その夜ルティが眠れなかったのは夏のせいではなかった。それはルティ自身が一番よくわかっていた。 小さい頃から憧れていた冒険者になれると思うと胸がドキドキする。 ルティが知る世界、それはサンドリア国内と幼い頃父に1度だけ連れられて行ったジュノ、 そしてサンドリアを抜け出してはオークに追いかけられたロンフォールだけだ。 姉のクレアから送られてくる手紙を読むたびにルティの「冒険者」への憧れは強くなるばかりであった。 『お姉ちゃんの見ている世界はどんなに広いんだろう。私もいつか・・・』 その「いつか」がやっと来たのだ。これからどんな世界が自分を待ち受けているのかと考えると興奮して眠れない。 ルティはベッドから起き上がると部屋の明かりをつけてクローゼットから「あるもの」を取り出そうとしていた。 コンコンという音の後、扉が少しだけ開く。 「ルティ?まだ起きているの?」 わずかに開いた扉からクレアが顔を覗かせている。 「興奮しちゃって眠れないんだ」 困ったように笑いながらルティは言った。 「入るわよ?」 「どうぞ」 クレアはベッドに腰をかけてクローゼットの前に立つルティを見ていた。 「何を探してるの?」 「んー・・・、大事なもの。」 「大事なものって?」 「へっへっへっ、じゃじゃーん!」 ルティは白い帯を両手いっぱいに広げてクレアに見せた。 「あら?あなたいつ冒険者手続きしたの?それ支給されたものでしょう?」 「手続きはまだしてないよ。だってさっき冒険者になってもいいって知ったばっかりじゃん」 「そっか。じゃあそれどうしたの?」 よく見るとその白帯は新品のものではない。大分使い込まれているものだった。 「10年前にお姉ちゃんが家から出てった時にね、私はお姉ちゃんを捜しにロンフォールへ飛び出してね・・・」 「うん」 「・・・やっぱりナイショ!」 「あら残念。でもそれのせいでモンクになろうと思ったわけだ?」 「うん!」 一瞬の静寂の後ルティは口を開いた。 「お姉ちゃんはさ…」 「ん?」 「どうして10年前、何も言わずに飛び出していっちゃったの?」 「知りたい?」 「知りたい!」 「すごく単純なことなのよ、グレイスが突然私のところへ来てね、『今日冒険に出る。だから報告に来た』って言ったの。 当日よ?もうビックリしたわ。その時私はこう言ったの『私も一緒に行くわ』って。」 ルティは口をあんぐりあけて絶句した。そこまで単純な理由だとは思わなかったのだ。 「グレイスは言ったわ『絶対そう言うと思ったから当日に報告に来たのに、どうやら無駄みたいだな』って。 若かったわー、直感で動いていたわね。でもカケオチみたいで楽しかったわ」 「その時からグレイスとは恋人同士だったの?」 「いや、その時はただの幼なじみよ。でもその日を境に今の関係になったのかな。彼が冒険に出るって言ったとき 私は絶対一緒に行かなきゃって思ったの。・・・単純に好きだから一緒にいたくて、守りたくて。それで家を飛び出したの」 そう言うとクレアはクスクスと笑った。 「いいなー、なんか物語の主人公みたい!私もいつかそういう人ができるといいなあ」 「・・・きっとできるわよ。」 そういうと二人は目を合わせて小さく笑い合った。 その夜ルティの部屋には遅くまで明かりがついていた。  同じ頃・・・ ジェスも眠れずにいた。夏のせいではなく、隣で眠っているタクトの寝言のせいだった。 「・・・ちがうよ、ちがうってば。誤解だって・・・金はないってば・・・」 『よりによってコイツと同じ部屋かよ・・・一体何の夢を見てるんだ』 「あーーあーーー!俺の落人を競売に出すな!出さないで!出さないでくださいぃぃ!」 「うるせーーー!!!眠れねーだろ!!!!」 ジェスは枕をタクトの方へ投げつけた・・・が、タクトの寝言は止まらない。 「お前も充分うるさいぞ、隣のリーナとポルルが起きるじゃないか」 声の方へ目をやるとグレイスが扉開けて立っていた。 「・・・ノックぐらいしろよ」 「したんだけどな。ちょっと話しがあるんだが、いいか?」 「どうせ眠れなかったところだし、構わないけど」 ジェスは起きあがってベッドの上にあぐらをかいた。 グレイスはベッドの横にあった小さな椅子に腰をかけてジェスをじっと見つめた。 「・・・で?話しってなに?」 「ジェス、お前戦士になってもう大分経つよな」 「そうだな」 「あのな、お前ナイトになれ」 「・・・は?何を突然」 「お前この前騎士登用試験受けたいって言ってたじゃないか」 「言ったけど、なんで・・・あ」 ジェスはグレイスの言う意味がなんとなくわかった。 「まさかアンタ・・・俺をルティのお守り役にしようとしてないか?」 珍しく歯を見せてニカっと笑った。 「それならグレイスが適任だろ」 「今ジュノのお偉いさん方から仕事をいくつも受けていてな。お前らとは一緒にいられないんだよ。 それにお守りなんて言い方するなよ。ルティの騎士に任命してやろうと言っているんだ。」 「あいつモンクになるって言ってたじゃねーか、魔道士ならともかくモンクに騎士ってのは必要ないだろ」 「そういう問題じゃないんだ。俺はルティがこんなチビだった頃から知ってるんだぞ」 そういうとグレイスは手を自分の膝下くらいにまで下げてみせた。 「・・・心配なわけだ」 「心配というか、なんだ、アレだ…えーと、若い女の一人旅じゃ危ないからな」 それって心配してるんじゃないか、とジェスは心の中で突っ込みを入れた。 「そういうことならタクトに頼めよ。モンクで茶帯だし、こいつの方がルティの役に立つだろ」 「・・・・お前はこいつに大事な義妹の面倒を頼めというのか?」 そう言われてグレイスの冷たい視線の先で寝ているタクトを見ると・・・ 「あああ落人売れちゃう!叫んで買わないように頼まないと!」 その瞬間グレイスはジェスのベッドを飛び越えて、もの凄い速さでタクトの口に残り物のプレーツェルを突っ込んだ。 タクトは眠りながらモシャモシャ食べはじめた。 「あっぶねぇー・・・叫ばれたらサンドリア中から苦情が来るところだった」 「確かにこんなヤツじゃ頼みたくはないな」 「そうなんだ、ってそれじゃタクトに失礼すぎるぞ」 こらえるように笑っているグレイスを見てジェスは大きく溜息をついた。 「いいよ、明日騎士登用試験受けてくるよ。グレイスには色々と世話になったしな」 「さすがは俺が見込んだ男。明日はルティもクレアも支度で忙しいだろうから俺が一緒に行ってサポートするよ」 「一人で平気だよ」 「水くさいこと言うなよ。しばらく一緒に組むこともないんだし、いいだろ。早く寝とけよ?7時には出るからな」 そういうとグレイスは背を向けて手をヒラヒラさせて部屋を出て行った。 次の日、ジェスとグレイスは騎士登用試験に向かい、ルティとクレアは冒険者になるための支度や手続きをした。 「うちらはどうしよっか?」 「ジェスはルティと一緒に冒険するんだってー。グレイスもミッションがあるからしばらく組めないってー」 クレアの家のリビングでお菓子をモリモリ食べながらリーナとポルルは話し合っていた。 「みなさん、しばらくサンドリアに滞在してはいかが?モグハウスをレンタルしなくてもうちに泊まればいいし」 クレアの母が暖かいサンドリアティーを入れながら言った。 「そうすればママさんのおいしいお料理食べられるしねぇ〜♪」 ポルルは嬉しそうに言った。 「そういえばタクトはまだ起きてこないね?」 お菓子をほおばりながらリーナはキョロキョロした。 「どーせまだ寝てるんでしょー♪あ〜〜おいちぃー!」 「ああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」 「んにゃっ!?」 「何!?今の叫び声は!?」 クレアの母はビックリしてお茶をこぼしてしまった。 そして2階からドタドタと階段駆け下りる音がだんだんこちらに近づいてきた。 扉がバァンと開くと下着姿のタクトが落人の篭手を両手に抱えて半泣きでこっちを見ていた。 「夢でよかったああああ!!!!!!ああああああ!!!!」 「・・・今度は何の夢みたの?コイツがいるから一般家庭での滞在は無理っぽいねぇー」 ポルルはお茶をすすりながら呆れた表情で言った。 「私1度ウィンダスへ帰りたいな。ルティを見て初心に戻ってみようかなって思って。久々に友達にも会いたいし」 「それもいいね、私も久しぶりにウィンダスでゆっくりしたいし。じゃあ私とリーナはウィンダス行き決定〜♪」 「タクトはどうするの?」 「私の白魔道士とリーナの黒魔道士二人旅なんて危険すぎだもん、護衛してもらうよ?いいねタクト!」 「んぁ?別にいいけふぉ」 見るとお菓子をガツガツ食べている。 「よし、決まりっ♪」 「それじゃあ明日みんなにお土産のお菓子をつくりましょうね、何かリクエストあるかしら?」 そうクレアの母が言うと 「アップルパイ!!!!」 3人の声が重なった。  旅立ちの朝 「ルティ、その服どう?大きくない?」 「うん、平気」 「私のお下がりだから少し大きいかと思ったけど伸縮性高いからチビのルティでも大丈夫そうね」 「チビじゃない!タクトと同じくらいだもん!次に会うときにはお姉ちゃんを追い越してるんだから!」 「ハイハイ」 クレアはルティの頭をポンポンと軽く叩いてクスクスと笑った。 「それじゃあジェス、頼んだわよ」 「あぁ」 ルティを見ると両親と話しをしている。この時はさすがの将軍も親の顔に戻っている。 心配そうな顔をしているのは将軍の方で、母親の方は以外とアッサリとしている。 「おい、ジェス」 呼ばれて振り返るとグレイスが立っていた。 「これを使え」 差し出してきたのは1本の片手剣だった。 「片手剣ならたくさん持ってるけど…一応貰っておくか」 「素直に喜べよ。先輩騎士が長いこと愛用してた剣をくれたんだぞ?」 「なんでそんな大事な剣をくれるんだよ?」 「さあな、なんでだろうな」 グレイスはどこか遠くを見て言った。 「あ、そうだ。ジェス、これだけは言っておくぞ」 「ん?」 「手を出すなよ」 「・・・へ?」 「ルティを好きになるのは自由だが手は出すなよ。」 「誰があんなガキに!」 ジェスは顔を赤くして怒鳴った 「ならいいんだがな」 軽く笑いながらグレイスはジェスの背中をバンと叩いた。 「さあ、いけ」 「ジェスー!早く行こう行こう!」 ルティがリーナと手をつないで手を大きく振っている。セルビナまではタクト、リーナ、ポルルも一緒だ。 そこからタクト達はウィンダス、ジェス達はバストゥークへ向かう。 ルティの希望でバストゥークを拠点にして冒険をするので、ジェスは戦士でバストゥークまで行く。 「行ってきます」 ジェスはクレアとグレイスに敬礼をした。 「遊びに行くんじゃないんだからな」 ジェスは横ではしゃいでいるルティに念を押す。 「わぁーかってるって!」 本当にわかってるのか・・・ 「ルティ」 「なーに?」 「自分を見失わないで、・・・あなたに女神・アルタナのご加護がありますように」 クレアは少し寂しそうな表情で小さく呟くように言うとルティのおでこに軽くキスをした。 「・・・?それじゃあいってきまーす!」 クレアとグレイス、そして両親に見送られジェスとルティたちはサンドリアの門を出た。 夏の眩しい太陽は冒険のはじまりを祝福しているように見えた。 ========================================================= ジェス…エル♂F7A クレア…エル♀F6A グレイス…エル♂F1B ルティ…エル♀F5A ポルル…タル♀F8A リーナ…ミスラF7A タクト…ヒュム♂F2A ========================================================= 「やっと冒険はじまったのかよ!」という突っ込みがありそうでビクビクでございます。 楽しんでいただければこれ幸いでございマス。(´・ω・`)ノ