モモトはミスラだ。だがウィンダスの出身ではない。言ってしまえば冒険者でもない。 戦争孤児と言えばそうなる。モモトは『宿』に身を置いている。もちろんただの宿ではない。 時として器量良しの戦争孤児を引き取り、仕事を与える。宿の利用者は冒険者から上流階級の貴族級まで。 仕事は『夜の相手』。ココは、ジュノにある所謂『高級娼婦宿』だ。 女達はこぞって歌や踊り、詩や音楽、上流階級の教養などを学んでは己に磨きをかけていた。 モモトもそんな者の一人だった。 けれどモモトは不器用で、他の姐たちが10出来ることのうち半分出来れば御の字と言うのが現実だった。 踊りや音楽はめっきりダメなモモトだったが、歌だけは人並みかそれ以上に出来た。 顔の良さも幸いして、客を取る事に苦労はしなかった。 しかし、ある日を境にモモトは客を取る事を渋るようになった。 「モートォー!あぁんた今日もお客取らなかったんだってェ?」 すらりとした長身の影がモモトの部屋に伸びた。 モモトの仕事仲間のエルヴァーン、ジェライだ。 「あぁんたねぇー、そんなコトしてるとストレの女将に追い出されるヨゥ?」 「ジェライー…ヒドイ事言わないでよゥー」 ひどく落ち込んだ声だった。 ベッドの上で枕を抱えてモモトはしょんぼりと肩を落としていた。 つかつかとジェライはベッドの横に立つ。 「ションボリしてもダァメ。今日だってアンタ指名されたんでしょ?なぁんで断るかなァ。」 勿体無い、とぶつぶつジェライは言ってベッドに腰を下ろした。 「だって、嫌なんだもん…」 「アンタ…自分のお仕事が何だかオカワリ?」 「オカワリじゃなくて、お分かりになってますよゥ…でも、でもォ…」 抱きかかえた枕に顔を埋めたモモトの表情はわからないが、しゅーんと耳が下を向く。 自慢の赤髪にかりかりと爪をたて、はぁーっとこれ見よがしにジェライはため息を吐いた。 「何があったの?言ってごらんヨぅ。」 ぴくぴくと耳が反応して、モモトがちらりと顔を上げた。 「……ジェライなら、分かってくれる…かな?」 ぽつりと呟いてモモトは枕を抱きなおした。 「話してごらん。」 ジェライはあやすようにその頭を撫でてやった。 「この間、冒険者のお客がいっぱい来たの覚えてる?」 「うん。馴染みの団体さんでしょ?」 「そう。それで、あの…アタシが相手したヒュームの人覚えてる?」 むう?っとジェライは首を傾げた。 「あの、金髪の、逆毛の……」 「あー、ちょっと抜けた顔したあの新人って子?」 「抜けた顔なんて言わないでヨ!ポアさん凄いカッコイイ人なんだから!」 その反応に、おやっとジェライは含み笑いをした。 「分かったわヨ〜。アァンタ、あの子にホレたねぇ〜?」 むぐっとモモトは押し黙った。 図星と見える。 「アンタねぇ…ホレた男が出来たからって、お客取らないのはマズくない?」 「でも!でも…ジェライは、思わない?あの人意外には肌を許したくないって…ほら、アルバカルロスさんとかに、思わない?」 その名前が出た事でジェライの顔色が変わった。 アルバカルロスと言うのは、エルヴァーンの男でジェライの特別な指定客だった。 「そりゃァ…そりゃ、アルは格別ヨ。こんなアタシの事本気で思ってくれる馬鹿はアイツくらいのもんだし…」 「同じ…おれは、ポアさんがすっごく、すっっごく…トクベツなの。  ポアさんね…次にもまた来るって。来て……おれの事指名するって…約束してくれたの。」 だから、それまで他の男に肌は許したくない、と。 「困った子ネ…」 苦笑してジェライはモモトの頭を撫でた。 「でもねモート…アタシたちココに居るにはお客取らなきゃならないわよね?」 うん、とモモトは小さく頷いた。 「ここで働いてなかったら、次にあの人達が来た時にどうするの?  アタシ達の事を想って来てくれたのに、アタシ達が居なかったら…あの人達悲しむでしょ?」 ジェライはモモト横に寄り添い、その肩を包むように抱き寄せた。 「だからね、アタシはアルの為に働くのヨ。アルが、また両手いっぱいの花束を抱えて、アタシを指名してくれる瞬間を待つの。」 抱き寄せられたジェライからは、微かな香の匂いがした。 「モート。アンタも、ポアってあの子を待ってみたら?  アタシ達は冒険者じゃないから、あの人達の傍にはいる事は出来ないワ。  だからこそ、冒険の後に安心して帰ってくる場所になって上げれれば…」 アタシ達、この人生冥利に尽きるでしょ?とジェライは笑った。 「うん……」 モモトが小さく頷いたのを確認して、ジェライは再びよしよし、と頭を撫でた。 何やら一階の方からばたばたと音がする。多分、また団体の冒険者が入ったのだろうか。 「ジェライ!!何処に居るんだい!?」 突然女将の声が宿中に響いた。いつも思うが女将の発声量には驚く。 「はっ…ハァーーイ!ココでェーす!」 ジェライは女将の声に負けじ劣らずの大声で返事をした。少しだけ、モモトは耳が痛かった。 「指名客だよ!」 あちゃア、とジェライは舌打ちして腰を上げた。 「そんなワケで、アンタも頑張りナよ。」 ちゅっとモモトのおでこにキスを残して、ジェライは部屋から慌しく出て行った。 キスされたおでこを撫でて、モモトはヨシっと気合を入れた。 宿の一階から、きゃあと言うジェライの黄色い声がした。 ああ、きっとアルバカルロスさんが来たのだろうと思った。 自分にも、早くその瞬間が来ないものか、と。 モモトはベッドから降りて窓際に座りなおした。 暮れていく日の色に染まったジュノの街はただ美しかった。 「モートぉー」 振り返ると、花束を抱えたジェライがアルバカルロスと腕を組んで戸口に立っていた。 「あ、やっぱりアルバカルロスさん来たんだ。」 良かったね、と言う言葉が、何故か喉の奥につっかえた。少しだけ、胸が痛かった。 「んふふ。じゃ、アタシ達は行くので…アンタも頑張りナよv」 はぁ?っと質問を口にするまもなく、シアワセいっぱいと言う風に二人はキスを交わしながら行ってしまった。 「んもぅ…見せびらかし何て……ジェライの…ジェライの……」 悔しくて、ムカムカと腹の底から悔しくて。思わず手元にぶつかった香炉を戸口に向かって投げた。 「バカーーー!!」 「うっあ!」 「へえっ?」 とモモトは戸口に立つ(香炉を見事キャッチした)人物にくぎ付けになった。 にっこりと笑ったその人は、モモトの手荒い歓迎を物ともせずに言った。 「エーと…まあ、その。アレだ。」 モモトは自分の体が浮くような感覚を初めて知った。 「ただいま。」 ただ、嬉しくてモモトの足は自然と駆け出していた。 「オカエリナサイ!」 笑ったポアはしっかりとモモトを抱きとめた。 幸せの瞬間は、意外と早く手に入るものだったりする。 そんな事を、二人は話して笑った。