鼻についていた硫黄の匂いも、いつか感じなくなっていた。 まばたきするのもおっくうな目は、あり得ない角度でねじくれた腕が、剣を握りしめ たまま落ちているを映している。 あたしを殺したゴブリンが満足そうに見下ろしている。 暖かい水が沸き出す水たまりに、あたしの血が広がっていって、赤く染まった。 もう、痛みは感じない。 薄れていく意識の中、冒険者としての契約の、最後の機会が訪れる。 あたしはアルタナに祈った。契約の履行を。完全なる死を向かえる前に今一度、我が 生命を救い給え。代償に、魂に刻まれた時の一部を、御身にお返しします。 しかし祈りは遮られた。 水を蹴立てて走る足。ゴブリンの悲鳴。膝を着き、あたしに触れている誰か。もう、 かすれて見えないけれど。 「待て! まだ帰るな! 今蘇生してやるから!」 強烈な光があたしの意識を鷲掴みにする。壊れた肉体に強引につなぎ止められた意識 は、死の苦痛を逆回しに追体験する。吐き気がするほどの痛みに、あたしは声の無い 絶叫を放った。 見えない手に持ち上げられた身体が、ゆっくりと地に降ろされる。 全身を覆う激痛に身をよじる。脱力感に膝をつく。 すぐに唱えられた高位の回復魔法が、全身の傷をまたたく間に癒していく。 「あぁ…」 引いて行く痛みに、声が漏れる。 「大丈夫か? こっちへ」 くたりとその場へ蹲ろうとするあたしの腕を取ったのは、ヒュームの青年だった。 あたしより確実に頭一つ分は小柄なそのヒュームは、紫がかった青いローブを纏って いた。 慌てて立ち上がると、彼が、ち、と舌打ちするのが聞こえた。そのまま腕を取られて 入り組んだ岩の影に駆け込む。 「まだ、駆け出しだな。エルヴァーンのくせに、バストゥークに所属してるのか?」 こくこくと頷くあたしに、彼が苦笑するように息を吐いた。 「あの、ありがとうございました。レイズ……」 「まったくだ。無茶をする。どうせ迷ったんだろう? 地図も持たずに涸れ谷に入り 込むのは自殺行為だぞ」 ぶっきらぼうなその口調に少し怯んだ。が、あんまり図星なので言い訳もできない。 「そんな顔するなよ。俺も覚えがあるんだ。しっかり勉強しただろうしな」 彼は苦く笑って、衰弱し蹲るあたしの隣に腰を降ろした。 「エルヴァーンか」 「やっぱりバスでは珍しいですか?」 「珍しいな。高慢なエルがバスに所属するなんてな」 「高慢、ですか?」 「ああ、サンドリアに行ってみろ。ヤツらの選民意識と多種族への蔑視にはヘドがで るぞ。誇りの裏返しってヤツなんだろうが」 「……。」 あたしは同族の国であるサンドリア王国を見た事がない。 高地の谷間にひっそりと存在する村は、かつて獣人に滅ぼされた国から落ちのびた人 々の隠れ里だ。同族しかいないその小さな集落で、あたしは育った。 「あんたは違うな」 「サンドリアには、行った事ないんです」 「そうか」 手が伸ばされた。髪を撫で、耳に触れる。 その気配に顔をあげれば、彼の顔が間近に迫っていた。 「な…」 唇が、重ねられた。 「何するんですか!」 無意識に、彼の頬を叩いていた。が、腕に力が入らない。ぺち、と小さな音を立てた だけだった。 「生き返ったばかりだ。無理するな」 腕を掴まれ、引き寄せられる。ぐい、と肩に回された腕の力は思いの他、強かった。 ぞくりと背筋に悪寒が走る。 「い、嫌だ。離して」 抵抗しようにも衰弱した身体が言う事を聞かない。辛うじて鞘走った剣も、いともあっ さり奪われた。 「高慢ちきだが、奇麗なもんだよな、エルの顔ってのは。だからこそ、泣かせたくな る。屈辱にまみれて歪むのを見たくなるんだ」 あたしの抵抗などまったく意に介さず。彼はあたしの身体を押す。後ろにひっくり返っ た所にのしかかり、じっと顔を覗き込む。その熱を持った瞳に、あたしは戦慄と、恐 怖を覚えた。 「ま、これも一種の勉強だ。あきらめな」 凍り付いているあたしに、彼は口の端を上げて、ニヤリと笑った。 男の手はするすると動いて、ハーネスのベルトを外していった。 素肌の上を男の手が滑る。乳房を掌で包まれて、嫌悪感が走る。 後にも先にも、男に素肌を触れられたのは始めてだった。エルヴァーンは父親でも兄 弟でも、うかつに異性の身体に触れたりはしない。 「嫌だ触るな、離して、やめて」 ひたすらに否定の言葉を紡いでも、むなしく通り過ぎて行く。 乳首を口に含まれた時、ぞくん、と身体が仰け反った。嫌悪感とは違う感覚が、走り 抜ける。 「いやぁっ!!」 無遠慮に触れて来る手が、両方の乳房をこねまわしていた。恥ずかしさに、声が震え る。 悲鳴を上げた口に、唇がかぶさってくる。生暖かい舌が侵入し、どろりと粘液質の唾 液が流し込まれる。あたしは必死になってそれを吐き出した。それは顎を伝い喉を通っ て胸元を濡らす。 あまりの怒りにくらくらと頭が痛む。視界が揺れる。 渾身の力を込めて、それを噛む。ぶつっと歯ごたえを感じて、鉄の錆びた臭いが口腔 を満たす。 「くっ」 どん、と胸を突かれた。慌てて顔を離した男の口からは鮮血が溢れている。いい気味 だ。反撃出来た事への歓びにあたしは微笑んだ。 「この、女……」 男の顔が、怒りに歪んだ。負けじと睨み返す。その顔が歪んだまま、笑みに変わった。 肩を捕まれ岩の地面に押し倒される。溜まった水が、ぱしゃんと髪を濡らした。 男の手がサブリガをひっぺがす。露にされた下半身に、あたしは息を止める。 (犯される……) 脚をすり合わせ必死に閉じる膝を易々と割り開いて、男が身体をねじこんでくる。の しかかる男の口から血が滴って顔にかかった。 目に入った血がしみる。だけど、目を閉じるのが怖い。 指が、誰にも触られた事のない柔らかい所に、こじ入れられる。 「いやぁ……やめて、お願い」 怯えを含んだ自分の声に驚いた。あたしは戦士なのに。剣を振るって敵を斬り倒す戦 士なのに。これじゃまるでただの小娘だ。 悔しさに、涙が零れる。理不尽な暴力にただ屈するしかない自分に、怒りが沸く。 不意に、男が目を見開いた。驚きとも呆れともつかない顔で、あたしを見下ろしてい る。 「お前、まさか。経験ないのか?」 あまりの辱めに、唇を噛みしめ、顔を逸らせる。 「そうか、そりゃ悪かったな。今さらだがー……なるべく優しくしてやるよ」 「何が優しくよ。ふざけないで。今すぐ手を離しなさい!」 「……やっぱりエルヴァーンだな。処女でも、裸に剥かれて組み敷かれても、そんだ けのことは吐くのか」 男は指をぺろりと舐めた。血のまじった唾液に滑らせた指を、そこへ伸ばす。 「い、いやっ」 くちゅ、と音がした。異様な感覚だった。 「あ、あぅっ……」 指がぬるぬると這い回る毎に、そこが熱を帯びて来る。 「い、いやぁ、あ、あ、さ…るなっ……」 指先がある一点に集中する。乱暴なくせに細かい動きで、指がそこを嬲る。意志に反 して、がくん、と腰が揺れた。 強烈な感覚が背筋を走り抜ける。あたしは身体を仰け反らせ、力の入らない指で男の 腕を掴んだ。 「んあぅ! あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!」 「ああ、ちっと刺激が強ぇかな」 ふっと指が逸らされる。再び襞の内側へ移動し、かき回す。入口を探り、指が、侵入 する。 「やああっ……ひっ…ひあっ…ひああ!」 指が、ずるずると出し入れされる。粘膜を擦るその刺激に、びくびくと身体がのたう つ。 「気持ちいいのか? 濡れて来てるな。見てみろよ」 男は指を引き、あたしの鼻づらに突き付けた。それは透明な粘液に滑り、てらてらと 光っていた。 屈辱に対する怒りと認めたくない快感。目眩がするほどの感情の中で、身体が意志に 反して翻弄される。力の入らない腕がもどかしく。 気がつけば、しっかりと抱き締められていて。 肩が、回された腕と顎でがっちりと押さえられ、膝を抱えられて。 「なるべく、力抜いてろよ」 耳許に囁かれてはじめて、あてがわれた熱い感触に気づいた。 「嫌! やめてお願い許して!」 男は容赦なく、腰を突き出した。貫かれる痛みが、頭を白くさせる。なのに、粘膜を 押し開いて入ってくる感覚は妙にリアルで。 ぶつん、と何かが切れた。チリチリとしたむず痒い痛みがさらに加わる。 「いやあああ"あ"あぁぁ! い、痛い……いた……い」 (奪われた。こんな、名前も知らない男に……こんな場所で……) 「あぁ……ぁ……あ……あぁ……」 男の動きが激しくなる。何もできない。ただ痛みに耐え、されるがままに犯されて、 少しづつ高められていく感覚に、淫らに喘いで。 悔しいのか痛いからなのか、溢れる涙を拭く事すら出来ずに、あたしは悲鳴を上げ続 けていた。 やがて回復した身体を回復魔法で癒し、迷路のような枯れ谷を抜けて、男はあたしを バストゥークまで送り届けた。壊した防具を買いそろえ、新しい武器まで買い与えて、 男は去っていった。 気紛れに襲った女が処女であったことに罪悪感でもあったのか、単なる気紛れか、理 由は知らない。 強くなりたい。飛空挺に乗ってみたい。他の国を見てみたい。そんな夢を見ていた脳 天気な生活は終わった。 誓った復讐が、あたしを強くするだろう。 その時を想って、あたしは薄く笑みを浮かべた。 Recelestine Elvaan♀:F6a job:Warrior South Hume♂ :F2b job:BlackMage -------------------------------------------------------------------- @しらかん http://blue.ribbon.to/~shirahagi/ffxi/ 過去作品アリマス。