「雑種 - mongrel」 - scene.00 - 「ん・・・はぁ・・・」  幼い喘ぎ声と湿った音が、小さい洞窟の中で反響する。 「あ・・・あぁん、いっ」 「ごめん、痛かった?」 「大・・・丈夫デス・・・・・・んん・・・」 「・・・ん!」  快感が背中を走っていく。 そろそろ達してしまいそうだ。 「ん・・・ん〜、もっとぉ・・・」  そういった彼女は、その実年齢と、それ以下の歳に見える容貌さえ忘れてしまうほど大人びて見える。  私はそのアンバランスさに、最後の理性が音を立てて崩れていくのを頭の奥で感じた。 「うぅっ・・・」 「んにゃっ、あぁあぁぁん」  ・・・・・・・・・・・・           ・ 「う・・・ぐ・・・」  行為が終わって十分は経ったろうか。 それとも数時間は経ったのだろうか。 「くそっ・・・畜生・・・」  私は自分の愚かさに、右手の二の腕に自らの爪で無数の傷を刻んでいた。  自分が、見たこともないくらい汚く、醜い獣人のように思える。  ・・・歳の端も行かない女の子を汚したからか? ──違う。  それも一因ではあるが、本当の理由はもっと深くにある。  自分で理解していながら・・・私はこの罪を犯したのだ。 「・・・どうしたんデス?」  彼女・・・アールル(Ahllulu)も目覚めたようだ。 「ん・・・起きたみたいだね・・・落ち着いたかい?」  出来る限りの笑みを作ってみせる。 笑顔を作るのには多少自信があった。 「だーりん・・・泣いてたデス」 「・・・大丈夫。  大丈夫、だから・・・」  アールルに言ったのか、それとも自分に言ったのか。  私自身にも判らなかった。 「だーりん・・・・・・」 「・・・ん?」 「はじめて・・・ゆっくり喋ってくれまシタ・・・」 「・・・・・・」  涙が出た。  止まらなかった。    **************************************************** 「雑種 - mongrel」 - scene.01 - 彼女との出会いは唐突だった。  その日、私は国から与えられた指令をこなし、星の神子様へ報告をするためウィンダスにいた。  ウィンダス生まれのエルヴァーンで冒険者、しかも国から機密の依頼を受けているとあって、 その特異な経歴から、自慢する訳ではないがこの国では少しは知られた顔になっている。 「よう、フルード(Fleaude)ちゃん。 またお仕事け?」  幼い頃から世話になっている農家の親父さん(私が子供の頃からずっと同じ顔だ・・・タルタル だからだろうか)が話しかけてきた。 「いや、昨日終えたところさ」 「そっかー、精が出るべなぁ!  こんな感心なえろばーんがいてるってのに、まったくサンドリアのボンクラ首長どもは・・・」 「ははっ、お手柔らかにな・・・」  ・・・このように、地元の人々はエルヴァーン全体にあまり良い印象を抱いてはいない。  おかげで幼い頃は色々と苦労したが、過ぎた話だ。 「そんいや、さっきフルードちゃんの友達・・・色っぺぇねーちゃんが、大樹様のところで  ちょっともめとったべよ?」 「・・・友達・・・アリィか?  あいつ、また何かしでかしたのか・・・」 「最後誰かが大きな声でわめいた時、小っさなわらべ連れて港の方走ってったけんど、なー」 「港か、ありがとう、行ってみるよ」 「おー、お父っつぁんによろしゅうなー」           ・  その友達、アリィ・ジャンビヤ(Arry Gianbyia)はすぐに見つかった。 「・・・どうしたよ、今日は」  唐突に聞こえた私の声に驚いたのか、アリィは一度ビクッとのけぞってからゆっくりと こっちを向いた。 「あー、また面倒なのに見つかったわ・・・」 「面倒なので、悪かったな」  両手を腰に当ててそう言った時、彼女の足元に小さい子供がいるのが見えた。  ひどく怯えていて、アリィの足元に必死の形相でしがみついている。  それに良く見ると、強がってはいるがアリィの目は赤い。 ・・・泣いていたのか? 「お前の、子供?」 「馬鹿言わないでよ。 ここで子供をもてるミスラの割合を知ってるの?」 「知ってるさ。 でも実際お前の足元に子供はいるしな」 「ふー。 まぁいいわ。 あんたをここ生まれのエルヴァと見込んで、話があるの」  ・・・来たな。 こいつの話というものに碌なものはない。 「あんた、アールル・・・この子をジュノまで連れてって」 「・・・・・・ふぅ、面倒なのはどっちだよ」 「いいから連れて行きなさいよ、この子が可哀想だとは思わないの!?」 「いや、連れて行く、連れて行きますよ。  でもその前に事情の一つや二つ、教えてくれたっていいものじゃないか?」 「解ったわ。  その馬鹿でかい耳かっぽじってよーくお聞きなさいな」 「人のこと言えるのかね、お前は」 「シャラップ!  いい? この子ね、モ・・・・・・混血児なの」 「・・・・・・!」  彼女が何を言おうとしたのか、私には解ってしまった。  『モングレル』・・・雑種、である。 「・・・道理で」 「何よ」 「タルタル式の名前なのに、頭に可愛い耳がはえてると思って」 「お察しの良い事ね」 「で、何故ジュノなんだ」 「自由の街に連れてってあげないと、この子・・・・・・殺されるわ」  アールルに聞こえないよう、アリィが小声で私に囁く。 「・・・・・・ちっ、連中、まだそんな黴臭い掟にしがみついていやがったか」 「ええ・・・この子、族長の家来の一人が産んだ子で、ここまでバレずに  育てられたんだけど・・・この前、偶然外で遊んでる所を族長に見つかっちゃって」 「で、純血を守るため、殺せと?」  小声でそう訊くと、アリィは目を伏せて、こくん、と頷く。 「クソッタレが・・・」  彼女らミスラには、多種族との間に子供をもうけてはならないという絶対的な掟がある。  しかし、まぁ・・・色々事情があるのだろうが、多種族と交わる事自体を禁じてはいないので、 必ず数ヶ月に一度は「混血児狩り」を行う必要があるのだそうだ。  一見奔放な種族だが、妙な所が凝り固まっている。  他種族はこの事に関して抗議はしているものの、カザムの外にいるミスラ全てを実質的に 束ねている族長・・・ペリィ・ヴァシャイが一向に聞く耳を持たないのだ。  彼女はその話になると、決まってこう言う。 「貴様らが我々に対して性欲を向けなければ、こういう事にはならない」・・・と。  無茶苦茶である。 しかし、こう言われると、五院の連中の三分の一は口をつぐんでしまうのである。  ・・・全く、どうしようもない。 「で、この子をかくまってたタルタル達に抗議をしに、族長が天の塔に乗り込んできたんだけど、  守護戦士たちがタルタル側について、話がややこしくなっちゃってね。  ・・・で、守護の一人に友達がいるんだけど、そのコに頼まれて、ここまでアールルを逃がしてきたの」 「・・・お前はマークされてるのか」 「ええ、でもさっき裏口から逃げてきたし、多分アールルがここにいる事はまだバレてないわ。  だから、今のうち、連れてって」 「お前は?」 「最初は私が連れて行こうと思ってたんだけど・・・  タルタル側に味方してたのを知られてる私より、無関係なあんたのほうが安全だろうから。  私は、知り合いの子を連れてマウラへ向かうわ。  あなたはメリファト経由してジュノへ急いで」 「囮になるつもりか」 「大丈夫、私達は捕まっても殺されはしないわ。  ・・・ちょっと怒られるかもしれないけどね」 「・・・・・・解った」 「・・・そういうことだから、いい? アールル。  このおじちゃんについていくのよ?」  お、おじ・・・!  どさくさにまぎれて何を言うかこやつは・・・ 「・・・おねえちゃん・・・  おいてかないで・・・」 「これからね、もっと広い場所で遊べるところへいくの。  そうしたらあたしともっと遊べるわ。  だから、今は、このおじちゃんについていって」 「・・・・・・ハイ・・・・・・」 「アールルちゃん、だね。  私はフルード。 よろしく」 「アールルデス・・・よろしくおねがいしマス・・・」 「じゃ、これ」 「なんだ?」 「天昌堂で買ってきた、精神安定剤。  もしアールルが発作を起こしたりしたら、口移しで飲ませてあげて」 「な、なんだって!?」 「く・ち・う・つ・し!  あんたもいい歳なんだから、それくらいわかるでしょうに」  アールルを見る。  ・・・・・・可愛い。  これは、相当のものだ。  考えてみれば彼女はミスラとタルタルの混血だ。 可愛くならない訳がなかろう。  今までその・・・そういうケはなかったんだが、心拍数が少しずつ上がってきた。 「変な気は起こさないでよ、まだ子供なんだから」  そんな私の心を見透かしたようにアリィが言う。 「・・・!  失敬な・・・この気高いサンドリアン紳士に向かって・・・」 「生粋のウィン人の癖によく言うわ。 じゃ、おねがいね!」 「任せとけ。 伊達にデカい骨を倒してきたわけじゃないさ」  お互いの手をバシッと叩いて、別々の方向に向かって歩き出す。  私は水の区へ。 アリィは森の区へ。 「・・・無事でな、アリィ」 「あんたもね」    **************************************************** 「雑種 - mongrel」 - scene.02 - 理性は砂の煉瓦だ。 風が吹けば崩れる。 「う・・・こわい・・・こわいよ・・・・・ひっく・・・」  “発作”はウィンダスを出てすぐに起こった。  アールルは産まれる前から命を狙われている。  おそらく、今まで色々な事があったのだろう・・・精神的外傷ってやつか。  さっきまではオドオドとはしていたが普通に歩いていたのに、街の外に出た途端、 ふるふると頼りなく震えて歩けなくなり、今は私の背中で泣きじゃくっている。  ウィンダスは、一見ほのぼのしているようで、その実内的な結束が強く、余所者、爪弾き者に対する対応は この上なく冷たい。  私とてその例外ではない。 幼い頃、エルヴァーンだという理由で良く同級生に石を投げられたりしていた。  ・・・私はアールルに、その頃の自分を投影しているのかも知れない。 「あ・・・安心して、私がいる。 何があっても、君を守ってみせる」  必死に声をかける。  子供のあやし方は良く解らないが、何とか安心させてあげなければいけない。 「・・・あの岩陰が丁度いいか」  口移しで薬を飲ませるというのは、偶然人が通りかかったら誤解されかねないので 出来るだけ目立たない場所でやりたい。  陰に隠れてやってる方が怪しいか? ・・・まぁいいか。  とりあえず草をまとめて簡易ベッドを作り、震えるアールルを寝かせる。  さて、薬は・・・ 「・・・・・・・・・・・・」  ・・・・・・怪しい。  透明なラベルのない瓶に、紫色の液体。 下にはキノコのようなものが沈んでいる。  受け取る時にしっかりこれでいいのか尋ねておくべきだったか。 「・・・まぁ、良薬口に苦しってやつだ」  少し引用が間違っている気もしたが、無理矢理自分を納得させてそれを口に含む。  ・・・しょっぱい。 「・・・むーむむ、むむむー(死んでも、知らんぞ)・・・」  アールルの黒い鼻をつまみ、思い切って接吻をする。  こくこくと、紫色の液体が喉を流れていく音が聞こえる。 「・・・・・・プハッ」  少し時間が経つのを待って、彼女が落ち着くのを待とう・・・           ・ 「・・・にゅ・・・」 「・・・起きたかい?」 「・・・あ、だーりん♪」 「・・・・・・・・・・・・へ?」  アールルはそう言うと、私の首根っこを、短い腕で精一杯抱き締めた。  ・・・一体何が起きたのだろう。  口移しで薬を飲ませたとき、確かに意識はあったかも知れない。  しかしそれだけでこうなるものか・・・?  多感な少女にあの接吻は刺激的過ぎたのか!?  ・・・私の頭は動かなくなっていた。  いや、フルスピードで回転し過ぎて空回りしていたのかも知れない。  動悸が段々と激しくなっていく。  い、以前なら軽くあしらえた筈な、なんだが、何か、オカシイぞ・・・? 「お・・・落ち着いて、ヨカッタ、ささ先をいいい急ごうか」  今度は私がパニック状態に陥ってしまっていた。  彼女を背に担いだ状態で、何も考えないように全速力でサルタバルタの平原を北上する。 「はや〜いデス♪」  アールルは背中で無邪気に喜んでいる。  ・・・あの薬が精神安定剤かどうかは甚だ疑問だが、まぁ泣かれるよりはいいか・・・           ・  タロンギ渓谷。  凶暴な動物や獣人は少ないが、峻厳な山々が聳え立つ、ミンダルシア大陸有数の難所である。 「・・・ふう・・・ふう・・・」  いくら無数の獣人を叩き切って体を鍛えようとも、人間である限り限界は訪れる。  山を登り、下り切り、名所・メアの岩を過ぎるあたりには足が言う事を聞かなくなっていた。 「・・・そこに・・・石碑の・・・ある・・・どーくつが・・・ある・・・」 「ふみゅ」 「・・・そこで・・・いったん・・・やすもう・・・」 「ハ〜イ」             ・  近くで野生の薬草を摘んで、クリスタルで炎を起こし、茶を沸かす。  ・・・こういう時、本当に両親の言う通りに調理を嗜んでて良かったと思う。 「・・・・・・」 「ふんふ〜ん♪」  アールルはご機嫌だ。  さっきからずっと私の膝の上やら背中の上で私に擦り寄ってくる。 「・・・・・・」 「♪」  こらこら、私の道具袋で遊ぶな・・・と言いたいが、言葉が出ない。  軽く一時間は休んでいるはずなのに、動悸も収まらない。  月並みな表現で恐縮だが、足の痛みが引くのと反比例して、さっきまでしょんぼりしていた私の息子が 立派になっていく。  ・・・生唾を呑む。 「アッ」 「!!」 「ふ・・・・・  ふえぇぇぇぇぇー」  アールルが持っていた即席カップをひっくり返して茶をこぼしてしまった。  ぬるく冷ましたのを渡していたので火傷はしなかったが・・・  ・・・夜の山は冷える。 濡れたままだと風邪をひいてしまう。  保護者は服を脱がせて、毛布かなにかにこの子をくるんでやらなければならない。  ・・・保護者は私だ。 「あーほらほら、ふ、服を脱いで」 「みゅ〜・・・ひっく・・・」 「・・・・・・ぁ!!」  後ろを向いて袋から毛布を取り出し、それをかぶせる直前、裸のアールルの姿が私の目に飛び込んできた。  可愛い、綺麗、そんな言葉では語りつくせない、アールルの肢体を見た瞬間。  理性の留め金の一つ目が、猛烈な勢いで弾き飛んだ。 「アールル・・・・・・!!」  ・・・アールルの秘所は、既に粘性の液でしっとりと濡れていた。    **************************************************** 「雑種 - mongrel」 - scene.03 - 私も、同じか。  ・・・・・・二の腕が、じんわり痛む。 「だーりん」 「ん?」 「あのね、アールルもね、怖くて悲しかったとき、だーりんがキスしてくれたからね・・・  ・・・だーりんが悲しいときは、アールルがキスしてあげる」 「・・・ありがとう、優しいんだね」  そう言うと、アールルは顔を赤らめて照れ隠しに私にしがみついて、とびっきりの笑顔を 見せてくれた。 「えへへ〜」  彼女が私に良くしてくれるたび、嬉しくなると同時に、心の奥底が痛む。  アールルだけにではない。 私はアリィも裏切った事になってしまった。  ・・・アリィは、私を赦してくれるだろうか。 「アールル、ちょっといいかな」 「なぁに?」 「街では、私のことを・・・兄さんとか、そういう風に呼んでくれるかい?」 「みゅう・・・どうして?」 「一応、冒険者の私にも世間体ってものがあるからね・・・」 「セケンテイ?  なんでそれがあるとだーりんって呼んじゃいけないんデスか?」 「う〜んとね・・・・・・  ・・・・・・何でだろうねぇ」 「?」  私が幼女趣味だという噂が広まっては評判が落ちるから・・・  知り合いに後ろ指差されるから・・・  そうすると、いい仕事が来なくなるから・・・ 「・・・たった、それだけか」  それだけの理由で、私もアールルを傷つけようとしてるのだろうか。  『民族の純血を守る』のと、どっちが上等だろうか?  ・・・変わりはしまい。 「・・・ごめん、アールル。  好きに呼んでくれ」 「ハ〜イ、だーりん♪」  後ろを振り向くと、アールルは天使のような笑顔を私に向けてくれた。           ・ 「・・・あれ」 「どったの、おばちゃん」 「アリィおねーさまとお呼びって何回言えばわかるの!?  っと、それはそうと、あたしが大枚はたいて買った惚れ薬がないのよね・・・」 「へぇー、そんなもん買ってんだ」 「い、いやぁ、オトコを惚れさせるのなんて、お茶の子サイサイなんだけどね。  ほらまぁ、保険的なものというか・・・・・・そういうの!」 「あ、おばちゃん」 「だーかーらー!!  おねーさまと・・・」 「ほら、追っ手」 「ッ・・・!!  に、逃げるわよぉー!!」 「8時の船に滑り込みで間に合うね」 「よーっし、バストゥークまで高飛びよ〜」 /EOF