「よし!!今日はもう、やめだ!!」 昼下がり、たまには良いだろうと徒歩でコンシュタット高地を移動していた僕の耳に、唐突に そんな声が届いた。 何だろうと振り向くと、少し離れたところで、女の子が重そうな鎧をガチャガチャと脱いでいる。 面具。鎖帷子。篭手。股当。脛当。ただし重そうな鎌だけは手離さないようだ。 僕は立ち止まった。 −挑発! ポイズン!      ドレイン!      ぴょんぴょんと駆け回ると、たちまち何匹もの蜂が彼女に群がってくる。 危ない!いや、わざと? わざとかよ! ここで彼女はキョロキョロと周りを見渡す。僕と目が合った。 良くないぞ、という表情を作ってみせると、少女はしゅんとした顔で両手鎌を下ろした。 しばしの沈黙。 ちくちくと、彼女は刺されるがままで居る。 僕は素早く辺りを見回した。 レベル上げ目的の冒険者は、とりあえずここには居ないようだ。 ああ、まあいいよ。やれば? 彼女はパッと顔を輝かせ、ざっくざっくと蜂を狩っていく。僕はデムの岩の下へ行き、 少し休もうと腰を下ろした。 「えへへ〜〜〜、さっきはどうもー」 うとうとしかけていたところを起こされ、僕はああ、と短く返事をした。 ぴっかぴかの笑顔と、手にはいくつも壺を持っている。 「蜂蜜大好きなんだ。私。でも狩りの最中は食べられないから、ずっと我慢してたの」 「・・・ああ、そうなんだ」 そのあと、多少申し訳なさそうな顔になり、 「・・やっぱり良くないよね、ああいうの・・・」 「んーまあ、人の居ないところなら良いんじゃない?」 すぐに元に戻った。はじめから責められないとわかっている様子だ。 「ありがとう!!それじゃね!」 僕は頭を下げて目を閉じた。少女の脚がととととっ、と妙な動きをする。それだけが見えた。 ぶしゃっ。 「ハッ!?」 その音で、突然頭がクリアになった。 周囲には甘ったるい匂いが立ちこめている。 「・・・・・・・・」 少女が体を起こした。 身体中に、リンク狩りまでして手に入れた蜂蜜をかぶっている。 「・・・・・・・・」 僕も無言だった。 彼女は、驚きすぎて動けないといった風情だ。 僕も、可笑しいはずなのに笑わず、 気の毒なはずなのにハンカチ一枚渡さず、ただ見ているだけだった。 黙っているうちに、蜂蜜がどんどん垂れてきた。 金色の液体が、糸を引いて顎から落ちる。 鎖骨から胸元へ、みぞおちから臍へと吸い込まれる。 鼻の頭から、ひとすじ、また流れた。 ぺろっと出した舌がそれをすくい取った。指先についたものも口に入れる。 彼女と目が合った。 「・・・・・・・・・・・・・・食べる?」 つやつやとひかる指が、僕の目の前に差し出された。