(あれから一ヶ月近く経った……。  俺はリュートを、タブナジアのあの修道院へ連れて行くことにした。  いつまでも黙っている訳にはいかないと思って……。  それに、リュートが記憶を失ったのも、  修道院を下りてサンドリアに向かう道中でのことだったようだ。  途中で何か思い出さないかと俺は彼女を注意深く観察したが、全く手掛かりは掴めなかった。  修道院に辿り着いた時には、既に日が暮れていた。) 「シェリー……ここに眠る……?」 「アア……ソレガ、シェリーノ墓ダ……。俺ノ恋人デ……オ前ノ……母親ダッタ……。」 「……。何だかあたし……気分が悪い……。」 「スマナイ……今マデ黙ッテイテ……。」 (リュートの体が崩れ落ちる。俺はへたり込んだ彼女を抱え、礼拝堂へと連れて行った。  抱きかかえた彼女の体は、羽のように軽かった。) <<<『闇の放浪者』第九話「昇天」>>> (礼拝堂の中には誰もいなかった。  俺は彼女を最前列の椅子の上に横たえると、その脇に腰を下ろした。  正面のステンドグラスが、月光を受けて鮮やかな影を落とす。) 「ねぇ……マルス……。」 (彼女は上体を起こして俺の方を向く。そしておもむろに立ち上がった。) 「リュート、調子ガ悪イナラ休ンデタ方ガイイ。」 「ううん、もう大丈夫……。」 (彼女が小さく首を振る。俺はその仕草を見て、何故だか心が打ち震えた。) 「ね、抱き締めて頂戴……背中から……。」 (俺は彼女の言う通りにした。左腕を彼女の首に巻き付ける。) 「で、次はどうするんだっけ?」 (俺は右手を服の下から差し延べた。指先が彼女の乳房に触れる。  俺は彼女の胸を掴むと、少しづつ力を入れて揉み始めた。) 「そうそう。ちゃんと覚えてるんだね……。」 「リュート……?」 「わたし、やっと思い出したわ……自分が誰なのか。  こんなにギリギリになるとは考えもしなかったけどね。  わたしの名前は……シェリー、よ……。」 「!? 何ダッテ!?」 「わたし、貴方のことずっと待ってたのよ。  二人の暮らした街が見えるこの場所にいれば、いつか迎えに来てくれるんじゃないかと思って。  貴方が死んでるなんて、これっぽっちも思わなかった。だから、絶対会えるって信じてた。」 (彼女は俺の手に自分の手を重ね、ギュッと強く握り締めた。) 「だけど、貴方は来なかった……。それでわたし、やり残したことがあることに気付いたの。  待っているばかりで、貴方を探そうとはしてなかったって……。  でもね、そのときあたしは病気に罹ってた……。もう助からないって言われた。  それでもあたし……あなたと会わずに消えたくは無かった……。」 (彼女の……シェリーの想いが痛いほど伝わってくる。  ここまで……俺のことを……愛してくれていたのか……!) 「あたしね、女神様にお願いしたの……一年だけでいいから、貴方を探す機会を下さい、って。  そしたらいつの間にか、あたしはリュートに取り憑いてた。  そのお陰で貴方を見つけることが出来た。あの娘には少し悪いと思ったけどね。」 「ソウダッタノカ……。スマン、許シテクレ! 俺ガ迷イ続ケテイタセイデ……!」 「会えたんだから、言いっこ無し。  それに貴方……その姿になったのに記憶を取り戻せるなんて凄いんだよ。  修羅と成り果てひたすら血を望む……それが普通なんだから。」 (俺は、更に強くシェリーを抱き締めた。  ようやくめぐり合うことが出来た……俺の愛しい人……。) 「だけどあたし、今夜旅立たなきゃいけないんだ。満月が……呼んでる……。」 「シェリー……俺モ一緒ニハ行ケナイカ……?」 「任せて。あたしが修道女やってたことを証明してあげるから。」 (シェリーは俺に向き直ると、掌を頭の上にかざし何かを捧げるような動作をした。) 「貴方にも楽園への扉が開かれますように。」 (シェリーがにこやかに笑う。俺もつられて思わず笑い出した。) 「これで大丈夫。効き目満点。男に会うため幽霊になる、破戒修道女の祈りだけどね。」 「死霊騎士ノ俺ニトッテハ、最高ノ祈リダナ。」 (俺は彼女の綺麗な銀髪を撫でた。彼女が艶の帯びた瞳で俺を見つめる。) 「あたしを抱くとき……昔、教えた通りに動いてたよね。  まだ忘れないでいてくれたんだって判って、あたし物凄く嬉しかった。」 「オ前ノ……シェリーノ事ヲ忘レタコトナンテ……一度モ、無イ。」 (シェリーは一旦手を離して服装を整えた。そして芝居がかった口調でこう言う……。) 「今宵にて舞踏会は閉幕。最後に私と踊って頂けますか?」 「喜ンデ。」 (俺とシェリー、二人の体が一つに絡み合う。  俺は全身全霊を以って彼女と愛を交わす。  白い肌……紅い唇……蒼い瞳……その全ての美しさを俺の心に焼き付ける。  彼女が蛍光を放つ俺の眼を覗き込む。  心の内が見透かされてるように感じる……だが今はそれが心地良い。  俺は我が身を彼女に捧げるようにして、彼女を悦楽の世界に誘う。  かつて教え込まれたように……彼女の望むままに……俺の体が激しく彼女を揺さぶる。) 「マルス……気持ち……いいよ……。」 (シェリーはその言葉を……以前は言うことを嫌っていた言葉を、俺に向かって口にした。  俺は……俺は何も言えなかった……。その代わり、俺の心を……態度で示そうとした。  彼女の見せる愉しそうな顔……それが俺に対する返答だった。  俺達の動きはさらに激しさを増す。だが、いかに激しくなろうとも、  二人の動作の対称性が崩れることは無い。  体が……心が……芯から、震えだす……。  俺達は幸福の……至福の……悦楽の絶頂にあった……!) 「マルス……汝シェリーを娶り、例え刀折れ矢尽きようとも、  愛し続け決して背かぬことを誓うか?」 (そうだ……! これが俺達の約束だった!  この言葉を求めて、俺は今まで呪縛され続けていたんだ……!) 「ハイ、誓イマス!」 (俺は自信をもって答えを返す。そしてシェリーにも問いをかけた。) 「シェリー……汝マルスニ嫁ギ、例エ血渇キ涙涸レヨウトモ、  愛シ続ケ決シテ背カヌコトヲ誓ウカ?」 (彼女も勢い良く答えた。) 「はい、誓います!」 (故郷に建てられた修道院の小さな礼拝堂……ここが、俺とシェリーの結婚式の舞台となった。  ステンドグラスを通った月の光が、二人の式の列席者だった。) 「我、シェリーノ剣トナラン!  我、常ニシェリート共ニアリ、仇名ス刃ヲ叩キ折リ、近ヅキシ魔物ヲ誅サン!」 「我、マルスの杖とならん!  我、常にマルスと共にあり、悪しき災いを避け、光への道を導かん!」 (二人は顔を近づける。そして唇を触れさせあう。そのまま舌を絡めあう。  これが俺たちの……誓いのキス。) 「俺達ト、リュートト、アルタナノ女神ノ御名ニ於イテ、  ココニ『マルス』ト『シェリー』ヲ正式ナ夫婦トシテ認メル!」 「武運と栄光と幸福が、我々と共にあらんことを!」 「サア、歩ミ出サン……。」 「我らの長き旅路へ……。」 (光が俺達を祝福する。魂が開放されていくのを感じた。  俺はシェリーを二度と離さないように固く抱き締めると天に身を躍らせた……。  俺達は旅立つ……楽園の扉へと……!) ------------------------------------------------------------------------- ―――ジュノ下層・吟遊詩人の酒場 「―――かくして二人は一つに結ばれ、死にも分かたれぬ至上の愛を誓ったのでありました。」 「よっ、リュートちゃん最高!」 「とても素敵だったわよ〜!」 吟遊詩人の語りが終わると拍手喝采が巻き起こる。 詩人は頭を下げて一礼すると、手にした竪琴を掻き鳴らした。 「ありがとうございます。  では最後にこの詩を詠んで、締め括りとさせていただきましょう。」  満月は狂気  フェンリルが騒ぎ立て 血に飢えた牙を剥く  セイレーンは不安に駆られ 誘惑の旋律を奏でる  魔狼の毒牙が乙女の喉笛を喰い破り 美しき悲鳴が闇に木霊する  その声音に魅入られて 魔物は泡沫の潮に呑まれる  再び静寂が支配した水辺を 淡い月の光が照らし続ける  魔物の死せる魂は 同胞を求め彷徨い歩く  浄化をもたらす月の光が 魔物達に祝福を与える  魔狼と乙女は共に結ばれ 一柱の清らかなるラクシュミとなる  願わくはその進む道が 永遠に幸福に包まれんことを!