「絶対謝んない!私絶対間違ったこといってない!!」 「おい、まてよ!」 走り去るミアを静止しようと手を伸ばし、ルーウェンは声をあげた。しかし彼女は止まらず、 そのまま雑踏と喧騒の中へその姿を消していった。  残されたルーウェンと、大きな瞳に涙を湛えたエネミは、何も口に出せずただただ彼女が消えていった 人ごみを眺めるしかなかった。  前に向かって伸ばしていた手をだらりと下ろし、多少うつむき加減のルーウェンはさっきまでミアが 座っていたベンチに力なく腰を下ろす。 「ごめんなさい・・・私が・・・」 対面するように座っていたエネミが小さく震えた声でそういったのが聞こえた。 「・・・君のせいじゃない。」 目を合わせようともせず、蒼天を見上げる。 「でも・・・・・叩くこと、なかったと思います・・・」 空を見上げていた彼はゆっくりとエネミの顔を見つめる。見られるのに気がつき、彼女は一層うつむいてしまった。 「すいません、私・・・かばってもらったのにこんな意見なんかして・・」 「いや・・・その通りだしな。別にかばったつもりはないが。」 「でも・・・」 一瞬の沈黙。そしてそれを破ったのはルーウェンのほうだった。 「体のほうは大丈夫?調子は戻ったのか?」 遠いところにいるせわしない人々を何気なく見、ただ言葉だけを彼女に向ける。 「え・・あ、はい。もう大丈夫です。・・・昨日はありがとう。」 「メンバーのサポートをするのが、同じパーティっていうものだろ。当然だよ。」 「・・・はい」 でも、それで迷惑をかけてしまった。それが申し訳ないと思っているのに、また気を遣わせてしまった。 (なんでこう、ダメなんだろう・・・私は・・・) 心の中でそう呟く。それが態度に表れたのか 「気にしてない。だから気にしないで。」 さっきからほとんど首も体も動かさず、ルーウェンはそう言った。 「はい・・・ごめんなさい・・・」 「・・・すぐ謝るクセみたいなの、直したほうがいい。」 「あ・・・ごめんなさい」 「ほら、また。」 「・・・・・」 エネミは押し黙った。彼は相変わらず、雑踏の往来を見るともなしに眺めていた。  どのくらい沈黙が続いたのだろう。1分。いや10分。それ以上かもしれない。時間がいやに長い。 その間、やはりエネミはうつむいたまま、そしてルーウェンは遠い目をしたままだった。  ふいにルーウェンの体が動く。さっきまでまるでそっぽむいていた彼は彼女に向き直った。 「その、なんだ。ミアのことは・・・許してやってくれ。」 ぱっとエネミは顔をあげたが、正面からじっとこちらを見るルーウェンの顔を確認するとまた少し うつむき加減になる。 「いつもは、あんなこと言うやつじゃないんだ。きっと・・・気分屋だから、どうかしてたんだと思う。」 「・・・はい。」 真剣に詫びる彼をちらちらと覗きつつ、彼女は頷いた。 「・・・やっぱり、優しい方ですね、ルーウェンさん・・。」 「いや、買い被りすぎだよ。」 「いえ、すごく優しい方です。でも・・・。」 それが仇になっている・・とは言えず彼女は口を閉ざす。  皮肉なくらいに真っ青な空に点々と白い雲が流れる。絶え間なく形を変え、速度を速め、遅め。 人の気持ちも、本質ではその雲と似たような物。ルーウェンはそう認識している。掴めないもの。 留まることを知らず常に変化し続けるもの。普遍でないもの。  しばらく二人はなにも話さずにいた。それがどのくらいの時間なのかは分からない。南中近かった太陽は 既に西側に傾きかけ、青かった空に橙色の絵の具を混ぜ始めた。  ルーウェンは無言で立ち上がると、エネミに向かい、 「それじゃ、俺はそろそろ。」 と、それだけを言って歩を進め始めた。  そのとき、彼の前方から一人の女性がこちらに向かってくるのが見えた。リィスだ。どこかにいって来たのか 腰には帯剣を差している。  彼女はルーウェンの前で立ち止まる。いつもと違う、穏やかならぬ顔つきだ。 「ルー、ミアは?」 「・・・さぁな。」 ルーウェンは彼女から目を逸らし、そっけなく答える。  すると次の瞬間、リィスは右手を腰の帯剣に掛け、シャンっという金属音と共に抜き放つ。 と同時に突きの構えを取りルーウェンに襲い掛かる。  あまりに咄嗟だったが、彼は護身用にといつも持ち歩いているバゼラードを腰の後ろから抜きさり、 何とか彼女の切っ先を逸らす。しかし力が違う。 切っ先はかわしたがそのまま体当たりされ、すぐ後ろの壁に叩きつけられた。 「なにを・・・!」 声をあげようとしたが、その一瞬に刃はルーウェンの喉にピタリと当たり、冷たい感覚が全身をよぎる。 「・・・・ルー、あなたミアに何をいったの」 刃を首に立てたまま、静かだが怒りに満ちた声で彼に問う。 「あの娘、泣いてたわ。・・・あなたでしょう?」 「・・・・・・・」 「ミアを泣かしたら許さない。そう言ったの覚えてるでしょう?」 「違うんです!やめてください!ねえ!」 泣きそうな声でエネミがリィスを静止しようとする。しかし彼女はたじろぐ事などなく続ける。 「答えて。」 「私が悪いんです!ルーウェンさんは悪くないんです!だからやめてください!」 叫び続けるエネミ。沈黙のままのルーウェン。そして、まるで獣人と対峙しているときのような 冷たい目をルーウェンに向けるリィス。 「あの娘は・・・人一倍寂しがりやなのは知ってるんでしょ?なんで・・・なんでもっとちゃんと掴まえててあげないの?  ・・・・・・もういいわ。」 首筋から剣をゆっくりと離し元の鞘に収める。ルーウェンは反らされていた体を直立させ エネミはへろへろとその場に座り込んでしまった。 「・・・・すまない。」 彼はそういった。 「私に謝っても仕方ないでしょう。・・・直接言いなさい。」 彼女は頭を下げている彼に背中を向け、淡々と答えた。 「あぁ。」 「それと・・・」 振り向きもせずリィスが言う。 「弟が、来てるわよ。」 その言葉に、驚いた顔をするルーウェン。 「ラインハルトが・・・?」  それから暗くなるまでの間、ルーウェンはミアを探していたが、結局どこにも彼女の姿はなかった。 (レンタルハウスにもいない・・どこいったんだ?) 他に思い当たる場所もなく、人でごった返している下層の競売前やル・ルデの庭、静かな上層そして飛空艇にのる 人が賑わう港。はたまたクフィム島の入り口まで足を伸ばしたが、彼女の姿は、ない。  途方に暮れ、疲れた足で広い広いこの公国を歩き回り、気がつけばもう街灯が石造りの街路を照らし空には月と星がのぼっていた。 彼は肩をすくめ、居住区にある自分の部屋へと消えていった。  次の早朝。あまり寝つきがよくなかったルーウェンはドアをノックする音で目が覚めた。 (誰だこんな早くに・・・) ふてぶてしい顔でベットから這い出て、ドアを開ける。するとそこにはエネミがいた。 「あ・・・こんな早くにごめんなさい。お、おはようございますっ」 深々とお辞儀をする彼女。どうしてこんなはやくに?とルーウェンは問う。 「ミアさんに・・・謝りたくて」 「いや、だからそれならどうして俺の部屋に?」 「私、彼女のこと全然知らないから・・・」 そういってうつむく。それに・・・。彼女は続けた。 「一緒に、いてほしいなって思って・・・。あ、でもこれじゃ・・・同じですよね・・・」 ルーウェンは何か考えている様子で、少しの沈黙の後口を開いた。 「一人で探すより、二人のほうがいいかもな。まぁ君は謝らなくていいと思うけど。」 「え、あ・・・ありがとうございますっ」 何度もお辞儀する彼女を尻目に彼は、寝巻きから着替えるために部屋に戻り、数分でドアから出てきた。 「じゃ、行こう。」 「はい!」 やたら元気になったな。ルーウェンは心の中でそう思った。  居住区は広い。世界中の冒険者が利用する上、一般市民の貸し住宅なども兼ねているため、相当の部屋数を誇る。 その居住区をしらみつぶしに探していく・・・なんて途方もないことは当然できるはずもなく、 ミアの部屋を確認し、中にいないと分かってとりあえずは街にでようと通路を歩いていく。 「普段ミアさんは一体どういうところにいるんですか?」 「こんな朝っぱらから街にいるとは考えずらいけど・・・部屋にいなかったからな。他に当てがない。」 前をいくルーウェンの後をそろそろとついていくミア。  ある一角に差し掛かったとき、急に目の前のドアが開き、中から人が飛び出してきた。 「うわっ」 思わずルーウェンは声をあげた。 「あ・・・・」 飛び出してきた側は、驚いたような声を小さく出し彼と、その隣にやってきたエネミを見る。 「お、お前どうしてこんなところから・・・」 飛び出してきたのはミアで、あまりに唐突なことだったので二人とも彼女を探していたことを忘れたように 唖然とする。 (ミアの部屋は・・あっちじゃなかったのか?) 疑念を抱き、ドアにかかる表札を覗こうとすると、そのドアの奥から背の高い影が出てくる。 「おや・・・やぁルーウェン、久しぶりだね。」 長身のエルヴァーンである彼ラインハルトは、ルーウェンを見下ろしにやりと微笑む。 「あぁ・・・」 明らかに不快な顔をする彼にエネミと、そしてミアは驚きを隠せないようだ。  ラインハルトはその目をルーウェンの隣、すなわちエネミに向き直し、 「しばらく見ない内に・・・大分お盛んなんだね。」 その視線に気づき目を下に向けるエネミ。 「そんなんじゃない。」 怪訝な顔でそういう彼の右手は硬く握られていた。  そんなやり取りが続き、二人が交際をしているという事実が明るみに出る。そしてラインハルトが放った言葉。 そしてそれに対するルーウェンの態度。尋常じゃない。隣で体を硬くしていたエネミはそう感じていた。  彼らと別れた後、ルーウェンは何を言っても上の空で、結局ミアに謝ることも、まともに話をすることも 出来ず、落ち込みやすいエネミはさらに落ち込んでしまっていた。  上層に出ると、大雨が降っていた。暗い空から流れ落ちる大量の水がざぁざぁと音を立てて 石造りのジュノをぬらしていく。もちろん人影は、ない。  ルーウェンは雨のジュノを走りぬける。 「ちょっ、どこに行くんですか、こんな雨の中!」 頭を両手で覆いながら彼についていく。そしてついた先は、ジュノ大聖堂だった。  大きな扉を開け、荘厳な雰囲気の聖堂を、濡れた格好のままで歩く。そして渡されたタオルで顔や髪を拭くこともせず ルーウェンは献身な祈りをささげる様に跪く。それを、邪魔しちゃいけないと悟ったのか、少し離れたところで その後姿を見守るエネミ。  長い祈りが終わり、彼は立ち上がると手に持っていたタオルで髪の毛についた雨粒を拭き取った。 「日課なんだ。毎朝来てる。」 「そうなんですか。」 何に祈りを捧げたんですか?そう尋ねると 「・・・アルタナの女神と、その元へ旅立った妹へ。」 哀しい顔をする彼を見て、聞くんじゃなかったと後悔する。 「少し腹が減ったかな。朝食でも食べよう。」 ふっと振り払うようにエネミのとなりをすり抜け、扉を開き、雨の街を再び走りぬけ二人は下層へ向かった。  下層にある軽食店で軽い朝食をとり、二人は再びミアを探し始める。この雨だ。行動範囲はそんなに広くないはずだ。 が、その期待は裏切られ、いつまでたってもまったく見つからない。二人は途方にくれてしまった。 「くそ・・・どこいるんだよ・・・」 イライラが募り悪態をつく。 「すいません・・・」 「だからそのクセ直したほうがいいって・・・」 「う・・・」 すぐに謝る彼女に対しても、多少の苛立ちを隠せないほど余裕がなくなっている。 「すこし休もう。」  居住区の一角に設けられたスペースに体を休める空間がある。そこのイスに腰掛け、歩き回って疲れた足を休ませる。 二人は大きくため息をつき、何も話さず静かに時が流れた。  そして今度はエネミのほうが口を開く。 「あの・・・今朝教会で言ってた・・・妹さんって」 (う、また私ったらでしゃばって・・・) 言った後に後悔しても仕方ないのだが、少しだけ自己嫌悪。 「・・・・・」 そしてルーウェンは無言だった。 「無神経でした・・・ごめんなさい」 しばしの沈黙。 「・・・・そういうことは、ミアさんには話したりしてたんですか?」 ふっと彼の目だけがエネミを見据える。 「なんで?」 「いえ・・・なんとなく・・・」 俯いたままのエネミに遠くを見ているだけのルーウェン。気まずい雰囲気が漂った。  「ルーウェンさん。」 「ん?」 三度沈黙を破ったのはエネミのほうだった。 「こんな時、こんな事聞くのは・・・どうかとおもうんですけど」 ごにょごにょとうつむいたまま言いづらそうに彼女はいう。 「ミアさんとは・・・付き合ってた・・・んですか?」 「・・・・いや。そういう関係じゃない。」 「じゃあ・・どうしてそんな一生懸命になってるんですか?昨日のあれだって、彼女のことを思ってのこと・・」 「別に理由なんてないだろ。大切な仲間だ。」 「それだけ・・・ですか?」 「何が言いたい?」 煮え切らない彼女の問いに、苛立ってルーウェンは少し強い声で言った。 「ご、ごめんなさい・・・ただ・・・」 何か言いかけ、再び黙ってしまった。そして何かを決めたような顔つきになり俯いていた顔をあげルーウェンに向き直る。 「・・・私じゃだめですか?」 「は?」 あまりに予想もしていなかった問いに、呆けた声をあげる。 「私じゃ・・・ミアさんのかわりになりませんか?」 「何を言って・・・」 「私!・・・・あなたのことが・・・好きです。」 彼女の顔が紅潮する。 「この前、一緒にパーティ組んだ時から、あなたのことが・・・・」 「まだ会って3日だ。」 「そうですけど・・・」 顔を赤くして必死になって気持ちを伝えようとする彼女を、軽くあしらうように彼はこういう 「君の、その気持ちはきっと恋愛とは違うものだよ。なんていうんだろうな。俺が優しくしたとか、そう感じているみたいだし  それにあんなことがあった後だから混乱しているんだ。それは一時的なものだから俺はそれに答えることは・・・」 「自分の気持ちぐらい!・・・分かってるつもりです。」 震える声を張り上げる彼女。それを聞いて少し呆れた顔をするルーウェンはさらに続ける。 「恋愛ってそんな昨日今日だけで起こりうるものかな。」 それを聞いて、エネミの中で何かが弾けた。 「昨日とか今日とか、そんなこと関係ないっていったのはあなたじゃないですか!」 「いや、それはたとえが違う・・・」 「違わない!私は、あなたが好きなんです!好きです・・・お願い、ちゃんと聞いてください!」 「その気持ちには答えられない。」 目を合わせないように、すがる様な目で自分を見つめる彼女をなるべく突き放すような冷たい声でそういった。 「どうしてですか!?他に好きな人がいるんですか?それは誰!ミアさんなんじゃないんですか!?」 「少し落ち着け。」 興奮した彼女を落ち着かせようとたしなめる。 「こっちを向いて・・話してください・・・」 声が今にも泣きそうだ。  ルーウェンは大きくため息をつき、彼女のほうに顔を向ける。すると次の瞬間 「ん・・・!」 エネミの唇が彼の口塞いだ。押し倒される形になり、床に倒れこむ。  数秒の間、呆気に取られ硬直していたがすぐに我に返ったルーウェンはエネミの顔を振り払った。 「何を・・・」 離れた彼女の顔は、涙でくしゃくしゃになっていた。 「・・・好きなんです・・・どうしようもないほど、好きなんです・・・」 鼻のかかった声で何度も彼の体の上でそう呟く。 「お願いです・・・お願い・・・」 涙がルーウェンの顔に一粒落ちる。沈黙の中、雨の音だけが妙にはっきり聞こえていた。 マダツヅキマス  @ナ梨