「白魔道士たるもの」 「申し訳ありません……」 「白魔道士としての自覚が」 「ごめんなさい……」 「白魔道士であるならそこは、」 「今後気をつけます……」  私は、冒険者の白魔道士、フィルナ。  最近は毎日毎日毎日毎日が、こんな風。  彼が説教をし、私は反論もできずにただうなだれて、謝る。  彼、フェルトアーシュは厳格なるエルヴァーンの騎士。  騎士隊長の位を持つ彼はとある使命のため、サンドリア国王直々のご要請を受けて、私達冒険者の一行と共に旅をしている。  騎士団には優秀な白魔道士も多いことでしょう。私のように未熟な白魔道士の扱いが手に余るらしく、毎日のように私は彼から叱責を受けていた。 「またアーシュに怒られたの?」  長い説教が終わってモグハウスに戻ると、長い間ともに旅をしてきた親友の黒魔道士、タルタルのチロルが遊びに来ていて、小さな肩を竦めて苦笑いして私を出迎えた。 「アーシュが理想とする白魔道士ってどんな白魔道士なのかな」  カップに注いだサンドリア茶の湯気を見つめながら、私は溜息をこぼした。 「一生懸命やってるつもりなんだけどな…。回復や治療…、移動魔法だって習得した。錬金術の修行もして、薬剤の知識や技術も身につけたのに…」  もっとも錬金術の修行に手を染めたのは、「魔法のみに頼るは慢心だ」とアーシュに叱咤された結果なのだが。それを知るチロルは口端を悪戯気に上げた。  白魔道士の私、ナイトのアーシュ、黒魔道士のチロル。  他に仲間は赤魔道士のセラフ、シーフのチャップ、モンクのカンがいる。  アーシュは彼らには優しい(といっても当社比)。皆の強さを認め、敬意を表しているのがよくわかる。仲間として私は、それはとても誇らしい事だった。  けど…… 「ほら、白魔道士ってパーティの生命線じゃない?だから気を回してくれてるんだよ」  落胆する私に、チロルがフォローを入れてくれる。  そうかもしれない。だからこそ私みたいにドンくさい未熟な魔道士ではいけないのだと。でもこう毎日叱られてばかりだと正直、気が滅入った。  腹立たしさばかりが募る日々が何時の間にか、  …嫌われてるのかな……  そんな切なさに変わっていたと気がつかぬままに。 「エスケプだ!皆を連れて逃げろ!」  アーシュの怒鳴り声に、私は我に返った。MPをかなり消耗して神経が磨り減っていたようだ。一瞬、意識がどこかに飛んでいた。  目の前に広がる光景、そればかりでなく、四方八方どこを見渡しても見えるのは、オークの群れ。四面楚歌とはこの事かと、どこかぼんやりともう一人の冷静な自分が呟いた。  オークの本拠地へ襲撃を加えるべく、アライアンスで潜入した。狙うはオークの親玉。洞窟の奥深くに台座を構えるというオークの王に合間見える前に、私達は修道院が見える丘でおびただしい数のオークに囲まれた。  倒しても倒しても、湧いて出てくる上級オーク達。  矢弾は尽き、魔道士達のMPも、底を尽きかけていた。 「エスケプするよ!みんな集まって!」  地鳴りのような音とともに、チロルがエスケプの詠唱を始めた。  武器を振るいながら、戦士達がチロルの元へとかけよりはじめる。乗り遅れては、「死」を意味していた。 「時空の神よ、今我々をこの忌まわしき地より安住の地へと…」  エスケプの詠唱は長い。  それと気付いた魔道士オークが炎の詠唱を始めたのが、遠くに見えた。 「させるかっ!」 「グゥッ」  盾ごとオークに体当たりを食らわせたアーシュがその詠唱を止める。  一人離れたアーシュにオークが次々と襲いかかった。 「アーシュ!」  思わずチロルが顔を上げた。 「詠唱を止めるな!続けろ!」  彼は盾と剣で群がるオークを次々と叩き落とす。だがまるで滝のように上から左右から襲い来るそれらは完全に、アーシュの足を止めた。 「でもっ!!」  地鳴りは尚も続く。魔法の始動は止まってはいない。 「アーシュ!」  私も叫んでいた。  このままでは、彼は脱出に間に合わない    どうしたらいい どうしたら…  そればかりが頭を回り、体が、呪縛にかかったように動かなかった。  こんな時に……っ! 「バーローォ カッコつけてんじゃねぇよ!」  環からカンが飛び出した。アーシュに群がるのオークの背中に切りかかる。  まるでそれを合図にしたように、 「うははっ 言えてる」 「仕方ねぇな」  とチャップやセラフも飛び出した。そして「隊長の元へ!」と次々と他の戦士達も再び武器を手に飛び出した。仲にはサンドリアから派遣されてきた、アーシュの部下である騎士達もいるのだ。 「みんなぁ…っ」  チロルのエスケプが止まった。 「馬鹿者!」  再び飛び交う戦いの声と音。  その中でアーシュの声だけが鮮明に、私の耳に響いた。 「いいから逃げろ!全滅するぞ!」  全滅するぞ  全滅 「………全滅…」  私の口が、無意識のその言葉を繰り返した。  すでに消耗しきった戦士達。  尽きた魔力。  残されたのは、チロルのエスケプに必要な魔力だけ。    そして、私にできることが、一つだけ。 「チロル!」  私がチロルを呼ぶと、茫然とした様子で小さな彼女が振り向いた。  偉大なる黒魔道士の証である黒服が、今は砂埃とオークの血で汚れていた。砂地の上にへたりこむ彼女が、今は幼い迷い子のように見えた。 「フィルナぁ」 「チロル、魔力の泉を。皆をデジョンとエスケプで逃して!」 「え…」 「いい?何が起こっても、言う通りにしてね」 「フィ…」  何かを言いかけたチロルの言葉を遮って、私は早口にまくしたてた。 「絶対よ!信頼してるんだからね!!」 「フィルナまさか…っ!」  私を追いかけようと立ち上げるチロルの姿。  来てはいけない。  私はすぐに、  行動に移した。  皆から少し離れた場所、わずかに隆起した小丘に駆け上り、  天を仰いだ。  両手をわずかに広げ、  祈った。  これしかできない。 「アルタナの女神よ…」 「やめてよぉおっ!!」  小さなチロルの叫び。  混乱する戦場の中、弾けるようにアーシュが、カンが、チャップが、振り向いたのが刹那、見えた。  ――――祝福を  それから、  何が起こったのか…  空にアルタナの御姿が浮かび、世界が真白になった。  音も色も、すべてが世界から消えうせたようだった。    だがそれも一瞬のことで、再びおびただしい色と音の洪水が降り注ぐ。  直後、  耳元にオークの咆哮がしたかと思うと、背中に衝撃が走った。  頭、背中、腕、足に、引き千切れるような痛みが襲った。  薄れ行く意識と共に遠のいていく音の中に、  チロルが魔法を詠唱する声が聞こえた。    あれ、私生きてた。  次に目が覚めた時、まず視界に入ってきたのはチロルの顔だった。  涙でぐしゃぐしゃになった顔。    それを見た時、浮かんできたのはそんな言葉だった。  チロルに抱きつかれて、わんわん泣かれて、その後ろでカンやチャップやセラフが複雑な顔をして笑っていて…。  アーシュの姿はそこになかった。 「みんな…無事なの?」  恐る恐る、聞いてみる。 「あたりまえでしょ!」  チロルがティッシュを掴み取り、思いきり鼻をかんだ。 「ちゃんとフィルナの言う通りにしたんだもの…」 「アーシュはサンドリアに報告に行ってる」  と、セラフ。 「みんな無事……」  本当によかった。そう思うと、力が抜けた。  ガタガタと、入り口の方から音がした。 「あ、戻ったみてぇだな」  カンの語尾とほぼ同時に、 「……」  部屋の扉の向こうから、アーシュが姿を現した。  ベッドに上半身を起こして座った私と、視線がぶつかる。  みな、何故か黙り込んだ。沈黙が痛い。 「…………」  怒ってる怒ってる怒ってる。  これは相当怒ってる。  なかなか次の言葉を発してくれないアーシュから、私は耐えきれずに視線を逸らして逃げた。 「二人で話をさせてもらいたいのだが、いいかな」  説教が始まる前の、アーシュの決り文句だ。  整然とした様子でそう睨まれては、誰もアーシュに逆らえない。  セラフも、カーンも、チャップも、いつものように肩を竦めて部屋を出ていった。最後に残ったチロルが、私に目配せした。 (大丈夫よ)  の意味を込めて私が頷くと、チロルは渋々といった様子で部屋を後にした。 「街に、薬とか…買い出しにいってくるね…」  そう静かに言い残して。  みなの気配が完全に消え去った後、アーシュの第一声は、 「私が何を言いに来たか、分かるか」  だった。  ああ、これもいつもの言葉。  いつものアーシュだ。  良かった。無事で良かった。いつもの彼だ。  そう思うと、頬がジンと熱くなった。  嬉しいのと、でも同時に切なくもあり、腹立たしくもあり… 「お前は白魔道士としての自覚がない」  いつもの説教の言葉が聞こえてきた時、  私の中で何かが切れた。 「うるさいわね」  ぽつりと、私はそう呟いた。  自然と、漏れてきた言葉。 「・…え?」 「分かってるわよ。私が未熟だって事くらい。何度も言わなくなって、わかってる」 「…………」 「あの判断が最良の手段じゃなかったのかもしれない、って事も、分かってる」 「…………」  水の入った袋に小さな穴でも空いたみたいに、喉の奥から言葉が溢れた。  アーシュは黙って、聞いていた。 「でも私にはもう、あれしかできる事がなかった。魔力も残ってなかったし…」  感情が、爆発した。 「だってしょうがないじゃない!みんなを助けたかった!みんな…チロルも、カンも、チャップも、セラフも……」 「………」 「アーシュに死んで欲しくなかったから…っ!」 「それで私達が喜ぶと思っていたのか」  高ぶる私の声と裏腹に、彼の声音は低く、静かだった。  内臓が煮えるような腹立たしさが、こみ上げる。 「人の事言えるの!?」  知らぬうちに私は、ベッドの傍らに立つアーシュの袖を掴んでいた。 「自分をおいてエスケプで脱出しろだなんて…みなどんな気持ちだったか!」 「私はパーティの盾だ。それが使命だ」 「じゃあ白魔道士って何よ!!」  いっそう強く、私はアーシュの袖を掴んで引く。 「……………」  彼はされるがままに、ベッドの傍らに腰掛けた。 「騎士団で教えられた事がある」  そして静かに、言葉を続けた。 「騎士はPTの盾」 「………」 「黒魔道士はPTの知力」  チロルの顔が、浮かんだ。私は素直にアーシュの言葉を聞いた。彼の言葉には、静かな力が秘められている。聞いていると、落ちついた。 「赤魔道士はPTの技。シーフはPTの財。モンクはPTの力」 「戦士はPTの武器。詩人はPTの喜び。暗黒騎士はPTの闘志。狩人はPTの翼。そして白魔道士は……、」  アーシュの視が私を捕らえた。  間近にある精悍な面持ちが、真直ぐこちらを見据えている。  今度は目が、離せなかった…。 「白魔道士はPTの希望だ…と」 「………」 「失ってはならない。決して。私は……」 「アーシュ…」 「お前と共に旅に出た時から、騎士として…決してお前を失うまいと心に誓ったのだ」 「……」  騎士として。  純粋な、サンドリアの誇り高きエルヴァーンの騎士である彼。  その言葉がどれだけ純粋なものか。無垢なものか。  私は理解していた。 「私は……私は、」  真直ぐなアーシュの視線に、負けじと私も見つめ返す。  無機質で、何も匂いがしないと思っていた彼からは、微かな、ハッカのような薬品の匂いがした。 「私はまだまだ未熟だから…白魔道士だから、白魔道士としてなんて…言えない。けど…」  ああ、そうか…  私、 「私はアーシュを守りたい。」  アーシュが好き。 「アーシュが好き………」  好きなんだ。 「好き……」  言ってしまった。  ベッドのシーツのように、頭の中が真白になった。  まっすぐ前を見ているはずなのに、アーシュの顔が見えない。  涙がボロボロに溢れている事にようやく気がついた。 「フィルナ……」  今日初めて、アーシュが私の名を呼んでくれた。  頬を、彼の大きな掌が包み込む。指先で、涙を拭ってくれた。  ようやく、間近にあるアーシュの顔が見えた。だけどそれもすぐにボヤけて…、私は自然と目を閉じた。  唇に温かい感触。  一度目は軽く。二度目も軽く、だけど少しだけ長く。  唇が離れて、私の気持ちを確かめるかのように少し間が空いた。 「………」  私は頬に添えられたアーシュの手に自分の手を重ね、  その私の「応え」を受けて、  三度目の感触が、唇に降った。ついばむように、アーシュの唇が動いた。  くすぐったくて、私は離れた唇から軽い溜息を吐いた。  間を置かず、アーシュの唇が首筋に触れた。掌は、頬から肩に移動して、背中に回って、抱きしめられた。小柄な私は、背の高いアーシュの胸元に包み込まれる形で収まる。手探りで、私もアーシュの背中に手を回した。    ズキッ 「いた…っ」 「あ…」  肩の関節が、微かに軋んだ。思わず声を上げてしまうと、アーシュは体を離した。 「済まない…」 「あ、ち、違うの…」  咄嗟にそんな事を言って…私はベッドから離れようとするアーシュを引き寄せた。 「大丈夫だから……」  何が大丈夫なのだろう。  自分でも言ってる事が分からない。  ただ分かるのは…… 「離れないで…」  アーシュが欲しいと思う、この気持ちだけ……。 「………」  改めて彼と向かい合う。  何だか可笑しかった。  お互いに、何かを確認しあって…、  どちらからともなく再び、手を伸ばしあった。 「……−シュ…」  アーシュの手が、腰に触れた。  くすぐったかったけど、拒まなかった。  やがて、もう片方の手が私の背中にまわり、そのままゆっくりと、体が傾いて、私はベッドに沈んだ。  これは、つまり…  そういう事…なのかな……?  ぼんやりとそんな事を思い浮かべながら、でも頭は幻に包まれているみたいにあやふやで、肌に触れる全てが気持ち良くて…。 「ん……」  布ごしに胸に触れた感触。自然と声が漏れた。  少し戸惑い気味に触れたその手が、少しずつ意思をもって動き出す。 「ぁ……ん」  胸の神経がすべてアーシュが触れる部分に集中しているみたいだ。  一方で、自分で体を洗う時なんて別に何も感じないのにな…なんて馬鹿な事も思い浮かんだり……。 「っは……ぁ」  息が上がる。  熱が上がる。  少しずつ高ぶっていく私の気持ちにちょうど反比例するように、  アーシュの指先が、胸、腹を伝い、下へと移動していった。  その流れがとても自然で、気持ちが良い。 「っ…」  その指先が下着を潜った時、無意識に私は息を止めた。  肩に力が入り、強張る。  アーシュの手が止まった。 「ぁ……シュ……」  何て言ったらわからなくて、ただ私はその名を呼んだ。  声にならなかったけど…。 「怖がらないでくれ…」  耳元に囁かれた。  額に、瞼に、1回ずつキスをして、  アーシュの手は再び私の敏感な個所を探り始めた。 「ん……っ……」  くちっ……  ちゅっ…  次第に湿った音が、下の方から聞こえてくるようになる。  彼の指が、少しずつ、本当に少しずつ、中に侵入しようと動きを変える。 「ぃゃ………」  いやいやと首を振って無意識にアーシュの胸を押し戻すように手を伸ばした。  力が入らず、それどころかアーシュの指の動きにますます力が抜けた。  自分の中が、熱と湿度を益々高めているのが分かる。  そこに直に触れているアーシュの指も、それを感じ取っているのだろうか。 「フィルナ…」  また彼が私の名を呼び、  その手が少しずつ、最後の下着を取り除きにかかった。  シーツの布に擦れる音が、サラサラと聞こえる。  熱くなった下半身が、外気に晒される。少し冷たい。  温かい彼の手が私の膝にやさしく触れて、  私の様子を伺いながら、 「…ぁ…」  少しずつ、開いていった。  開かれた足の間に、自分の体を侵入させて、私に覆い被さる。  重さを覚悟したけれど、それは感じなかった。  かわりに、  ちゅっ…  と再び額にキスが振った。  それが、最後の確認……。    私は、目を閉じた。 「……ん…………」  固い何かが触れた。  熱くて、 「んぁ…っ……」  それは重たい衝撃となって、私の中へ、  侵入した。  一際大きな、濡れた音が響いた。 「あぁっ…は……ぁーしゅ…」  遠慮がちに侵入したそれは、だけど突然動きを持ち始めた。  私の中、深く、深くを目指して、注挿を繰り返しながら進んでいく。 「はっ……あふ…ぅ…ん」 「フィル…ナ…」  喘ぐ私の息に重なるように、アーシュの吐息が聞こえる。  私の上で緩やかな動きを繰り返しながら、その手で頬を、首筋を、胸元を、撫でていく。全身全ての神経が、その動きに反応して悲鳴をあげているようだ。  ずちゅっ  ぐちゅ…  ズズ…    恥ずかしいほどに湿った音が、不規則に、繰り返し繰り返し、耳に届く。  死んでしまいそう。どこかに消えてしまいたいくらいに、恥ずかしくてたまらない。  だけど、少しずつ速さを増していくアーシュの動きは、私の意識を捕らえて離さない。 「離れないで」  そう言った私の願いをきいてくれているみたいだ。 「あ……ぁは……ぁん…」  繰り返す律動が波となって押し寄せる。  それが快楽なのだと、気付く。  アーシュを受け入れているあそこは、火でも付けられたかの様に熱く、脈をうっている。彼の汗の匂いと吐息が、いっそうの快楽を私に与えた。 「ぁあっ…はっ…んぁっ…あっ・・」  私の中で、彼は何かを突き刺さすような動きに変わっていた。  これ以上奥が無いほどに、彼は貪欲に私の中を強く刺す。  痛さと、快楽と、他様々な感覚が一気に襲いかかってきて、訳がわからない。  ただ直感的に、  来る……っ  そう感じた直後、  私の中は熱い何かで満たされた。    数年後。  全てが終わり、平和が訪れたヴァナ・ディール。  そんな今でも私は、毎日彼の説教を聞いている日々を過ごしている。  おわり 厳格だろうとなんだろうと、やはりエロヴァ〜ンっつーことでした