「む……誰かね、こんな夜更けに。」 「オ前ハ、エグゾロッシュ……ダナ。コンナ所デノウノウト暮ラシテイタノカ……。」 「ダークストーカー!? まさかこの王国にまで現れるとは……。」 「見捨テラレタ、タブナジアノ怨ミ……今ココデ償ッテモラウ……!」 <<<『闇の放浪者』第五話「復讐」>>> (俺はリュートからエグゾロッシュの住居を聞き出すと、  彼女が寝静まった後に部屋を抜け出した。  館の警備は思ったほど厳重ではなかった。  幸い標的はまだ起きていて、執務室で何かの書き物をしていた。  俺は音を潜めて侵入すると、憎むべき男と対峙した。) 「カツテノ大戦デ……救援ノ要請ニ来タ、タブナジアノ伝令ヲ、オ前ハ覚エテイルカ?」 「そうか……お主はその時の亡霊か。覚えているよ。当時隊長としては一番若かった私が、  伝令の応対の役目を仰せつかったのだ……。」 「オ前ハ援軍ノ派遣ヲ拒絶シタ! ソノセイデ我ガ祖国ハ壊滅シタノダ!」 「……。私も後で知ったのだが、  各国首脳の間ではタブナジアの放棄は予定通りの作戦だったらしい。  残っていた問題は、如何に味方を欺くか……だったそうだ。」 「予定通リ……ダト……!」 「お主の身柄の拘束という不名誉な仕事を私は押し付けられた。  もっとも騎士たる者、主君の命令に逆らうことは出来ないがね。  あの後、お主を逃がしてしまい、私は随分詰問されたものだ……。」 「言イ訳ハ、イラナイ……!」 (俺は剣を振り上げた。拳が怒りにわなわなと打ち震える。  だがそのとき、執務室の扉が開いて誰かが入ってきた。) 「ねぇ、お父さん……こんな遅くまで何やってるの……?」 「アイルベーシュ、下がっていなさい!」 (現れたのはエルヴァーンの子供。これがエグゾロッシュの息子だと判断した俺は、  すぐさま扉を閉めて少年を捕まえ、その喉元に剣の切先を突きつけた。) 「コレハ良イ獲物ガ手ニ入ッタ……。」 (俺はニヤリと笑って子供の肌を軽く切った。赤い線が走り血が滲む。  それを見てエグゾロッシュの顔が蒼白になる。) 「た、頼む! 待ってくれ! その子にだけは傷を付けるな!」 (父親の悲痛な叫びが響く。だが俺は努めて冷たく言葉を返した。) 「伝令ニ来タアノ時、俺モ今ノオ前ト同ジ気持チダッタ……。  ダガオ前ハ、俺ノ嘆願ヲ平然ト切リ捨テタノダ……!」 (エグゾロッシュに絶望の表情が浮かぶ。そう、この顔だ、俺が見たかったのは。  サディスティックで残忍な喜びが、悲しみに沈んでいた俺の心を満たす。) 「お願いだ! 言うことは何でも聞く! だからアイルベーシュだけは離してくれ!」 (エグゾロッシュは膝を屈し、頭を深く下げて哀願する。  それを気にも留めずに俺の刃が息子を傷つけると、情けない声で悲鳴をあげた。) 「……お父さん、もう止めてよ。」 (俺に剣を向けられたまま、少年はそう言った。) 「お父さんは誇り高い騎士でしょ……。こんな悪者なんかに負けないで!  不死の魔物を退治するのも騎士の大事な役目でしょ!」 (俺は子供の腕を切りつけた。肉が裂け、血が吹き出る。  苦しそうな顔を見せたものの、少年は言葉を止めようとはしない。) 「前に教えてくれたことがあったよね……。  大切なものを守るためには、何かを犠牲にしなきゃいけないときもあるって……。  このままじゃ僕は……僕は、殺される……。  でもそれなら、騎士の誇りを守ってよ……!  王国の皆が平和に暮らせるように……僕は、僕は見捨てて……この怪物を倒してよ!」 「アイルベーシュ……! だが武器が……。」 「いつまで母さんの死にこだわっているの!  そりゃ、いなくなっちゃったことは僕も悲しいけど……悔やんでばかりだと前に進めないよ!  格好悪いお父さんなんて、もう見ていたくないよ……!」 (このエグゾロッシュという男も、愛する女を失ったのか……。  そう思うと僅かにだが憐憫の情が湧いてきた。) 「亡者よ、戦争は二十年前に終結した。当時アイルベーシュはまだ生まれてもいない。  戦争の禍根を次の世代に引き継ぐのはやめよう。……その子を離してくれ。」 「二十年前……ダト……!?」 (俺は驚愕した。せいぜい一、ニ年しか経っていないと思っていた。  だとするとシェリーはどうなる? あいつの姿は昔と殆ど変わっていない。  何故だ? 有り得ない。それとも……? どうなっているんだ!?)