「新レシピ」 何故泣かれたのだろう。下層の酒場で酒をあおりながら、ルーヴェルはそれだけを考えていた。 「だーっ、まだ耳が痛い。なんだったんだ、さっきのは。聞いたような声だったが…お、ルーヴ?」 こめかみを押さえながら、仕事場にやってきたのはギルドリーダーのパウ・チャ。 この酒場は、彼が気まぐれに歌声を披露する場所でもある。 タルタルの台詞にルーヴェルは少なからず動揺した。耳が下がり、視線が微妙に彷徨う。 「ん、どうした。アリアと何かあったのか?」 エルヴァーンの行動に不審な物を感じたパウ・チャは、何気なくそう問うた。 青年が訳もなく落ちつかない時は、その原因に必ず一人のヒュームの娘が関わってくる。 さんざん迷った末、ルーヴェルは数時間前の事をぽつぽつと語り始めた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− きっかけはささいな事だった。ここ最近、ジュノやあちこちの国に見慣れない商人が立つようになったのだ。 彼らが売っている品物が、ある日を境に格安になっていたのを見て、ルーヴェルはそれを使った料理を作ってみた。 自慢ではないが、彼はクリスタル合成の中でも調理の腕は相当高い。ギルドでミッションに出かけるときも、 一人でメンバーの食料を調達する事くらいは朝飯前だ。 甘くて少しほろ苦い、その奇妙な菓子は、珍しくルーヴェルの口に合った。 調子に乗って、材料を全て使い切った頃、山のように残ったそれを見て、流石の彼も途方に暮れた。 小鍋を用意し、作りすぎた菓子をいったん溶かして、商人が【サービスで付けてくれた型】に流し込んだ。 冬場の気温のせいもあり、それはすぐ冷えて固まる。 一口囓って味を確かめ、今夜来るであろう恋人に食べさせてやろうと思っていたその時、派手な音が響いた。 見ると、当のアリアが目をまんまるにしてルーヴェルを凝視している。彼女が手にしていたワインの瓶が、 床の上で粉々に砕けていた。 「どうした?」 怪我をしたのではと思い、彼はヒュームの娘に近づこうとする。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・う」 しばらくの沈黙の後、アリアの顔がくしゃくしゃに歪んだ。 …ぅわあああああああああああああああああああああああああん!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 後に、ジュノの居住区で伝説として語られるほどの絶叫が、ルーヴェルの鼓膜を震わせた。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「ルーヴ…それはお前が迂闊過ぎだ。つーか、お前も以外とものを知らんヤツだったんだな」 眉間に手を当てながら、沈痛な面もちでパウ・チャはそう告げた。 「?」 タルタルは無言で、腰のポーチから何かを取り出した。色紙で丁寧にくるまれたそれを開くと、中からは ルーヴェルが囓っていたそれと同じ形の菓子が出てくる。小さな歯形が、残されていた。 「今日、サフィから貰った」 青年は首をひねった。ギルド仲間のサフィニアは、あまりクリスタル合成が得意な方ではないはずだ。 しかし、この菓子はそれ以外の方法で作ることは非常に難しいとされている。 「ああ、これは店で買った物だろう。あいつに作れるほどの腕はないからな」 ルーヴェルの疑問を、パウ・チャが続く言葉で払拭した。しかし 「…まぁ、由来は知らんが、今日は女が男に『この形の』この菓子を渡して告白する日、なんだとさ」 タルタルは一度言葉を切ると、こめかみを揉みほぐしながら台詞を続けた。 「でな。受け取って、喰ったら、OKという事になるそうだ」 さ−っと、血の気が引く音がパウ・チャには聞こえた気がした。ルーヴェルの顔が真っ青になっている。 聡い彼のことである、アリアが何故泣き叫んだのか、十分すぎるほど理解したのだろう。 「とりあえず、誤解をと………」 パウ・チャの言葉が終わる前に、酒場の扉が蹴り開かれていた。視線を上げると、すでに目の前から青年の姿が 消えている。代わりに、はね飛ばされた挙げ句に背中に靴跡を付けられたゼノンがそこには横たわっていた。 りっくりっくとヒュームの男に近づくと、タルタルは深く深く溜息を付いた。 「ゼノン………お前ほんっとうに、苦労してるな」 居住区へ続く階段を、ルーヴェルは一気に駆け昇った。 普段激する事など無いアリアが、あれほどまでに取り乱したのだ。よほどショックを受けたのだろう。 とにもかくにも、誤解だけは解いておきたい。気ばかりが急いて、彼の足を早める。 パリ−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−ン! 「きゃあっ」 派手な音と共に、悲鳴が響いた。 「アリアっ!?」 ドアを蹴り破る勢いで、ルーヴェルは彼女の部屋に飛び込む。甘ったるさと香ばしさをないまぜにしたような、 いい匂いが充満している。暖炉の前で、クリスタル合成に失敗したらしいアリアが呆然と座り込んでいた。 彼女が、声に気づいてふいとそちらを向く。 「あ、ルーヴ…」 小首を傾げて青年を見上げる娘の全身は、飛び散った羊乳の飛沫と豆のかけら、そしてカエデ糖でまみれている。 普通なら、失敗時の衝撃で材料は失われるものだが、この量から察するに、よほどの大失敗を何度も繰り返した のだろう。己の失態を思い返したのか、アリアはルーヴェルから視線を外してそっぽを向いた。 「あう…見ないで…」 錬金術の腕は確かだが、調理の方はさっぱりな彼女である。そのため、普段から食事当番はルーヴェルの担当だった。 彼が新しいレシピを身につける度、その最初の味見はアリアの担当になっていた。 怯える小動物のように肩を縮める娘の前に、ルーヴェルは膝を付いた。頬にカエデ糖の結晶がこびりついていて、 指でぬぐっただけでは落ちない。部屋の惨状を見渡して、彼は溜息を付いた。 「やれやれ…明日はモーグリを呼ばないとならんな」 ハウスキーパーを生業にする奇妙な生き物の事を思い出しながら、ルーヴェルはそう言った。 「ごめんなさい…」 えぐえぐと涙ぐみながら、アリアはうなだれていた。 「頑張ったんだけど…やっぱり急に始めても間に合わなくって…ひゃう!」 うつむいていたアリアが悲鳴を上げた。ルーヴェルが彼女の顎を捉え、上を向かせたかと思うと顔を近づけ、 頬を舐めたのだ。次に鼻の頭に軽く口づけると、表情を変えずに彼はこう言った。 「とりあえず、体を綺麗にしないと」 アリアの思考が凍り付いた。ルーヴェルがあんまりにもさらっと言ってのけたので、意味が分からなかったのだ。 一瞬後には、それを文字通り体で理解させられたが。 「きゃ−−−−、待って待って待って−−−−−?!」 「ああ…こんな所まで。仕方のない奴だな」 額を、顎を、鎖骨を、ルーヴェルの舌が這った。同時に服をどんどん脱がせられている。疑問に思うゆとりすら 失われていった。指を一本一本、丁寧に口に含まれる。ちゅっと音を立てて吸われ、それが彼女の頬を朱に染める。 「…やだぁ」 半泣きになりながら、アリアはルーヴェルの行為に身を任せるしかなかった。腰に手を回されているので、逃げられない。 彼の舌が爪の淵をなぞる。ぞくぞくと奇妙な感覚が彼女を包んだ。男はその反応を見逃さない。 「こんな所でも、感じるものなのか?」 大真面目にそう問われ、アリアの喉がこくんと鳴った。否定できない。 ルーヴェルはもう片方の手を取ると、細い指先を一本ずつ丹念に口に含んだ。ふくよかな羊乳の味と、 かすかな甘さが彼の味覚を刺激する。 「ルーヴ…離して…」 瞼をぎゅっと閉じて、漏れる声を押し殺そうと我慢するアリア。恥ずかしすぎて手を引き戻したいのだが、 手首をがっちり掴まれているので成し得ない。調子に乗ったルーヴェルはわざと音を立てて吸い続ける。 彼はくすりと口の端で笑った。 「んっ!…ば、ばかっ…」 敏感になった指先を甘噛みされ、とうとうアリアはふるっと体を振るわせた。上気した吐息がルーヴェルを興奮させる。 彼はそのままカーペットの上に彼女を押し倒した。涙ぐんだ瞳が彼を見上げている。瞼に軽くキスをすると、 ルーヴェルは彼女を一糸纏わぬ姿にしてしまった。自分も服を脱ぎ捨て、素肌をあわせる。 冬の外気で冷えた体に、アリアの体温が心地よい。ルーヴェルはふと思案した。 「アリア…」 「…なに?」 水色の眼が、瑠璃色の瞳を見下ろす。彼は彼女の耳に口を近づけ、そっと囁いた。 「あまり無理するな。こういう時はな」 「?」 「頭にリボンでもつけて、俺の部屋にきてくれればいい」 それってどういう意味、と言う前に唇が塞がれた。ルーヴェルの舌がアリアの口腔をまさぐる。ここも、甘い。 きっと余ったカエデ糖を舐めていたのだろう。伝わる味覚が、彼女を本当に食べて居るかのような錯覚に陥らせる。 膝を割り開き、確かめもしないで滾った欲望を花園の奥へと押しやった。まだ少し早かったのか、流石に アリアの口から苦痛の呻きが漏れる。すまん、と一言謝りながらも、ルーヴェルは彼女の体奥へ進み続けた。 挿入時の痛みすら快感に思う自分が、ときどき狂ってしまったのではないかと思ってしまう。 「うっ、う…く」 瑠璃色の瞳から溢れる涙を唇ですくう。しまったと思いながらも、止められる段階はとうに過ぎている。 「我慢できるか?」 彼の問いかけに、アリアはどうにか頷いた。だが、その喉がひくひくと震えている。苦しいのだろうか。 かふっ、と息が漏れる。唇を噛みしめて、苦痛が治まるのに耐えている。 ルーヴェルは柔らかな胸元に手を伸ばし、包み込むようにして愛撫した。固くしこり始める先端を、軽く弄ぶ。 「あ…あ…」 甘い呻き、それが彼の耳を淫らに突き抜ける。やがて手では飽きたらず、そこに口を付けて吸い立てた。 きゅっと噛んでやる。 「あっ!…やぁっ……」 ひときわ高い悲鳴が部屋を満たした。そして繋がっている部分が、湿った熱を帯びる。 「ここが、いいか」 くすりと笑ってそう言うと、ルーヴェルはもう片方の先端もきつく吸い上げる。アリアは答えるゆとりがない。 手持ちぶさたな片手が困ったようにカーペットの上を彷徨う。ベッドの上であればシーツを掴めるのだが。 華奢な指に、ルーヴェルは己の指を絡めた。やわやわと握りしめる。いつも彼を求めてくる愛おしいてのひらは、温かい。 軽く腰を引いて、押しつける。ぬるっとした感覚が彼の欲望を包んでいた。もう大丈夫。アリアの口からはもう、 熱を帯びた溜息だけが繰り返されている。 「ルー…ヴ……」 呼びかけに答えて、彼は躰を打ち付けた。潤ってはいるが、彼女の中はいつも狭い。与えられる強い快感が、 ルーヴェルの理性を一拍ごとに殺していく。 「あんっ!…あ、ああ…!ルーヴ、だめ…っ!」 分け入られる少しの苦痛と、大波のように押し寄せる悦楽、その狭間でアリアはいつも彼の名を呼ぶ。 ぎしぎしと躰全体がきしむ。ルーヴェルがいっぱいにアリアの中へと入ってくる。そこに容赦はない。 「はぐ…はあっ、アリア…くそ…」 オカシクナリソウダ、と、掠れた声でルーヴェルは呟いた。頬を染めてもがく娘を、彼は見下ろす。 この顔は、この声は、全て自分だけのもの。その現実が、ルーヴェルをますます急き立て、高みへと押し上げる。 瑠璃色の瞳が自分を映した。きて、とアリアの唇が動く。彼はその瞳に映る自分を見つめて、自分が彼女の中に 居ることを思い知るのだ。細い腕が彼の首に回されて、きゅうと抱いた。求められるままに腰を押し上げる。 「あ、あ…ルーヴ!」 やがてそう叫んで、彼女は昇りつめる。ルーヴェルももう、限界だった。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− 「これ、美味しい」 嬉しそうにもぐもぐと口を動かすアリア。誤解はとけて、ルーヴェルの部屋へ移動した彼女は、そのまま彼の 味見役に戻っていた。子供のようににこにこ笑いながら、器用な指先を眺めている。 「もう一個、欲しいな」 干したロランベリーを混ぜて固めたチョコを前に、アリアはあーんと口を開けた。本当はギルド仲間への お裾分けに作っていたのだが、彼女はいたくそれがお気に召してしまったらしい。 成形の際に形が崩れたものをつまむと、苦笑しながらルーヴェルはそれをアリアの口元へと運んだ。 「あ」 しかし、その指先がついっと滑る。掴み直そうとする手と、受け止めようとする唇。 はむっ 「……………………」 二人は無言で固まった。ルーヴェルの指先が、アリアの口の中に収まっている。体温でやがてチョコは溶け、 彼女はそれをこくんと飲み込まなければならなかった。きょとんとした顔のまま、アリアの喉が上下する。 その動きが、戻ったばかりのルーヴェルの理性をごっそりと削ってしまった。 「あ、お茶入れるね」 アリアは口元を拭いながら彼に背を向けた。背後から怪しい両腕が伸びるのに、気付かないまま。 干しロランベリー入りチョコ。それが、競売に並ぶことは永遠になかった……… *+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+*+* ルーヴェル:エル♂F4銀髪 アリア  :ヒュム♀F4黒髪 パウ・チャ:タル♂F6茶髪