サクラサクキミノココロニ それは余りにも突然の話。 「ハナ…俺ね、冒険者辞めることになったんだ」 「親父が倒れて…いや、大丈夫だったんだよ。でもね」 「…お袋と妹一人じゃやっぱ…うん、あいつも、一緒に来てくれるって。へへ」 「…そんな顔すんなよ〜二度と会えない訳じゃないさ…」 ポルカ=モルカはウィンダスに来て初めて出来たタルタルの友達だった。 あたしみたいにヒュームに育てられたタルタルって流石に戦争の後でも殆どいなくて、引っ越してくる時不安だったけど。 学校で隣に座ったポルカはそういうのまったく気にしない人で、お陰で皆の輪にもすんなり入れた。 卒業してお互い冒険者になって…別にべったり何時もいっしょってわけじゃなかったけど仲良いのは変わらなくて。 会ったらお喋りしたり、同じ黒魔道師同士悩みを話し合ったりした。 そうね、二度と会えないわけじゃないけど。 彼の実家はとっても遠いところにあって、気軽になかなか遊びに行ける距離じゃない。 まあ、可愛いお嫁さん連れて帰るんだし笑顔で送ってあげないと、ね。 あたしは、ポルカと共通の友達を集めてお別れ会をする事にした。 彼が好きだった場所にいって、写真とってご飯食べて騒ぐだけなんだけどさ。 「いつでも帰ってこーい」とか「奥さんとしあわせになー」とか叫んだり馬鹿やって楽しかった。 「ここ」 ポルカが最後に案内してくれたのはブブリムの端っこで そこにはひっそりと桜が咲いていた。 ジュノにあるような派手なやつじゃなくって、多分本当に原種みたいなの。 「みんなには教えてあげよう、ここ、超穴場。俺ここでカミさん口説いたの」 鼻の下のびてるよ、ポルカ。 みんな笑って小突いたものだからポルカのボサボサ頭は一層ボサボサになってた。 あっという間に夜になって、それでもみんな騒いで朝になって。 さすがに解散って事になった。 デジョンで皆を送って、最後にあたしとポルカが岬に残った。 「頑張れよ」 「うん」 「…俺の分まで強くなってくれ」 「ポルカの分はいつかポルカが強くなればいいじゃん。」 あたしは自分の分しっかり強くなるよ。 そういったらポルカは「ハナらしいや」って頭掻いて笑った。 「じゃあな。手紙書くよ。」 「うん…元気でね。奥さんによろしくね」 唱えられるのは聞きなれたデジョンの呪文。 時空の渦がポルカの身体を包み込んで、飲みこんで、連れて行く。 キラキラって光の粒が名残惜しげに残って。 『結婚式呼べよ〜』 捨て台詞みたいなのが最後に残されてた。 苦笑いしてあたしは手を伸ばして光を掴もうとしたけれど 握りこんだと思ったのに開くと当然何もない。 誰もいない岬を振り返らないように歩く。 デジョンで飛びたくなかった。さっきみんなで走った道を辿って帰りたい。 安っぽいセンチメンタリズムだろうけど、無性にそうしたかった。 マウラの門をくぐってトボトボと歩く。 「遅せーよ、待ちくたびれた」 溜め息をついたあたしに 不機嫌そうな声が投げかけられる。 聞きなれてるけど、聞こえるはずのない声だったから本当に飛びあがった。 「…エ、エド!?」 「おう」 カザムパインの袋を抱えたエルヴァーンがむっすりした顔のまま片手を上げる。 彼…エドヴァルドはさっきデジョンでHPへ飛んだ筈なのに。 「HPマウラだった。」 それだけいうと、答えを待たずにあたしの手を掴んで歩き出す。 さっきまでジュノにいたのにマウラなわけない。考えられるとしたら着いた時に変えた位… 「ハナは歩いて帰るつもりなんだろ。方向音痴のくせに」 「ぐ…方向音痴は余計です…」 あたしの反論には耳を貸さず、エドはどんどん歩く。 船のチケットを二人分買って船倉に座り込んだ彼は、あたしの身体を後ろから抱え込んだ。 エドは体温が高いからとても暖かい。 あたしは力を抜いた。 「…寂しい?」 「そりゃね…」 「こういうもんだ。…俺達冒険者の関係ってのは」 「…判ってるよ…判ってるけど」 まずい、感情的になりすぎた。 涙がじわりと瞳の奥から湧き上がってくる。 少ないとはいえ他のお客さんもいるし、泣いてるのが恥ずかしくって袖口で涙を拭う。 「ハナ」 …見ないでったら… 「俺は一緒だ」 あたしの顔を無理やり上向かせてエドは怖い顔をした。 もともとカッコイイけどキツイ顔だからむっちゃ怖いんですけど。 でも。 胸の奥がきゅうっと痛くなって、鼻がつんとなって、 あたしの目から熱いものが溢れ出てどうにも止まらなかった。 「泣け泣け」 それだけ言ってエドはあたしの赤い髪を撫でた。 額に唇の感触を受ける。 年甲斐もなく人前で泣きじゃくってすっごい恥ずかしかったけど。 まあタルタルでよかったというか小さい子に見えるかもね… あ、小さい子はこんなキスしませんか。そうですか。 カーテンを少し開けると、漁火が窓の向こうに見えた。 光曜日の月明かりはとても明るくて 眠る彼の銀髪がプラチナの糸みたいにキラキラしてる。 やだ、エドってば前髪に桜の花びらくっつけてる。…気付かなかった。 そっと指先で摘む。 小さなピンクの花びらを、大事に枕元に置いた。 あたしの身体にもおんなじように花びらみたいな赤い痣が点々と散っている。 この人と結ばれたとしても、いずれお別れの日がくる。命のある生き物だから。 そんな馬鹿みたいな考えで胸が苦しくなるのは とても感傷的になっているからだと思う。 布団にもぐりこむと、エドはちょっと目を開けた。 あたしを強く抱き締めて「だいじょうぶ」と。 掠れた声でそれだけ呟いてまた瞳を閉じる。 なにが大丈夫なんだろう。良く判らないけど。 ああ、何か幸せだわ、って思ってたらあたしも何時の間にか眠っちゃったみたい。 ジュノに戻ったら桜、なくなっちゃって、ちょっと残念だったけど。 あたしは手帳に花びらを大事にはさみこんで、ポケットにいれた。 さあ、また新しい一日がはじまる。 おわり 友人に捧ぐ。 君の戻る場所はいつでもとってある。ぞ、と。