◇ 誓い 「シュヴァルツ.ハインリヒ、汝は病める時も健やかなる時もマフィン.カームを妻として死が2人を分かつまで生涯愛することを誓いますか?」 静かな教会に厳かな神父の声が響き渡る。 「はい」 抑揚の無い声で黒い髪のエルヴァーンが答える。 「マフィン.カーム、汝は病める時も健やかなる時もシュヴァルツ.ハインリヒを夫として死が2人を分かつまで生涯愛することを誓いますか?」 「はい、誓います」 少しうわずったように私は返事をする。 シュヴァルツ…旅で出逢ったエルヴァーンの戦士。 私は白魔道師だったからなんとなく一緒に冒険することになった。 知り合って随分長いこと一緒に居たような気もするけど、まだ一年も経っていない。 「それでは指輪の交換を」 シュヴァルツが私の手を取る。ミスラの手が猫手でなくて良かったな、と思う。 ぎこちない手つきで私の指に指輪をはめる。 銀色に輝くマリッジリング。 ――トクン――― と、胸が鳴った。 私も彼の手を取り指輪をはめる。 大きくて暖かな手、自分から触れるのは初めてだけどなんとなく冷たいのではないかと想像していた。 「誓いのキスを」 シュヴァルツの顔が近づいた気配がして顔を上げる。 普段は身長差がすごいのでこんなに顔が近づく事はない。 びっくりして尻尾が立ちそうになったけど重いウェディングドレスに遮られて持ち上がらなかった。 黒い瞳に自分が映る。いつも思うけど本当にエルヴァーンって綺麗な顔をしてるなぁ…。 見とれていると、唇に微かに触れる感触がしてそれで誓いのキスは終わった。 え? え? これだけ? 参列者は彼の友人で一緒に旅したエルヴァーンの赤魔道師とヒュームの戦士の2人だけ。 ヒュームのラルフさんが「真面目にやれ〜!」ってヤジを飛ばしたけどシュヴァルツは平然とした顔で「うるせぇ」と言い返してた。 そうだよね。 世間を欺く為の結婚だもんね。 私はシュヴァルツを好きだけど、シュヴァルツは何とも思ってないんだものね。 「おめでとう、猫ちゃん♪」 赤魔道師のルージュさんの言葉が妙に空しく聞こえたが、私は必死で微笑んでみせた。 シュヴァルツ…サンドリア出身のエルヴァーン。 ぶっきらぼうで乱暴なモノの言い方をする人で最初は苦手だった。 だんだん彼が優しい事がわかって、気がついたら大好きになっていた。 彼が私を守ってくれるのは私が白魔道師だからってわかってたし、エルヴァーンとミスラでは似合わないなって事もわかってた。 ただ、仲間として一緒に冒険してられたらいいな。ってそう思っていた。 彼が「結婚して欲しい」と言ったときは心臓が飛び出そうなくらい驚いた。 もちろん嬉しくて…だけど。 でも話を聞いたら何のことはない「偽装結婚」の申し出だった。 彼はサンドリアでも有名な由緒正しい貴族の家系なのだ。いろいろ事情があって家を飛び出し、家を継ぐのは義理の弟さんに任せたつもりだったのだけど、お父様はどうやらシュヴァルツに継いで欲しくて家に呼び戻そうと躍起だったらしい。 私はそんな世界の事など解らないのだけど、シュヴァルツは頑なに家に戻る事を拒否し、勘当されようともくろんだ。 つまりそれが「私との偽装結婚」ってわけだ。 私は孤児で素性のしれない卑しい身分だ。 そもそもエルヴァーンと言う種族は他の種族を見下す事が多い。 ミスラ、ガルカともなればより一層蔑まれる。 厳格なお父様が嫌がるにはうってつけの相手って事ね……。 「振りをするだけでいいんだ。…頼む」 相変わらず抑揚のない声で彼は言った。 人にモノを頼むときは頭くらい下げるってエルヴァーンは教わらないのかな? 少し…ムッとしてた。私はシュヴァルツが大好きだったから…。 私は感情がすぐ表に出るタイプだから、全身全霊で"貴方が好き!"って出ちゃうから、周りのルージュさんとかにバレバレでよく冷やかされた。 シュヴァルツもわかってるって思ってたんだけどな…。 貴方を好きで好きで堪らない私に向かって「好きなふり」をしろって言うのね? どれだけ切ないかなんて分からないのね? そんな事を平気で頼めるくらい……私、何とも思われてなかったんだ。 道具みたいに扱われることが少し悲しかった。 「うん、いいよ。今まで助けて貰ってばかりだったし、恩返ししなくちゃね」 必死で笑ったので少し顔が引きつっていたと思う。泣きそうになったのですぐその場から逃げ出した。 そして、急遽結婚式が行われる事になったのだ。 「はぁ〜」 控え室らしき小さな部屋で、溜め息をついた。 重苦しいウェディングドレスは脱ぎ捨てものすごく窮屈な下着も脱ごうとした。 「あれ?」 どういう構造なのかさっぱりで複雑に絡み合った紐と格闘する。 ドアがパタンと開く音がして着付けを手伝ってくれたルージュさんが来てくれたのだと思った。 「ルージュさ〜〜ん。これどーやって脱ぐんですかぁ〜?」 言いながら振り向くとそこに居たのは見知らぬヒュームの男だった。 叫ぼうとした口に何か布を当てられて、 (変な匂い…) そう思いながら意識が遠くなっていった。 −続く−