(海岸の岩場に隠れる俺の許に、誰かが近づいて来る足音が聞こえた。  俺は佩剣を抜き放ち、油断無く警戒の姿勢をとる。  狂った獣人、血に飢えた獣、勇者気取りの冒険者……全てが俺の敵だ。  相手の姿が視界に入る。エルヴァーンだ。  俺は剣を突きつけると、一気に貫こうとして……慌てて止めた。  改めて相手の顔を見つめ直す。  それは、俺がずっと探してた、求めてやまない彼女の顔だった。) 「オ前ハ、シェリー……!?」 <<<『闇の放浪者』第二話「邂逅」>>> 「シェリー! ヤット君ニ会ウコトガデキタ……!」 (俺が近づこうとすると彼女は怯えて後ずさりした。  俺は剣を砂浜に捨て、敵意が無いことを示そうと両手を広げた。) 「怖ガラナクテイイ。俺ダ、マルスダ!」 「貴方の名前……マルスって言うの……?」 「ソウダ、俺ダ! 良カッタ……。ヤッパリ、生キテタンダナ……!」 (俺は嬉しさのあまり勢いよく彼女に抱きついた。  『抱き締める時は背中から』、昔のシェリーの注文通りに俺の体は自然に動いた。) 「会イタカッタ……! ズット心配シテタゾ……!」 (俺は彼女の体を強く抱き締めた。想いが溢れ過ぎて、それ以上の言葉が出せなかった。  俺は片手を使って、彼女の存在を確かめるように優しく愛撫した。  細い腰、柔かい乳房、整った鎖骨、長い首、滑らかなうなじ、艶のある唇、そして鋭く尖った耳。  それは俺の記憶の中に残る感触と逐一同じだった。  間違いない、こいつは……俺の腕の中にいるこの女は……シェリーだ……!!) 「あの……マルス……さんでしたっけ……? 離して……下さい……。」 (彼女の声は震えていた。それは喜びではなく、怯えのようだった。  何故だろうか? やはり、この異形の姿では俺だと判らないのだろうか……?) 「シェリー、信ジテクレ! 本当ニ俺ナンダ!  コンナ姿ニナッテシマッタガ……君ヲ愛スル心ニ変ワリハ無イ!!」 「お願いです……話をさせて……。聞きたいことが……あるの……。」 (俺は仕方なく腕の力を緩めた。でも、折角掴まえた彼女の肩をもう離したくは無かった。) 「教えてください……。わたしの名前は……シェリー……というのですか?」 「ドウイウコトダ、シェリー?」 「わたしは……この一年より前のことを覚えていないの……。  自分が誰なのか、どこで何をしていたのか。  面倒見てくれてる人にはリュートって名前を貰ったけど、それはきっと本名じゃない。  ねぇ、教えて……わたしはシェリーって名前だったの? 一体、どういう人間だったの?」 (記憶喪失……その言葉が俺の頭の中をよぎった。  そうだ、あの阿鼻叫喚の騒乱に曝されたんだ……精神に異常を来たしても仕様が無い。  現にここに、精神が破綻して魔物のような肉体を持ってしまった男が居るじゃないか。) 「可哀想ナ、シェリー……。デモコレカラハ俺ガ記憶ヲ呼ビ戻スノヲ手伝ッテヤル。」 (俺は一呼吸おいて心を落ち着かせてから、穏やかに彼女に語りかけた。) 「俺ノ名前ハ、マルス。オ前ノ恋人……イヤ、婚約者ダ。  離レル前ノ最後ノ晩……俺ハオ前ニアメジストノ指輪ヲ贈ッタ。  ソレハ覚エテイナイカ?」 「それは、これのことね……。」 (彼女は左手を差し伸べた。その細い薬指には、紫色の宝石が輝いていた。  俺は驚いて、その手をとって仔細に眺めた。  そこにはシェリーとマルス、二人の名前が克明に刻印されていた。  それを見た以上、もはや疑う由など全く無くなった。) 「ソウダ! ソレハ俺ガ買ッタ指輪ダ!  再会シタラ結婚シヨウト言ッテ渡シタヤツダ!」 「やっぱり……。これね、わたしが気付いたときには指に嵌ってたんだ。  だから薄々は思ってたの、このシェリーってのがわたしのことで、  マルスっていう人がいつか迎えに来てくれるんだろうって。  お義母さんは、そんなこと無いっていつも言うんだけど……。  あ、お義母さんってのは、今一緒に暮らしてるお婆さんのことね。」 (俺は嬉しさのあまり彼女に口づけをした。唇を開けて、舌を奥深くまで挿し込む。  彼女は一瞬躊躇ったが、直ぐに自分のも伸ばしてきて俺の舌と絡ませ合った。  その温かく柔かい感触に、俺は何とも言えぬ心地よさに包まれた。) 「ごめんなさい……貴方のこと、はっきりと思い出せなくて。  でも、こうして一緒に居ると、怖いはずなのに……貴方のこと他人とは思えなくて。」 (彼女は俺の胸板に手を載せた。そしてゆっくりと撫で回す。) 「この感じ……どこかで知っているような気がする。  頭ではよく判らないんだけど、体が覚えてるんだと思う。  きっと……貴方がわたしの運命の人……。  ねぇ、教えて……わたしと貴方、昔はどんなことしてたの……?  お願い……思い出させて。」 (彼女はそう言って、しなだれかかってきた。そしてその身を俺の腕の中に委ねる。) 「ソウイエバ初メテノ時モ、コンナ海辺ダッタナ……。」 (俺は彼女の着物を留める紐に指先を伸ばし、そっと服を剥いだ。  満月の光に照らされて、彼女の白い肌が浮き上がる。  俺は彼女が痛くないよう腕で抱えこみ、そのまま砂浜の上に押し倒した……。)