花束 1 冬の寒さも一段落したある日のジュノ。 雑踏の中を一人の娘が両手に荷物を抱えて早足で歩いていた。 名前はハナ。タルタルの黒魔道士である。 小柄な彼女は蹴飛ばされずもせずひょいひょいと人ごみを縫っていく。 レンタルハウスに着いて軽くノックすると これまた大柄な青年がドアを開けて出迎えてくれた。 「ただいまぁ」 「おかえり…お前何そんなに買ってきたんだよ」 彼は屈んで袋を受け取り、中身のカザムパインをみて苦笑いした。 「こらまた沢山買ってきたなぁ…何本分だよ」 「下層で特売やってたから…エド、お願い」 「しゃーねーな…とりあえず一本作ってやるからちょっと待ってな」 エドと呼ばれたエルヴァーンの青年は ハナの赤い髪をくしゃくしゃと撫でて、その額に軽くキスをしてやる。 返事代わりに背伸びしてフレンチキスを返した彼女は、 リビングの咳払いにぎょっとして振り返った。 「うわ、フィル…き、来てたの!?」 「来てたよ…酷いなハナ…俺、傷ついた…」 ソファーに腰掛けたヒュームの青年は、あぁ、と大袈裟に顔を覆って見せる。 ハナは慌てて青年…フィルの元に駆け寄った。 「違うの!ごめん、あの、びっくりしちゃって」 「あはは、冗談だよ。でもハナが甘えてるの可愛くて俺焼き餅やいちゃった」 ひょい、と抱き上げて膝の上にのせる。 小さな身体の彼女は仲間内でも良く抱き上げられたりするので別段うろたえもせず 君って睫毛で風が起きそうだねえ、などと言いながらフィルの前髪をつまんだ。 うろたえているのはキッチンに引っ込んでいた青年のほうで エルヴァーンとは思えないAGIを発揮して相棒の手から少女を奪い取る。 「あ…何するんだよバカ…」 「バカって言うな!そりゃこっちの台詞だバーカバーカ」 …騎士道って何だろ… 毎度毎度の事ながらフィルは思わず遠い目をしてしまった。 気を取りなおしてソファに腰を落ち着ける。 「そういえばエド、いきなり呼び出して用事って何だよ」 「あぁ、そうそう。あのさ、お前らサンドリアいかない?」 サンドリアの女神教会で、数年に一度の祭りがあるという。 荘厳で重苦しいかの国も各国から人が集まって華やぐらしい。 「行く!行きたい!お祭りなんてあったんだぁ…知らなかった」 「まぁ最近獣人の動きも落ち着いてるし、たまにはのんびり旅行もいいかもね」 「ユグホトの温泉いきたいな〜あ、水着買いにいこっかな」 「ハナはかぼちゃパンツ一丁で十分だろ。ぺったんこなんだから。」 モグハウス内にゴスっという鈍い音が響き、 居間には向こう脛を抱えて蹲るエドと、天を仰いで溜め息をつくフィルの姿が残された。 *********************************** 「うわー混んでる」 サンドリアのレンタルハウスはどこも混雑していた。 観光シーズンなので仕方がない。 手続きの列に並ぼうとしていたハナの襟元を、空からにゅっと降ってきた手が掴む。 「ぎゃう」 「またそんな声を出す…おい、フィル、手続きいらねーぞ」 俺の実家そこだから、とさらっと言われ、 拾われ猫のような格好のまま彼女はあんぐりと口を開けた。 「え…?」 「ちょっと堅苦しいけどここよかましだろ」 まままままーーじでーーーすかーーーーーーーー ハナはだーーっと涙を流した。 無神経だ、この男はあまりにも無神経だ。 二人は種族差を越えた恋人同士である。 彼氏の実家に行くと言う事はそれなりに心の準備がいるもので… ああ、でも。やっと地面に下ろされた彼女はふと我に帰った。 タルタルの外見は子供の姿である。 実際はエドよりも年上だが、幼い仲間と言ってしまえばそれまでだ。 …まぁ、言わなきゃわかんないか… 安心より、寂しい気持ちの方が先に起こってしまう。 でも、仕方ない。堅苦しい家風だと彼は言っていた。 恋人がタルタルだなんて知ったら卒倒されてしまうだろう。 これでいいんだ、と彼女は自分に言い聞かせてきゅっと唇を噛んだ。 フィルの手が、ぽん、と頭の上に乗せられる。 一瞬俯いて…すぐさまハナは明るい表情で顔を上げた。 「じゃあ、行こっ!手土産なにがいいかなぁ?」