1.リリ side1 「金貨一枚か銀貨3枚。もちあわせがないならあとでもかまわん。」 そう言ったとたんフェイの瞳が大きく見開かれた。 頬に鋭い痛み。 口は悪いけれどけっして仲間に手をあげない、その男に頬を張られた。 わたしはリリ=フェムル。ナイトをやっている。 ここはジャグナー。昼なお暗いうっそうとした密林。 ここの一角にオーク達の拠点、ダボイがある。 もう冒険者になって何年たつだろう。当然レベルもそこそこになり ダボイは最近のわたしたちのもっぱらの修行の場だ。 今日でほぼ一週間、わたしたちは野営をくり返しつつ日々オークと闘っている。 これもまた日常だ。 たとえ血にまみれていようとも、自分の足でたてるのならこの日常の方がずっとましだ。 思い出したくもない過去からわたしを拾い上げてくれたのは 白魔道士のキュリリ。その種族柄みためはまるで子供のようだけれど私よりずっと年上だ。 『かわいそうだけれど、この世界では強くなければ自分を救えないわ。』 『だけどもしもあなたがここから逃げ出して強くなりたいと願うなら、わたしはそれを助けてあげられる。』 彼女が路地裏で私にそう微笑みかけてくれたその日から、わたしはずっと彼女といっしょにいる。 遠目に見ると彼女とみわけがつかない黒魔道士のオリルクロル。 男の子・・いや男の人なんだけどふたりがチュニックをかぶるとさっぱりみわけがつかなくなる。 わたしにはわかるが。もちろん。 オリルはキュリリのだんなさん。 しぶるオリルをキュリリが説得してくれて、わたしたちは3人でウインダスを出た。 最初はほんとになさけなかった。 わたしはなにもできなかった。 キュリリやオリルの小さな身体がボールみたいに空を飛んでも 泣きながらそれを見てるしかできなかった。 私一人がおめおめと生き残ってちいさな亡骸を二つ抱いて泣叫んで助けを呼ぶなんてしょっちゅうだった。 それでもキュリリは微笑んで許してくれたし、 オリルも『ばか!さっさとにげろ!ネコは素早いのだけがとりえなんだろ!』と 敵を足どめしては当然のように守ってくれた。 情けなくて情けなくて、ちいさな暖かい身体にはさまれて夜テントで眠る時も しょっちゅう泣いた。辛かった。 それまでとは全く違う意味で、本当に辛かった。 やがてわたしはナイトというジョブを選び、どうにかこうにか2人を守ることもできるようになった。 あの辛さからぬけだせるなら、種族特性的には不向きと言われるナイトを選択し、 鍛練する辛さなどないようなものだった。 きっとどれだけ強くなっても、わたしは、ずっとこの2人に頭があがらない。 頬を打たれて呆然としているところにやってきたのはオルネバン。 エルヴァーンの暗黒騎士。 ・・・わたしの客だった男。そしていうなればいまもわたしの客だ。 何の因果か固定パーティをくんでいる。 「くくっ。そうきたか・・・」 後ろから声が聞こえてさっと振り向くとオルネバンが木の幹にもたれ掛かって星の無い空を見てる。 「・・・のぞきみなんて趣味悪いな」 そういうと私にだけ見せる意地悪そうなアイスブルーの瞳で私を見る。 「ひとぎきわるいな。こんなところで痴話喧嘩してる方が悪い。キュリリが薪はまだかってじれてるぜ。」 「痴話げんかなんかじゃない」 そう返して彼の横をそっと足早にすり抜ける。 すれちがいざまぐっと手首を掴まれる。ひきよせられる。オルネバンの恐ろしいくらいに端正な顔がすっとちかづく。 「フェイのやつ、もったいねえことするな。金貨一枚じゃ安いくらいだっての。」 「よせ。」 鋭くそう言うとオルネバンはおどけたように手を離し、両手をひろげていう。 「へいへい、おそとじゃやらない主義ですからね〜?リリちゃんは〜」 睨み付けて無言でパーティのもとへ急ぐ。 「リリ〜!薪は〜?」キュリリがとびはねてせかす。 「とりあえず、これだけ。」いそいで集めた束を渡す。 「そろそろ一回ジュノに戻るか・・・。あったかい風呂に入りてえ・・・」 オリルがようやく火がついたたき火にちょこちょこと近寄りながらいう。 「オリルとキュリリのぶんだけなら用意できないこともないがな。」 いつのまにかもどってきたオルネバンが言う。 「やだよ〜。オルネバンのお手製お風呂はとげとかでてるもん。 できるくせにきれいにカンナとかかけてくんなくてさ〜、あとでちくちくする・・」 キュリリが口をとがらす。 いつもとおなじ、戦いのあとの安らかな休息の時間。 フェイがいない。もどってこない。 キュリリもオリルもフェイのことを言い出さなかった。 そのことを不思議に思う余裕もなかった。わたしはいつもより口数が少なかった。