(俺は、戦争後にタブナジアに出来たという修道院を訪れた。  その場所は小さい頃家族とピクニックをした小高い丘の上だった。  眼下には、既に廃墟と化して久しい祖国の街並みが見える。  俺は修道院の扉を叩いた。) 「はい、何か御用でしょうか?」 (若い修道女が顔を出した。俺は自分の名を名乗り、シェリーに会いに来たと告げた。  修道女は一度奥に引っ込んだが、暫くしてまた戻ってきた。) 「院長がお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ……。」 <<<『闇の放浪者』第七話「故郷」>>> (俺は掃除の綺麗に行き届いた院長室に案内された。  そこで俺を出迎えたのは柔和な顔つきの尼僧だった。) 「貴方が……マルスさんですね。シスター・シェリーからお話は伺ってましたよ。」 「シスター……シェリー……? ドウイウコトダ?」 「二十年前の戦争……あのときシェリーさんは深い傷を負ったそうです。  獣人に襲われて瀕死になった……それもありますが、  愛する人を見失ったという心の傷も大きかったようです……。  生き残った人々は新しい土地に移り、もう一度人生をやり直し始めましたが……  彼女は悲しみを抱えたまま暮らしていくことに耐えられなかったと言います。  このタブナジア修道院建設の話が持ち上がった際……  彼女は女神に一生を捧げることを誓いました。」 (そうだったのか……。俺があのとき行方を眩ましたから……  シェリーは人里離れたこの土地で暮らすようになったのか……。) 「彼女は常々言ってました……彼女が助かったのは、  すんでの所で貴方が駆けつけてくれたからだと。  貴方が来てくれたからこそ……まだ、生き続けたいと思ったのだと。  彼女は弔われる犠牲者の中に、貴方の姿が無いかといつも気にしていました。  似た姿の人を見かける度に、随分と怯えて悲しんでました。  でも、本当の貴方は見つからなかった……。  長い年月が経ち、希望は殆ど無いに等しかったけど、  彼女は諦めきることもできなかったのでしょう……  時折、タブナジアの街を眺めて物思いに耽っていることがありました。  想い人との約束を待ち焦がれる少女のように……。」 (俺はシェリーを待たせていたのか……!  何故、無為に彷徨い続けたりなどしてたのだろう……。  彼女はずっとここにいた……風と光に祝福された、麗しの故郷に……!) 「シェリーハ? 今モココニ居ルノカ?」 「ええ。貴方に会えば彼女も喜ぶと思います。会っていかれますか?」 (俺は尼僧院長に連れられて裏庭に出た。箒を持った修道女が庭の掃除をしている。  俺はシェリーではないかと疑ったが、生憎まだ大分若い娘だった。  庭は丘の上でも格別に見晴らしの良い場所に有った。  心地よい風が祖国の方から吹き上がってくる。  尼僧院長は、ある地点まで来ると立ち止まり、振り返って俺のことを見た。) 「シェリーさんは……ここです。」 (院長が指し示したのは、シェリーの名が刻まれた、真っ白い墓石だった……。) 「……ソンナ……ハズハ……!」 「ここにいる間、彼女は毎日誠実に務めを果たしてました。  しかし昨年……彼女は病を患い、病床に臥せりました。  そして彼女は……楽園へと旅立って行ったのです……。」 「嘘ダ! 何カノ間違イダ! アイツガ……死ヌ、ナンテ……。」 「お悔やみ申し上げます……。ですが、彼女は女神様の覚えもめでたいと思います。  彼女は今頃楽園で……幸せに暮らしていることでしょう。」 (何が楽園だ! あいつのいない世界なんて考えられない!  こんなはずは……こんなはずではなかった……!  戦争の有ったあの日、あいつは助かってたというのに……  俺が道を失い、狂い彷徨ってたせいで、永遠に再会することが出来なくなろうとは……!) 「ドウシテ……ダヨ……。」 (俺は慟哭した。涙はもう流れなかったが、魂の底から泣き叫んだ。) 「悲しみは解ります。しかし肉体が滅びようとも、彼女の存在が消えたわけではありません。」 「心ノ中ニ生キテイル……トカイウ陳腐ナ答エナラ、殺スゾ……!」 「それも言おうかとは思いましたが……まあ、止めておきますか。  マルスさん、貴方にお伝えしておかねばならないことがあります。」 (尼僧院長はそこで一旦言葉を区切った。) 「人間の愛の営みというのは素晴らしいものです。  シェリーさんはここへ来たとき、もう一つの生命を孕んでいらっしゃいました。  そして、この修道院で……美しいお嬢さんをお産みになったのです。  貴方との間に産まれた子供だと、シェリーさんはおっしゃってました。」 (子供が……俺達に子供が産まれていただと……?) 「母親の愛情を全身に受けて、その子は元気に成長しました。  今では、若い頃のシェリーさんそっくりの美人になっています。  彼女はお母さんが亡くなったのを機に、  サンドリアに住むお祖母さんと一緒に暮らすことになりました。  名前は、リュート、といいます……。」