花束 2, ハナはドアノブに手をかける恋人をそっと見上げた。 いつもよりほんの少し表情が硬い。 重厚なドアをゆっくりと開いた彼に、先に入るようにと促される。 少し息を整え、足を踏み入れた。 「ただいま戻りました。」 「おかえりなさい!…皆様も遠い所をようこそ!」 ホールから続く階段の上にいたのはエドの母親だった。 便りが来てから待ちきれなくて、と嬉しそうに降りてくる。 「こんにちは、ご無沙汰しておりました」 「こ、こんにちは、はじめまして」 「まぁフィル、立派になって…あら、そちらの可愛いお嬢さんは?」 「彼女はハナ、ずっと一緒に旅をしている黒魔道士で…」 よろしくおねがいします、と、どぎまぎしながらお辞儀をしたハナの傍らにエドが片膝をつく。 そっと彼女の肩を抱き寄せて青年は言葉を続けた。 「俺の一番大切な女性です。」 ************************************** 「はぅ」 リビングでハナは頭を抱えた。 予想通りの反応だったのだ… エドの母親は文字通り卒倒してしまった。 「ハナ」 フィルは彼女の前にしゃがみこみ、心配げに彼女を覗き込んだ。 「あたし…嬉しいの、フィル」 「うん」 「…だって、エドがあたしの事あんな風に紹介してくれると思ってなくて」 「…そうかな?俺には想像出来てたけど。」 ハナはあいつの事まだまだわかってないなぁ。 ちゃかすような声音にやっと笑顔がこぼれた。 ぽんぽんと頭を撫でて青年は隣に腰掛ける。 「でも、不安?」 「うん…だって、ねぇ。どうしたらいいのか…」 「ま、オフクロはなんとかなるとおもうよ。親父よりは」 さらっと余計不安になるような事を言いながら、ドアを開けてエドが入ってきた。 ソファーに腰掛け、執事が淹れてきたサンドリアティーを受け取る。 「子供に手ェ出したかと思ってビックリしたんだってさ。」 「それはまぁ…仕方ないっていうか…うん。」 「お前に直接謝るって言って聞かなかったけど…少し休んでからって事にさせた」 「ほぉ、お前にしちゃあ良い判断じゃないか」 うるせーな、と相棒を睨みながらティーカップをあおって中身を飲み干した。 「まぁ、なんとでもなる…ごちそうさま。爺の茶は相変わらず美味いな」 カップを受け取った初老の男性は有難うございます、と優雅に一礼する。 「坊ちゃま、旦那様の事ですが」 ぼぼぼぼっちゃまですって! 色々ツッコミを入れたいハナであるが、ここはじっと我慢。 「いい加減坊ちゃんはやめてくれよ…俺はもう24だぞ…で、親父がどうした?」 「大奥様が先日療養先から戻られました。旦那様にお話なさる前にお会いすればよろしいかと」 「何だ、お祖母様こっちにいらっしゃるのか。じゃー話は早いな。」 「あ、あのーぅ」 おずおずと口を挟む。 「病み上がりだったら余計ショック与えちゃったら悪いんじゃないの?」 「あぁ、絶対大丈夫あの人は。お前も会えば判るよ。なあフィル。」 「そうだね、中々の女傑だし…何て言うかな、物の本質をみるっていうか…  なによりもハナがタルタルだとか、そういうのは気にしないと思う」 中身勝負とあらば言い訳は出来ない。ハナは腹を括ることにした。 「じゃあ、ご挨拶させて」 「俺は後で伺うから、まず一緒にいっといでよ」 フィルはティーカップ片手にひらひらと手を振っている。 …鋭すぎて3人きりじゃ会えないな… 彼はぽそりと呟いて、薫り高いサンドリアティーを口に含んだ。 マホガニーの重厚な扉をノックする。 エドが名乗る前に、女性の声が中から返って来た。 「お入りなさい、エドヴァルド」 「…はい」 ハナはローブの裾をにぎって深呼吸する。 青年と一緒に部屋に入ると、そこには椅子に腰掛けた老婦人の姿があった。 「…お祖母様、お身体の方は如何ですか。」 「少し風邪を引いてしまって。でもセルビナは暖かくてすっかり良くなったわ。」 「それは…良かった。」 安心していたのか少し堅かったエドの声が柔らかくなる。 「実は、紹介したい人がいるんです。…ハナ。」 「初めてお目にかかります。ハナと申します」 丁寧にお辞儀をして、ハナは婦人の目から光が失われている事に気付いた。 「こんにちは、…もし宜しかったらお顔を良く見せて下さる?」 「ええ、喜んで」 老婦人の手が幼い頬に触れられる。 …あぁ、この人、魔道士なんだ… 同じ魔道士なので判る。彼女の手から伝わってくる魔力はとても心地よいもので ハナは不思議なほどリラックスして目を閉じた。 その様子をじっと見守っていた青年が口を開く。 「お祖母様、俺は彼女に剣を捧げました。」 「そう…そうなの…ありがとう、ハナさん」 彼女は満足げに頷き、小さな手を握って礼を言う。 「エドヴァルドを宜しくね、この子をどうか守ってあげて。」 「はい、もちろん!」 「え…俺が守られる方ですか…!?」 ええそうよ、と楽しそうに笑う。 「私はね、貴方には少しお姉さんで包容力がある女性が似合うはずと思っていたのよ」 「あれ、ハナが年上ってよく判りましたね」 「うふふ、目が見えないと替わりに色々な物が見えるようになるの」 ハナの精神が成熟した女性のそれだと、老婦人は見抜いていた。 「貴女のような女性に剣を捧げる事が出来たなんて、騎士として本望ね」 そこまで褒められるとさすがに照れ臭い。 ハナは首をすくめて擽ったそうに笑った。