらには人々の想いもここには呼び寄せられてくる。 そして、それらを贄とする貪欲な悪意も、この街には渦巻いている…… ここでは他人に深く立ち入ることは禁忌とされている。 通りを歩く人数は多いのに、皆が他人に無関心な風を装っている。 立ち話をする者など殆ど居らず、むしろ奇異の目で見られることさえある。 辺りに響くのは無愛想な客引きの喧騒のみ…… 酒場では厭きた老人達が下らない愚痴を零している。 市場では疲れた女達が誰も見向きもしない商品を並べている。 街路ではやることの無い若者達が無益な闘争に明け暮れている。 多くの人間は既に倦怠に苛まれている…… この街からこんなになってしまったのは、一体いつからなのだろう。 誰もが初めは希望と期待を持ってやってきたはず。 それが今では、見えない明日への恨み言が囁かれ、ささいなことが口論の種となる。 不安と絶望と諦観がこの街を支配している…… この街は飽和しすぎたのかもしれない。人々の想いを受け入れ切れなかった。 そして、全てを巻き込んで、壊れた。 今ではもう理想を語る者など殆どいない。 昔は快活だった人達も、脱落して街を去るか、この街に呑まれて廃人へと成り代わっていった。 都市の空気が人を束縛する…… 少年が歩いていた。足取りは重い。若そうな顔つきとは裏腹に随分と草臥れた格好をしている。 数日前まで彼は、この街の重苦しい雰囲気にも負けずに、希望に満ちた凛々しい表情をしていた。 だが、ある一つの出来事が彼をここまで追い落としてしまった。 今の彼はこの街の退廃感に囚われ、さながら生きる屍のようだった。 その原因となったのは、ある一人の男だった…… 少年は召喚士だった。 まだ年若く経験も浅いが、僥倖に恵まれて封印されし禁呪を身につけることが出来た。 しかし彼に習得できたのは初歩の術のみ。それだけでは存分に力を発揮することは出来ない。 彼は更なる力が欲しかった。そこで競売場に赴き、魔法のスクロールを買い求めた。 スクロールは彼の資産では手が届かないほどの高値で取引されていた。 彼は半ば諦めたものの、物は試しと全財産を競売場に提示してみた。 すると驚いた事に、相場を遥かに下回る価格にも拘らず落札することに成功したのである! 彼は狂喜した。早速スクロールを持ち帰り、その中に込められた秘術を習得しようと必死に修練を重ねる。 そして彼は新たなる術法を身に着けた。彼は我が身の幸運を喜んだ……はずだった。 「悪いけどね、あのスクロールの値段、間違いだったんだわ。  あの程度の金なら渡すから直ぐに返してくれないかなぁ?」 彼の元を訪れたのはDQNと名乗る小男だった。 世事には疎い彼も、そいつの悪名だけは噂に聞いていた。 まさかそいつの獲物に自分が選ばれるとは……彼は想像だにしていなかった。 DQNは背後に五人の巨体の男達を従えて、彼の家へと押しかけてきた。 彼は酷く狼狽した。 スクロールはひとたび魔法の習得に使用すると、魔力が消失して使い物にならなくなる。 もはや品物は彼の手元には無い、彼はそう弁明した。 「ほぅ、俺様の商品をもう使い潰しちまったってことか。  なら、いいや。差額を払うだけで許してやるよ。」 小男は彼に法外な金額を吹っ掛けてきた。それは相場よりも更に上の金額。 小男が言うには、その値段で出品したとの話だった。 「競売の連中が馬鹿でねぇ、俺様の指定した金額よりずっと低い値で売ったらしいんだわ。」 彼はそんな大金など持ち合わせてはいなかった。 そもそも競売の取引は厳格で、そのような取り違えが起こる事など万に一つも無いと聞いていた。 小男が出品価格を間違えたのではないかという疑いがあった。 だが彼が何を言おうと、小男は決して引こうとはしなかった。 「金を払うか、同じ商品を持って来い。それまでは絶対に許さねぇぞ。」 彼の実力ではそのスクロールを入手することなど不可能に等しかった。 競売での出品もそうそうある訳ではない。 かといって指定された金額は、彼が働いた所で一朝一夕に集められるものではない。 彼は途方に暮れていた。 だが、彼は正規の手続きを踏んだ上でスクロールを入手したはずである。 法外な要求に応ずる必要は無いのではないか、そう思って彼は警察組織に相談を持ちかけてみた。 「その質問にはお答えできません。」 だが返事は芳しくないものだった。それどころか彼は露骨なまでに邪魔者扱いされたのである。 「プレイヤー間の問題はプレイヤー間で解決してください。  それと、今後このようなことでGMを呼び出した場合には処罰の対象にもなりうるので注意してください。」 彼は助言くらいは貰えるものだと思っていたため、この応対には失望した。 「それでは失礼します。よい旅を!」 彼は代金を踏み倒すことも考えた。だが、出来なかった。 DQNの四天王を名乗る五人組の内の誰かが、四六時中に彼に貼り付いて監視を続けていた。 そればかりか様々な嫌がらせを彼は受けた。 罵詈雑言は当たり前、時には獰猛な野獣を近くに放置されたり、手に入れたはずの高級品を奪い取られたりした。 そして何より、DQNを称える阿諛追従を一日中聞かされるのが、彼には一番腹立たしかった。 そのようなヤクザな連中に付きまとわれているのを見て、親しかったはずの友人達も彼を遠ざけるようになった。 彼は最早完全に孤独だった。他にどうすることも出来ず、彼は仕方なしにお金稼ぎを始めた。 ある程度溜まると所持金を全て巻き上げられてしまうため商売の資本を蓄えることも出来ず、 彼は過酷な肉体労働ばかりを続ける羽目になった。元々頑丈ではない彼には、これは一際応えた。 「金持ってない奴多すぎ。  そういう奴らは『お金が無いので奴隷になります』とでも紙に書いて、首からぶら下げてろっつーの。」 少年はもうこの世界から消えてしまいたいと思うようになっていた。 彼はトイレに篭って嘆息した。そこは唯一DQN達の魔の手から離れられる場所だった。 彼は自分の身に訪れた不幸を呪った。そして苛立ち紛れにDQNの悪行を短剣で壁に刻み付けた。 だがそれも無数の便所の落書きに紛れてしまい、傍目には何が書かれたのか判らない。 それでも彼は少しだけ気分が晴れたような気がした。 彼が外に出たとき、そこに監視役の四天王は居なかった。 代わりに彼の前に現われたのは、頭の上が禿げ上がり口元にはドジョウ髭のある巨体のガルカだった。 ガルカは厳かな声でこう言った…… 「詳細キボンヌ」 もとい 「DQNの悪事について詳しい話を教えて欲しい。」 少年はあらいざらいをガルカにぶちまけた。 ガルカは暫く黙って考えていたが、彼の話を聞き終えると空を見上げてこう呟いた…… 「祭りを起こす時が来た。」 ジュノ、DQN邸。 いつものように下卑た笑いを浮かべながらレアアイテムを眺めていたDQNの元に四天王の一人がやってきた。 「DQN様、なんだかヤバげな予感がします。こんなものが届きました。」 四天王は懐から一枚のチラシを取り出してみせる。 そこにはDQNの過去の悪事の数々と、それを糾弾する文章が書き連ねられていた。 「へっ、こんな紙切れの一枚、別に痛くも痒くもねーよ。  どうせ俺様のこと批判してるよーな奴は、単に俺様の装備とかすごいからって妬んでるだけだよ。  なにせ俺様は超有名人だからな。」 「ですが、このチラシがポスト一杯になるほどの量送られてきたのです。  いくら取り除いても無限に湧いてきて空になりません。」 「誰かは知らんが、ほっときゃ飽きるだろう。  それに俺様が頼めば官憲を動かすことだって出来るんだぞ。」 そのとき四天王は頭を抑えてうずくまった。 何か強烈な想念に頭を掻き乱されているかのようだった。 「と、ともかく、今の貴方には付き合ってられません。  事が済んだ後でまだ健在だったなら、また会いましょう。さらばです。」 「おい、タイタン! 俺様とのHNM狩りの約束はどうする気だ!  散々甘い汁吸っておいて今更逃げるのかよ!」 だがタイタンはDQNの許から足早に逃げ出した。 DQNは去ったタイタンに毒づきながらも、次の儲け話に思いを馳せていた…… ヴァナ・ディール警察機構本部。 「LGM、Kujataのワールドパスが異様な勢いで発行されてます!」 「サンドリアで殆ど居ないはずの禿ガルカが突然大量に目撃されたとの報告も出ています!」 「奴らめ……。折角発行量を五分の一に制限したというのに、これだけの人数を集めるとは……。  GM、SGM、厳戒態勢を執れ。『祭り』が始まった!」 ノルバレン地方バタリア丘陵。 その日ここに居た者は異様な光景を目にしただろう。 鎧すら身に着けていない巨漢達が整然とした隊伍を組んで東へと行進していた。 列の左右には武装した冒険者達が控え、襲い来る魔物共から巨漢達を護衛していた。 彼らが目指していたのはジュノ大公国、世界で最も人間の集う場所。 DQNは取り引きを行うためにジュノ下層にやってきた。 待ち合わせの時刻に遅れていたため走っていると、勢い余って誰かの体にぶつかった。 「おい、なに突っ立ってやがる。俺様が通るんだから道空けろよ。」 自分から突撃したことは棚に上げ、DQNは相手に一蹴り入れて文句をつけた。 見上げると相手の瞳の奥では怒りの炎が燃え上がっている。 その相手は白い肌の禿ガルカだった。 「貴様がDQNだな?」 「知ってるなら話が早いぜ。とっとと俺様に謝ってそこを退きな。  後で治療費と慰謝料も送ってくれれば今日のことは許してやるよ。」 「……断る!!」 禿ガルカの鉄拳がDQNの腹部に叩き込まれた。 衝撃の大きさに耐え切れずDQNの体が宙を舞う。 「てめぇ、覚えてろよ!」 DQNは後ろを向いて逃げ出した。だが走り出して直ぐに、また誰かにぶつかった。 罵ろうとそいつの顔を見た瞬間、DQNは思わず凍りついた。 そこにいたのは、先程自分を殴りつけた奴と全く同じ姿をした禿ガルカだった。 DQNは慌てて裏路地に駆け込む。 しかし何処に出ようとしても常にDQNの目の前には禿ガルカが現われた。 その内DQNもこのカラクリに気が付いた。 禿ガルカは一人や二人ではない……数百人単位の集団でジュノ下層を占拠していたのである! 「DQN逝ってよし!」 「謝罪しる!」 「DQNさんはいい人です」 「っていうか、最悪なのしか見たことないです。いままで。」 「DQNは野放しですか、GM?」 「明日の未来のために、今こそ立たねばならんのである!」 「こちら召召召召召です。DQNさんパーティ組みませんか?」 「禿ガルUzeeeeeeeeeeee」 「集まってるのは偶然通りがかったガルカ達です。」 「主催者はDQN」 「擁護はイラネ。燃料にしかナラネ。」 「DQNうざすぎwww修正されるねwwww」 「そんなことよりミスラとまn(ry」 「関係ない住民に迷惑かけるな。DQNと変わらんぞ。」 「無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!」 禿ガルカ達の怒号が下層一帯に響き渡る。 海上に築き上げられたジュノの街が物量に耐え切れず軋み始める。 脆い部分が崩落を起こし都市が傾く。 強烈な震動が街を襲い歩くことすら儘ならない。 終末の時……それがこの街に訪れたのかと思えるほどの惨状だった。 そして……禿ガルカの集団に囲まれた中心部にDQNはいた。 「オマエら、これで正義でも気取るつもりかよ……」 「我々は正義ではない……あるのは唯、怒りのみ!!」 不動明王と見紛うかのような憤怒の形相がDQNを睨みつける。 DQNはガルカの群れに呑まれて揉みくちゃにされていた。 恐るべき肉の奔流の中でDQNの意識が遠のく…… 薄れ行く思考の中でDQNが発した言葉は、最期の断末魔の叫びだったのだろうか…… 「OH MY GOD!」 -----------------------== SystemMessage ==----------------------- 『特定個人を誹謗したり、  プレイの妨害となる行為は直ちにお止め頂けますようお願い致します。  また、そのような行動を目的とした集会、  あるいはリンクシェルの使用も認めることはできません。  該当するキャラクターをお持ちの方は、30分以内に集会を解散、  あるいはリンクシェルを外すようお願い致します。  警告に従わずその行為が繰り返された場合、  GMにより迅速に対応措置を取らせて頂くことになります。』 -----------------------== SystemMessage ==----------------------- 翌日…… 少年がDQNの屋敷を訪れると、そこはもぬけの空だった。 人伝に聞いたところでは、昨日外出して以来一度も戻ってきていないと言う。 DQNが何処に行ったのか、もはや知る者はいない。 四天王も後ろ盾を失い、今までのように好き放題暴れることは出来なくなった。 少年は自分が悪鬼から開放されたことを知った。 そのとき少年の脇を頭の禿げ上がったガルカが通り過ぎた。 少年は急いで振り向いてお辞儀をする。 「貴方は、もしかして……!」 だが禿は少年を一瞥しただけで、歩みを止めようともしなかった。 「もう俺には関わるな。」 少年が更に何か声を掛けようとした時、赤い鎧に身を包んだ警邏隊がガルカの前に現われた。 そして少年が止める間も無く、禿ガルカを何処か遠くへと連行していった。 ……禁断の地、モルディオン監獄…… ……この監獄は警察組織の権力に逆らう政治犯の幽閉に使われる…… ……前後左右上下、どの方向を向いても有るのは分厚い壁のみ…… ……GMでない限り、こことの出入りを行うことは一切できない…… ……あの禿頭のガルカが連行された場所はここだった…… 「何故あなたがここに転送されたかおわかりですね。」 「脅迫、暴行、騒擾、その他もろもろだろう……。」 「ふむ、よろしい。それでは規約違反行為としてお客様のアカウントを停止します。」 「……処刑!?」 あの禿ガルカについて、次に少年の耳に入ってきた情報はそれだった。 処刑を執り行う準備は既に整っていた。 威圧的な装飾の断頭台が広場の中央に聳え立つ。 その脇には赤鎧の執行官が刃を磨きながら待機している。 後は犠牲者が引き摺り出されてくるのを待つばかり…… 「LGM、禿ガルカが居なくなりました!」 決して抜けられないはずの絶対領域モルディオン監獄…… だがそこにいた禿ガルカの姿はいつの間にか忽然と消えていた。 警察機構の情報網を駆使してサーチしたが結局見つけ出すことは出来なかった。 最早あの禿ガルカの存在はヴァナ・ディールの何処にも痕跡を残していなかった…… 後に人々は語り継ぐようになった。 悪意が世界を席巻する時、怒りと共に禿ガルカ達が空の彼方から降臨すると。 彼らの怒りが収まるまでは、世界に平穏が訪れることは無い。 『禿ガルカさん……ありがとう……』