春風  寒い季節が過ぎ、ようやく暖かな風が街を駆け抜ける。  ル・ルデの庭に花々が咲き、その花と、隣の彼女のいい香りが僕の鼻をつく。  すっかり春だね、と青くて高い空を見上げながら彼女は微笑む。そうだなぁ、と相槌を打って僕も笑う。  陽だまりの中は時間がとてもゆっくりで、ずいぶん長い時間こうしているような錯覚に見舞われる。  風が吹く。小さく後ろに結った彼女の栗色の髪の毛が揺れる。  ふいに、僕の肩に彼女の頭が寄りかかる。  「知ってる?人が一番安心する温度は、人の体温なんだって。」  手を回し、僕は彼女の髪を撫でる。ふふっ、と笑って彼女は僕に身を任せた。  じっと彼女の顔を見る。それに気がついて彼女は僕に向きかえった。  「何考えてた?」  微笑みながら彼女が問う。僕も微笑み、栗色の髪を自分の指に絡ませながら答えた。  「君のこと。」  彼女は両手で、僕の体を支えているほうの手を握った。  「わたしの、どんなこと?」 一瞬目を閉じて僕は言った。  「好きだよ。」  普段なら滅多に言わない台詞をさらりと言えてしまう春の昼下がり。  太陽が、暖かく僕らを照らす。遠くに見える青い海がその光を反射してきらきらと輝いている。  「もう一回いって?」  「好きだ。」  「もう一回。」  「大好き。」  彼女を見ると、色白な頬が少しピンクに染まっている。ちょっとだけ恥ずかしいような素振りをして  えへへ、と笑う。  いつもより、妙に可愛く見えるのは、季節のせいなのかな。・・・いや、違うと思う。  春らしい強い風が吹き、花びらを宙に舞わせ、僕と彼女とを撫でて抜けた。  暖かい季節は、始まったばかりだ。 @ナ梨