和やかな談笑で満ちていた店内が、一気に凍り付いた。 「シムルグ、か」 タルタルの表情が一変した。 「どこぞの阿呆が、街まで引っ張ったな。行くぞルーヴ、橋の前で止めないと」 下層の大通りは、行く者と返す者が混じり合い混乱を極めていた。パウ・チャはリンクパールを使って仲間を 召集し、矢継ぎ早に指示を出す。矢筒を背負い、腰の短剣を確かめたルーヴェルの視点が止まった。 どこかで見た、丈の高い帽子が人混みに飲まれて門の方へと進んでいく。 「ルーヴ、今の内に矢の補充を…って、おいっ!?」 小柄なパウ・チャには、残念ながらルーヴェルが駆け出した理由を悟ることが出来なかった。 「馬鹿、戻れ!さっき狩りから戻ったばっかりじゃなかったのか!!」 そして、その叫びは青年の耳には届かなかったのである。 ロランベリーとジュノをつなぐ橋の前では凄惨な光景が広がっていた。 獣人掃討や、腕を磨くための部隊に参加した、まだ経験浅い冒険者達が半死半生で苦痛の呻きを漏らしている。 その向こうで、背丈だけでもゆうにガルカの数倍はあろうかという、鳥型のモンスターが荒れ狂っていた。 白い鎧に身を包んだジュノ警邏隊の戦士や、高位の魔道士達が必死で応戦しているが、本隊が到着していない か数が少なく、今にも押し切られそうな状態である。 矢筒に手をやり、ルーヴェルは愕然とした。とっさの事で矢の補充をすっかり失念していたのだ。 しかし、後悔する暇すら彼には与えられなかった。 盾を構えた一人の戦士が、大鳥にのしかかられて地に沈んだ。 直後、周囲を温かく強い光が包み込む。女神の聖堂で、祝福を受ける時の、あの光だ。 その光に包まれた者達が、瀕死の重傷を癒されて立ち上がり、再びモンスターに斬りかかる。 だが、大鳥の怒りの視線はたった一人の人物に向いた。 「アリアっ!!」 いつかみた帽子と戦槌。横顔にかかる、黒髪の先をルーヴェルは確かに見た。呼ばれたのに気づいたのか、 白い顔がふっと彼の方を向く。その唇が何か言いかける。なのに。 次の瞬間、その体は軽々と宙を飛び、岩肌に激しく叩きつけられた。 彼女は動かない。右腕があらぬ方向を向いている。 「うあああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーっっ!!」 一射目が、モンスターの片目を射抜いた。 二射目は左の翼に命中するも、羽毛と厚い筋肉に阻まれて傷にはならない 三射目、騎士らしき男が盾で大鳥を強打したため、狙いが外れた 四射目をつがえるが、怒り狂った翼が空気を裂いて周囲の者を吹き飛ばし、はずみでルーヴェルの手から 矢がこぼれてしまう 最後の一矢をつがえる。 「ルーヴェル、お前にアルテミスのご加護があらんことを!」 絶叫にも似たパウ・チャの歌声が、ルーヴェルを包み込む。 怒りに震える指先が一瞬止まった。それで十分。 口腔に飛び込んだ矢がシムルグの脳天を貫き、ようやく絶命させた。 「アリア!」 弓を投げ捨て、ルーヴェルは彼女の元に駆け寄った。呼吸が浅い、今にも止まるのではないかと思わせる。 「誰か、誰か…」 普段の冷静さをすっかり失い、彼はアリアを抱き上げた。ルーヴェルの腕に、その体は軽すぎる。 「落ち着け!ど阿呆!!」 小さな友人に向こう臑を蹴り飛ばされ、弾みでルーヴェルはがくっと膝をついた。 赤魔道士のディル、ナイトのゼノン、そしてかつては白魔道士であったパウ・チャがそれぞれ回復魔法を 彼女に施す。乱れていたアリアの息が、ようやく落ち着いた。 「よし、後のやつらは警邏隊の連中に任せよう。引き上げるぞ」 事態の収拾のため、混雑し始めた周囲を見回し、パウ・チャがそう宣言した。 面倒見の良い彼は、溜息を付きながらルーヴェルの弓を拾ってやる。 「ミューリル、この子をハウスまで運んでやってくれ」 「はいな〜」 ミスラの娘がルーヴェルの手から、アリアをもぎ取る。モンクとして鍛えられた彼女は、易々と娘を 抱き上げた。 「嫁入り前のオンナの子に、べたべた触るんじゃないのっ!」 ふーっと威嚇され、あっけに取られたルーヴェルは反論することが出来ない。 「ほら、立てよ色男」 ディルとゼノンがにやにや笑いながら、ルーヴェルをどやしつけた。 ヒューム二人がエルヴァーンの青年の腕をそれぞれがっちり掴み、さりげなく逃げられなくしてしまっている。 「さ、彼女も無事だったことだし。今後の相談もかねて今日はゆーーっくり、飲み明かそうじゃないか」 ゼノンが自分の髭を撫でながら、腹黒い笑みを浮かべている。普段無愛想なルーヴェルが取り乱した姿を 初めて見た彼は、それを肴に思い切り青年をからかうつもりであった。 ディルもそれは同じだったようで、二人のヒュームは意地悪く目配せしあう。 「何やってんだか、この男どもは…いっくよ〜」 ミューリルが呆れたように呟きながら、きびすを返す。 しかし、ミュールルの脅しも数時間後にはあっさり効力を失う事に、この時はまだ誰も気づかなかった… 日付が変わる頃、ディルとゼノンのアルコール攻撃からようやく逃れたルーヴェルは、アリアのハウス前に 立っていた。 「あり?ルーヴ、どしたの」 「いや…彼女は?」 ふん、と鼻を鳴らすと、ミューリルは顎をしゃくった。 「だいじょぶ、寝てるだけだよ。傷も残らないから、安心して良いって医者が言ってた」 「ずっと付いててくれたのか?すまん」 ミューリルがそれを聞いて、思い出したようにあくびをした。 「うあ…流石に、眠いや。替わってもらって良い?」 寝ぼけ眼でまぶたをこしこしとこする。もう少し彼女が元気であれば、ルーヴェルの浅黒い肌がほんのりと 酒で上気していたのを気づいたのだが、アリアの介護で疲労したミューリルは残念ながらそのまま部屋を 後にしてしまう。 「襲っちゃダメだよ〜」 とは一応言ってみるものの、それがルーヴェルの耳を素通りしていたとは彼女も想像しなかったのである。 「うん…」 額に冷たいものが触れて、アリアはようやく目を覚ました。 「アリア?」 名を呼ばれて、はっとする。 「ルーヴェル…さん」 全身がずきずきと痛んで、思わず息が詰まりそうになった。すかさずルーヴェルが彼女の体を抱き起こし、 痛み止めの薬湯を飲ませる。 「いつ、戻ってきた」 糾弾するように、ついきつい口調で青年は問いかけた。怒っているわけではない、ただ、ただ知りたかった。 「今朝です…」 何故、会いに来てくれなかったのだ、どうしてあんな恐ろしい魔物に立ち向かったのだ、言いたいことが ルーヴェルの頭の中でぐるぐると巡って、出てこない。 「途中で獣人の討伐隊に誘われてしまって。やっと抜け出して下層の酒場に行ったら、あんな騒ぎが…」 ルーヴェルの腕の中から、アリアが彼を見上げていた。瑠璃の色、彼は胸の内で呟く。 「馬鹿が…あんな時に女神の力を行使したら、どうなるか、わからない訳ではないだろう…!」 冷たい言葉がぽろぽろと口をついて出る。しかし、彼の行動は完全にそれを裏切っていた。アリアを抱く 両腕に力がこもってしまう。 「知ってます…わかってます…でも、でも、アルタナ様の力を使えないわたしなんて、 わたしじゃないんですっ」 アリアがとうとう泣き出した。 「施療院なんて、関係ない。目の前で人が死ぬのが嫌なだけです。 …それくらいなら自分がと、両親が死んだ日からずっとそう思ってただけです。 どうせ、わたしには誰もいないから。悲しんでくれる人なんていないから…!」 両手で顔を覆って、ヒュームの娘は肩を震わせて嗚咽した。 「優しくしないでください… いつ死んでもいいと、思ってるのに…ルーヴェルさんが来てくれた時…」 ぐすぐすとしゃくりあげながら、アリアは途切れ途切れに告白する。 「嬉しかったんです…死にたくないと思ってしまったんです…」 ようやく、彼女が顔を上げた。潤んだ瞳と濡れた頬を見てしまったルーヴェルの理性が、ゆっくりと弾ける。 そのまま顔を近づけると、青年は娘の唇を奪った。とっさの事に、アリアは呆然としている。 「ルーヴェ…さ!?」 再び口づけられ、彼女は狼狽して動けない。青年のなすがままに、唇を吸われる。 「死ぬとか、死にたくないとか、軽々しく口にするんじゃない…!」 まだ、少し残った酔いがルーヴェルの心を解放している。 「死んだかと思ったんだぞ、やっと…会えたのに、もうダメかと思った…っ!」 きつくきつくアリアを抱きしめ、その温もりを確かめる。 「痛い…やめて、離して…あっ」 傷の痛みに耐えかねて、彼女はどうにか抗議するが、青年は聞く耳を持たない。 その内、ふと体勢が崩れ、そのまま彼女を寝台に押し倒す格好になってしまう。 「あうっ!」 治ったばかりの右腕を押さえて、アリアが呻いた。骨は接合されているが、筋肉や組織、 そして腕自体にかかった衝撃まで魔法ですべて癒せるわけではない。荒い息を付いて、 ヒュームの娘は痛みを耐えねばならなかった。 青年の喉がこくんと上下する、薄い夜着の上から彼女の体の線がはっきり見えてしまったのだ。 上気した桜色の頬、うっすらと汗ばんだ胸元が、ともすればルーヴェルの理性を激しく揺さぶる。 どう足掻いても、自分は男で、彼女は女である。 こみ上げる情動を、彼は必死で押さえなければならなかった。 やがて、我に返ったルーヴェルは腰のポーチからポーションを取り出し、アリアの腕に擦り込んでやる。 「…すまん」 ぽつりと彼は謝罪した。 彼女の前ではどうにも不器用にしか振る舞えない自分が、腹立たしいことこの上なかった。 包帯を巻き直し、毛布をかけて、彼女が眠るための環境を整える。その間、アリアはずっとルーヴェルの 顔を凝視していた。 「悪かった。…今日はもう休め」 それだけ言い残し、立ち上がりかけたルーヴェルであったが、その服の裾がくんっと引っ張られた。 「あ…」 困ったように、アリアがルーヴェルを見上げていた。自分の行動に、自分自身が一番驚いているといった 表情を浮かべている。 「どうした」 いたって冷静な声で、青年は問いかけた。しかし、内心は激しく動揺している。 脳裏に灼き付いた、彼女の肌の白さが、消えない。 「あの…その…これは」 また泣かれるかと、ルーヴェルは一瞬警戒した。膝をついて、アリアの顔を覗き込む。 強張った表情が緩んだような気がした。そのまま、青年は次の行動に出た。 彼女の欲してるものと、自分が欲してるものが違うかもしれないのに、胸の内では決定打を待っている。 「俺はここにいてもいいのか?」 アリアがほっとしたように表情を崩して、小さく頷いた。 「ルーヴェルさん…」 つぶやく唇が、ルーヴェルの本能を刺激する。桜色のそれを指先でそっとなぞると、彼女は困ったように 目を伏せた。だが、拒絶の言葉は聞こえてこない。 「ルーヴ、でいい。皆そう呼ぶ」 どくんどくんと脈打つ心臓の音が、ひどくやかましく聞こえた。互いの欲求解消のために、何度か 女性の冒険者と寝た事はあるが、こうまで不器用かつ緊張した事など一度もなかった。 ここまで来て勘違いも何もあるはずないのに、彼はひどく慎重に動く。 「お前にも、そう呼んで欲しい。これから、ずっと…」 ルーヴェルの、言葉と行動に、いちいちアリアは反応する。うろたえているのか、喜んでいるのか、 その表情から心を読みとることが出来ない。 「ルーヴェル…さん、わたし…」 「ルーヴ、だ」 焦れたルーヴェルは、アリアの上に覆い被さった。額に、頬に、唇を落とす。 腕の中で彼女は震えていた。 服を脱ぎ捨てると、彼女の夜着にも手をかける。行動に、徐々にゆとりが無くなっていった。 さらされた白い肌に、そうっと手を触れる。壊れ物を扱うかのように、ルーヴェルはアリアの小柄な体を まさぐった。柔らかい。 「怖い…です」 半裸にされ、なすがままの娘は震えながらそう告げた。胸の膨らみに触れられると、すっと全身を緊張させる。 ぎゅっと目を閉じて、彼女はルーヴェルの行為に耐えていた。 「アリア…」 抱かれるのは初めてなのだろうとルーヴェルは確信した。だが、彼の行動は止まらない。 愛おしいと思う反面、彼女を失う恐怖と、残酷なまでの征服欲が、ルーヴェルを突き動かす。 アリアの逡巡などおかまいなしに、ふたつの膨らみを揉みしだき、肌に赤い印を散らしていく。 「やぁ…あ…ひゃうっ」 羞恥心と、体験したことの無い感覚に翻弄されて、彼女の口から悲鳴が漏れる。 悲鳴すらも愛らしい。かえってルーヴェルの情欲を一層かきたてる。 やがて、肌を触れるだけでは飽き足らなくなった青年の指先が下腹部をなぞり、その更にに下へと進んでいく。 「嫌っ!」 自分で触れたこともない場所に触れられたと気づいたアリアは、流石に拒絶の叫びを上げた。 だが、ルーヴェルの行動は容赦がない。彼女の体奥の熱を感じたいかのように、指先に伝わる感覚に意識を 集中させる。 「いや、助けて…わたし、どうしたら…!」 半狂乱になって暴れる娘を、彼は腕一本でやすやすと押さえつけた。 「だめ、だめです…ルーヴェルさん…お願い…止めて…!」 生々しい現実に戸惑うアリアは、涙声でルーヴェルに懇願した。だが、こればかりは彼女の決意が甘かったと しか言えない。それほどまでに、青年の心は固まっていた。 「アリア、目を開けてくれ」 熱に浮かされるルーヴェルは、自分の声がひどく甘くなっていることにまるで気づいていない。 大抵の女性は、こんな声で囁かれたらまずひとたまりもないに違いないのだろうが、残念ながらアリアは そこまで心にゆとりがなかった。ただ、素直に瞼を開き、涙混じりの瞳でルーヴェルを見つめる。 「瑠璃…か。綺麗だ…」 言って、アリアの頬に軽くキスをする。だが、指先だけは別の生き物のようにアリアの秘所を弄んでいた。 やがて、異物から体内を守るために、とろりと溢れた液体が青年の指先を湿す。 「う…」 ようやく指を引き抜かれて、アリアの体から力がぬけていった。ただでさえ、怪我をして体力の消耗が 激しかったのだ。息が浅い。 「え?」 ぐいと膝を割られて、彼女は更にうろたえた。まさか、続きがあるとは思わなかったのだろう。 ルーヴェルの方も流石にそれを感じたのか、つぶやくように謝罪する。 「…許せよ」 ぐい、と体を引き寄せられたかと思うと。恐ろしいまでの異物感が、アリアの体内に侵入した。 細い体のどこにこんな声が潜んでいたのかと思うほどの絶叫が、ルーヴェルの耳に突き刺さる。 「いや、いやあっ!!!」 下腹部から立ち上る激痛に彼女は翻弄される。純潔を奪われた痛みに耐えかね、泣き叫びながら暴れるが、 それすらもルーヴェルに押さえ込まれて敵わない。 「ルーヴさん、ルーヴさん!」 ルーヴェルはじっと耐えていた。ぎりぎりと締め付ける圧迫感が、少し緩むのを待つ。 痛みとも、快感とも判らぬ不可思議な感覚が、ともすればルーヴェルを獣のように振る舞わせようとする。 それを堪え続け、やがて、アリアの体がくたりと脱力した。それを受けて、彼はとうとう彼女の一番深い 部分に己を沈めてしまう。 はぁ、はぁ、と荒い息をついて、ルーヴェルは彼女を見つめた。頬に涙の跡が残っている。 軽い罪悪感と、征服欲と、そして彼女への愛おしさで理性を失った頭は、本能のままに彼を突き動かした。 ルーヴェルの動きにあわせて、意識を失った小柄な体が寝台の上で揺れる。 やがて、ぎりぎりまで欲望を溜め込んだ彼は、激しい感情と共にそれをアリアの中に注ぎ込むのであった。 腕の中で、ヒュームの娘が軽い寝息を立てている。 目が覚めたら、どんな顔をするのだろう?困った表情だろうか、やっぱり、泣き出しそうな目で自分を 見上げるのだろうか、それとも笑ってくれるだろうか。 どれでもいい。 ルーヴェルは穏やかな気持ちでアリアを見つめていた。 話したいことがたくさんある。教えたいこと、知りたいことは数え切れない。 彼女となら、どこにだって行ける気がする。何だって、出来る気がする。 早く目覚めてくれ、と青年は呟いた。そして、それは間もなく現実のものとなった。 追記 ルーヴェルがしばらくの間、仲間内から冷たい目で見つめられていたのはご愛敬である…