花束 4 花火が上がり始めた。 フィルは噴水の縁に腰掛けてぼんやりと空に咲く大輪の花を見つめていた。 珍しく、失言をした。 ハナとエドの問題ではある,と思う。 いつかはぶつかったであろう、とも。 ただそれが思ったより少し早い時期で,自分がきっかけの言葉を投げてしまっただけで。 「…フィル?」 自分の名を呼ばれて振り返る。噴水の傍らにはエルヴァーンの女性が一人佇んでいた。 「エヴァ…どうしたの。」 「こういう機会でもないと家には帰らないから」 「誰かさんみたいなセリフだね」 彼女は頬に指を当てて溜め息をつく。 「エドほどじゃなくてよ…隣、いい?」 「はは、そりゃ失礼しました。どうぞ」 並んで腰掛けて、取り止めのない会話を交わす。 「フィル…元気ない?」 「そんな事ないよ?どうして?」 言ってから、エヴァはしまったと思った。 青年は少しも動揺することなくにこにこと微笑んでいる。 内面に踏み込まれるのをひどく嫌う男だから、自分を疎ましく感じたに違いない… 彼女の幼馴染や、いつもいっしょにいるところを見るけれど直接話した事のないタルタルの娘の様に もっともっと近くにいたい、そう思うのだけれども。 戯れに触れてもらっても、心は酷く距離を感じるのだ。 「わたしの…勘違い…かしら。ご、ごめんなさい」 「いや…うん、ありがとう」 銀の糸のような髪を、フィルの指が梳く。 掠めるような口付けを受けてエヴァは耳の先まで真っ赤になって硬直してしまった。 「お礼。」 いつもと違う、すこし寂しそうな微笑。 フィルは個人連絡用のパールで何か会話した後、ふと立ちあがった。 「エヴァ、待ち合わせあるから…行くよ」 「は…はいっ…」 固まったままだった彼女は、弾かれた様に立ちあがる。 仲間が見たら目を丸くするだろう。いつも毅然として大鎌を振るう美女が、ローティーンの少女の様にうろたえている。 雑踏の中に消えていく後姿を見送ったエヴァは、胸をぎゅっとおさえて大きな溜め息をついた。 *************************************************************** 「よ」 エルヴァーンの多い街でも、エドは大柄なのでよく目立つ。 しかも片手に眠るハナを抱き上げてるので余計すぐ見つかった。 「…ハナ寝ちゃったのか…」 「ん?ああ。ちょっと疲れてね」 ふーん疲れて、と面白そうにその顔を覗き込んだフィルは、ぽかんと口を開けた。 「エド…お前…」 「な、なんだよお前そんなサボテンダーみたいな顔して」 「…泣いただろ」 眼の縁が少し赤かったので、カマをかけてみたら 男はおもしろいくらい赤くなって怒鳴った。 「な…泣いてねーよバカ!」 その態度は肯定ですよお兄さん… 「うわーー俺も見たかったーーお前の泣き顔」 「うるせえっ」 「…はぅ…耳いたぁい」 余りの大声にハナがむにゃむにゃと呟く。 「もうそろそろ家だぞハナ」 「あ…そうなんだ…ふあ」 その会話をじっと聞いていたフィルはほっと安心したような、何処か寂しそうな複雑な表情を浮かべた。 「結局大丈夫って感じだな」 「…お前のお陰だ」 エドは横目でじろりとにらんでそれだけ答えると、照れくさそうにぷいと横を向く。 「まいったなぁ」 エドの肩越しにハナがぱたぱたと手を振っていた。 ***************************************************************** 家の玄関を開けたエドは露骨に嫌そうな顔を見せた。 ひょこ、と顔をのぞかせたハナが「あ」と小さな声を上げる。 「頭よさそうなエドだ」 「お、お前、失礼な」 「さすが未来のお姉様だ…!!」 エドと同じ髪と目の色を持つ青年が、オーバーアクションで感動を表現していた。 「見る目が違う」 さっと跪き、小さな手の甲に恭しく口付けをする。 「ひゃ」 「こら、おい、オスカー!」 「自己紹介が遅れました。僕はオスカー。よろしくお姫様」 「あ、ハナです。よろしくね」 別段狼狽えないハナは結構やはり大物だと、フィルはつくづく思う。 「不肖の兄がいつもお世話になっています」 「エドの弟さんなんだぁ…いえ、こちらこそお兄さんにはお世話になってます。」 似ている兄弟だが、弟の方が兄よりも幾分か顔立ちが優しい。 しばし見惚れていた(ようにみえた)ハナに業を煮やして エドは憮然とした声を出した。 「オスカー,お前どうしたんだよ…わざわざ出迎えなんて気持ち悪ぃな」 「どうもこうもないぞ兄さん。父さん攻略法を伝授しにきたんだぞ。」 「あ”?」 案の定長男がタルタルの娘を連れて帰ってきたと言うことで、 厳格な武人の父親は怒り心頭らしい。 「お祖母様や母さんの口添えで反対される事はないと思うけど、やはりあの人にはもっと柔軟になって頂かないとね。僕のためにも」 僕は吟遊詩人に成りたいんだ。とオスカーは真摯な瞳で言った。 「何だ、いい職業じゃねーか…でもまあ…親父は反対するだろうな」 「そこでだよ。父さんにはガツンときてもらわなきゃいけない。今までの自分の石頭が如何に愚かだったかって。」 オスカーはハナに何事か囁く。 ハナはふんふんと頷いて… 「うーん、がんばってみるね」 苦笑いしつつも、オスカーの案にのってみることにしたらしい。 リビングのソファーに、どっかりと座ってエドの父親は腕組みしていた。 怒りますよオーラが立ち上っている… 「父さん、ご無沙汰しておりました」 「…エドヴァルドか…そこに座りなさい」 父と息子は向かい合って座る。 背景がいつのまにか雷と虎と龍になっている。 「エドヴァルド…お前の連れてきたお嬢さんの事だが…」 「ハナの事ですか。…ハナ、おいで」 ドアの所にいたハナがとことこと歩いてくる。 こんにちは、ハナです。と、ぺこりと頭を下げた。 「いいお嬢さんだと聞いたが…しかし我が家は代々続く由緒ただ…」 「父さん!」 言い返そうとする息子を怒鳴りつけようとした男は、タルタルの娘と目が合ってしまった。 大きな瞳がウルウルと潤んでいる。 長い耳が、ちょっと垂れ下がっていて… 「由緒正しい武人の家で…その…」 黒魔道士で、しかもタルタルだなんてとんでもない。 誇り高いエルヴァーンの武家の名が廃る… タルタルの少女は、こちらを向いて可愛らしく小首を傾げて見せる。 「…ハナ、小父様のこと、お父様って呼んで良いですか?」 どうする〜〜〜♪ どこからともなくBGMが流れてくる。 「ぐ…ぐぅ…」 男の脳裏にぐるぐると映像が駆け巡る。 『お父様ー』『はっはっは ハナは本当にお父さんっ子だなー』 セルビナ海岸で走る二人。(この時点で相当おかしい) 『ハナ パパの事だーい好きv』 ほっぺにちゅうv 『こらこら、ハナやめなさい…』 妄想に敗北した男はがくぅと項垂れた。 「パ…」 「ぱ?」 「パパと呼びなさい…」 「はい、パパv」 「はふぅん」 「…おいなんだあのおっさんは。俺達の父親か、あれは。」 「…僕、ハナさんにはお父さんってよんでみろと言ったけど…正直あそこまで…」 「ハナスペシャルだ…必殺ハナスペシャルだ…」 部屋に一人戻ったハナが 「っしゃあー!」 と一人ガッツポーズを決めたことは誰も知らない秘密なのだった。 おわり へんなオチ・・