私の名はロバート・クロフォード。 サンドリアでは屈指の財閥であるクロフォード家の15代目の当主である。 ここでクロフォード家について説明をするのが正しい順番のはずであるのだがどうやら長いらしいので割愛させていただく。 「まったくー!腹が立つったらないわー!」 勢い良くドアが開いたかと思うと、頭のてっぺんから突き抜けるような声が聞こえた。 声の主は私の妹クリスティーナである。 「落ち着いて、クリス。ね?」 少し遅れてもう一人の女性の声。 ミズキ。私の弟子でありパートナーであり、そして恋人である。 二人は少し前、新しいミッションを受けに、ゲートハウスまで出かけていった。 そろそろ帰ってくる頃だろうと思っていた所のあの奇声だ。 私は本を閉じて立ち上がった。 「落ち着いて、クリス。あぁは言われたけどちゃんとミッションは受けられたんだし・・・。」 ドアを開けてリビングへ行くと、ソファに寝そべったままこれ以上ないくらいにほっぺたを膨らまして憤慨しているクリスと、 困った顔で彼女をなだめているミズキの姿があった。 「どうした?さっきから騒いで。ミッションは受けられたのか?」 私が声をかけると、クリスは立ち上がって大げさに手をばたばたさせて見せた。 「ちょっと聞いてよ!もう・・・もうもうもう腹立つったらないわよ!」 「落ち着け。」 私はソファに腰を降ろすと、執事が運んできたサンドリアティーを口に運んだ。 「これが落ち着いていられますかっての!」 「クリスぅ・・・」 ミズキは困ったように俯いて、ローブの裾をもじもじさせた。 「ミッションは受けられたのか?ミズキ」 「あ、ハイ。クリスと一緒にセルビナにいく事になって。」 「ほぅ。どんな内容だ?」 「ハイ。えっと・・・」 最近バルクルムで、海水浴客を狙った窃盗が相次いでいる事。ケガ人等は出ていないが犯人はまだ特定できていない―。 ・・・らしい。 「そうか。お前はまだそんなにミッションもこなしていないだろう。しかし事件である以上は油断してはいけない。 よく覚えておきなさい。」 「ハイ。」 ミズキが少し緊張したように頷く。 「みんな最初は小さなミッションをこなして、重要な仕事も貰えるようになる。 一人前になるのに苦労を惜しんでいてはダメだぞ?」 「ハイ。」 「がんばるんだよ、ミズキ。」 「マスター・・・」 そっと手を握ると、ミズキがうるうるした目で私を見上げる。か、かわいい・・・。 「ちょっと待てや!オッサン!」 ミズキと見つめ合っていると、いきなりきゅっと耳を引っ張られた。 「あいたた・・・」 「無視ですか?あたしは無視ですくゎー?」 クリスはぷんぷん怒りながら腕組みをした。 「ほら、日頃のクセでつい、こう・・・」 「なんですとー?!」 クリスは額を押さえ、ふらふらしたかと思うと、そのまま背を向けるようにしてバタッとソファに倒れてしまった。 「あ、クリス?だ、大丈夫?!」 「ほっとけ。」 「るーるーるるる〜。」 「どしたの?クリス。」 「いつものアレだ。」 「森のぉ〜キぃノコはぁ〜、ひーとりーぼっちなの〜。るるる〜」 ヘンな自作の歌をくちずさんでいる。クリス流の現実逃避らしい。 「らーらーらーらー、ロンフォぉルの森のぉ〜、キぃノコは〜。るるるる〜」 「・・・あー、もう!わかったわかった!ゲートハウスには私から言っておく。」 「キぃノコのとーもだちぃ〜、カブト虫くん〜、ららら〜」 「そ、その・・・私の・・・か わ い い 妹 を侮辱するなと言っておくから・・・」 「・・・・・・」 「クリス?」 「・・・・・・・・・」 「ちゃんと言っておくから!」 「・・・・・・・・・・・・ぐぅ。」 「お、おねむですか・・・。」 「なんタル事だ・・・」 私は岩場の陰からひょこっと顔を出した。 バルクルム砂浜のそこここで、水着姿の若いカップルが夏を満喫している。 「違う・・・違う・・・こんなのバルクルムぢゃないッ!」 私は悔しさに涙しつつ唇を噛んだ。 私がSJ取得に明け暮れていた頃のバルクルムは今とはもっと違う場所だったはずだ。 くる日もくる日もカニと戯れ、魚のジェットで瀕死になり、ゴブ列車に追いまわされ、ボギーに怯え、トンボの毒にまみれ・・・ あの頃は、冒険者にとってここは修行のために一度は通らねばならぬ過酷な場所であり神聖な場所だったはずである。 魚の取り合いで、いつ隣のPTとバトルが始まってもおかしくない、そんな殺伐とした雰囲気がいいんじゃねぇか 女子供はすっこんでろ!みたいな、そんなステキな場所だったのに・・・。 「それなのに・・・なんタル事だ・・・くぅッ」 そんな事を考えながら唇を噛んでいると、ふいに私の足をなにかがツンツンとつつくものがあった。 「ん・・・?」 見回してみたが、まわりに人影はない。 ツンツン。 「ここだよぅ〜」 声がして見ると、私の足元にちいさなタルタルの女の子がいた。ツインテールの茶髪をしている。 「おいちゃん、こんなとこでなにしてるの?」 タルタルはまんまるい目をぱちぱちさせて私を見上げていた。 「おいちゃんじゃない。お兄さんといいなさい。」 「なにしてるの〜?」 まわりを見渡してみたが、タルタルらしい親子連れの姿はない。 「ねぇねぇ、なにしてるの〜?」 「お兄さんは大事なミッションの最中なのです。」 「ミソ?なにそれ?」 「ミソじゃなくて、ミッション。」 「ミソ〜ン?」 「いあ、そうじゃなくてミッション。いいですか?ミッショォン」 「ミッソ〜ン」 「そうじゃありません。ミッショォオン。はい一緒に。」 タルっ子は神妙そうな顔で一緒に発音していた。 「ハッ!こんな事をしている場合では・・・」 私は双眼鏡を覗き込んだ。ミズキとクリスの姿を探す。 あれからしぶしぶゲートハウスに出かけると、要領を得ない門衛から直々にドラギーユ城に出向く事を勧められた。 聞けば、どうもクリスのあのハチャメチャな性格のおかげで、彼女の問題児っぷりはゲートハウスの衛士はおろか、 城のミッション管轄の役人にまで知れ渡っていた。 我が家は元々サンドリア騎士団に多くの武人を輩出した家であり、王国騎士団からは一目置かれているが、クリスの素行と 性格からして彼らも頭を悩ませている所なのだろう。 ただ、今回のミッションを無事達成できれば、今までの素行には目をつぶる―。 私はダメだとわかってはいつつも、2人がバルクルムに立った後をこっそりと尾行してきたのだ。 「どこ行ったんだ・・・」 「ねーねー、おいちゃん」 「うわっ、まだいたのか!」 私が思わず飛び上がると、タルっ子はちょっと悲しそうな顔をした。なんか妙な罪悪感を覚える。 「おいちゃん何してんの〜?一緒にあそぼうよ!」 「だからおいちゃんじゃなくて、えーと・・・」 タルっ子はかまわずピョンピョン跳ねた。もしかすると迷子かも知れない・・・。 「君、名前はなんていうんだい?」 「ミルル!おいちゃんは?」 「私はロバート。ロバート・クロフォードだ。」 「ロバ?」 「ロバじゃなくてロバー『ト』だ。」 「ロバちゃん!遊ぼう?ねぇ一緒に遊ぼうよ!」 「ミルルは迷子か?お父さんとお母さんは?」 ピクピクするこめかみを押さえながら聞くと、ミルルはしゅん・・・と俯いてしまった。 やはり迷子か・・・。 「いないよぅ・・・おとうさんもおかあさんも・・・」 長い耳がへにゃりと下を向く。 「なら迷子だね。OPに・・・」 「家族はおじいちゃんだけ・・・」 「え?」 「お父さんもお母さんも死んじゃったんだって・・・おじいちゃん言ってた・・・」 ミルルはそう言ってクスンと鼻を鳴らした。 「え?じゃ・・・おじいちゃんはどこに・・・」 「ん?サルタバルタだよ?」 「へ?」 「お魚釣ってるよー」 「いや、あのえっと・・・」 ミルルがキョトンとした顔で私を見上げた。 「じゃ、君はここに一人で?」 「そうだよ。」 「ウィンダスから?」 ミルルがコクリと頷く。 「ど、どうやって・・・」 まさか『泳いできた!』とか平然と言われるのではないかと、私は内心ビクビクしていた。 「船に乗ってきたんだよぅ!楽しかった〜」 よかった・・・よかった・・・別の意味で、よかった・・・。 私は思わず十字を切って、神に感謝した。 いや・・・待て。船ってことは・・・。 「サルタバルタから、どうやって船に乗ってきたのかな?」 「えっとぉ・・・」 ミルルはちょっと首を傾げて、考え込んだ。 「マンドラさんと遊んでたら〜」 「うんうん。」 「イモムシさんがいて〜」 「うんうん。」 「そしたら〜、ウサギさんがいて〜」 「うん。」 「鳥さんもいて〜」 「ふむふむ。」 「あ!」 ミルルはいきなり大声を上げてピッと私を指差した。 「??」 「いた!キリンさんもいたよ!」 「・・・・・・」 こめかみがピクピクする。『似てる』とでもいいたいのか・・・。 「・・・で?」 自分でも笑顔がヒクヒクしているのがわかる。 「そしたら船があってね〜、そいでミルルお腹すいちゃって・・・」 「うん。」 「船の横の箱に、サルタオレンジが入ってたんだよ!いっぱいー!」 「・・・食べた、と。」 ミルルがもじもじしながらコクリと頷いた。 「で、アレか。展開から行くと・・・オレンジが一杯あって嬉しくなって箱に潜り込んで食べまくってたらお腹いっぱいになって、 寝ちゃって。気がついたらセルビナの港で、そこからこっそり逃げ出してひょこひょことここまで来た、と。」 「ロバちゃんすご〜い。ミルルの事なんでも知ってるんだねぇ〜」 ミルルは顔を赤くしながらモジモジしていた。 「なんでも・・・わかっちゃうなんて・・・」 「いや、かなりベタかと。」 「!!!!」 突然弾かれたようにミルルが顔を上げた。 「どした?」 「お・・・」 「お?」 「おとうさん・・・?!」 「おとうさん?」 「おとうさーーーん!」 そう言ってミルルは突然私の足にしがみついてきた。 「ちょ、待て!なにがどうした!」 「だって・・・だって、こんなにミルルの事わかるのヘンだもん!おとうさん!おとうさんでしょ?!」 「まて、さっき死んじゃったって・・・こら!」 「ちがうもん!おじいちゃん言ってたもん。」 「ちがくない!」 「お父さんもお母さんも冒険者で、遠くで死んじゃったって聞いたけど・・・もしかしたら生きてるといいね。って!」 ミルルの手が私の足を必死に掴む。 「待て!私は無実だ!子作りするまでの行為はそりゃ人並みに好きだが、子供を作った覚えはない!」 「うえーん、うえーん、おとうさぁあん!」 「その前に、どう見てもお前はタルタルだろ!」 「おとうさぁあん!おとうさぁぁああん!」 いやーん、誰か助けてぇ〜〜〜! 「どうかしたんですか?子供さん泣いてるみたいですけど?」 ミルルの声があまりに大きすぎたのだろう、近くにいた海水浴客と思しきエルヴァーンとタルタルの カップルが訝しげに声をかけてきた。 「おとうさん!あいたかったよう!」 「お、落ちつけ!」 「あ、その子さっきからちょこちょこしてて・・・、お父さんみつかったんだね?よかったねぇ?」 「よがっだー!よがっだー!」 ミルルは私の足にしがみついたまま、わんわん泣いていた。 つづく・・・