私と彼女は、競売前を避け、比較的人通りも少ない場所のベンチに腰掛けた。 「えーっと・・・名前・・・」 「エネミです。」 で、なに?と私が切り出すと、 彼女は立ち上がって急に頭を下げて 「ごめんなさい。」 謝ってきた。私は何がなにやらわからずあっけに取られてしまった。 「あ、えーーーっと。なんで謝るのか分からないんだけど・・・。何かあったっけ??」 とりあえず座ってと隣に促がし、困惑したまま理由を問う。 「出来れば・・・彼、ルーウェンさん、でしたっけ。あまり責めないください。昨日は私が悪かったんです。」 「っていうと・・?」 「実は・・・」 彼女はうつむきながら理由を話始めた。 「昨日、本当はあまり調子がよくなくて、誘われた時から少し不安だったんです。でもせっかく誘っていただいたからと思って・・・。  それに皆さん喜んでましたし、やっぱり抜けるなんて言えなくてそれで・・。」 そうだった。回復手として白魔道士が欲しかった時ちょうどそこにいたのが彼女だった。交渉したのは私で 貴女の力が必要なんです、とか言われたら断れないよなぁ。 「古墳についてもやっぱり調子が悪いのは治らなくて。みんな本当に楽しそうにしてるから言い出せないし・・・。そうしてる内に  ルーウェンさんが気遣ってくれて」 少し胸の奥がうずいた。彼女のことを気遣った?私にはいつも邪険にするクセに。 「『調子悪いなら少し休んでもいいよ』って。私は大丈夫ですって言ったんですけど、戦ってるうちに少しずつ  回復が遅れてきちゃって・・・結果的にルーウェンさんが全面的にサポートしてくれたからあそこまでやれたんですけど」 「いつもは・・・もっともっとすごい赤魔道士さんなんですよね?ごめんなさい私のせいで」 いつもはもっとすごい赤魔道士?私の中で、自分でもよく解らない感情が生まれていた。  彼女はうつむいたままで、大きな瞳にはじんわり涙が溜まっていた。 「脱出したあと言い争いになっちゃって、私、本当のこと言えないままだったし・・・。彼、私のこと酷い女だって思ってる  でしょうね。ごめんなさい。だから、彼のこと・・・許して責めないであげてください。私が悪かったんです。」 今度は座ったままで、彼女は深く礼をした。今にも泣きだしそうだ。  その姿を見て、私は罪悪感・・・は多少感じたのだろうが、もっと大きな感情にそれはかき消されていた。そして 「アンタさ・・・アレの何を知ってるの?いつもは〜〜っとか気遣ってくれて〜〜とか。」 「え?」 エネミは顔を上げ私の顔を見る。 「だから、昨日今日あったばっかりの人間のことをさ、何知った風に言ってんの?」 「そ、それは・・・」 「大体、私達の中ではもう整理のついた事なんだからいまさらさ、私にそんなこと言われても困るのよ。迷惑。」 思ってもいない言葉が私の口から吐き出される。頭では、こんなこと言ってはいけないと分かってるのに 次から次へと、止まらない。 「つまりさ、アンタは自分のせいだって言ってるわけでしょ。そんなのあの時言わないで今言ったって、意味ないってわかるよね。」 「結果的にアンタはルーをやり玉にあげた。責任を彼に押し付けてたってことでしょ。」 「そんな!わたしはただ・・・・」 「ただ、何よ?その責任逃れを許してもらうために私にこのことを話したって言いたい訳?調子のいい話ね。」 腕を組んで、彼女の、泣き顔を睨み付ける。私、嫌な女だ・・・。 「・・・泣けばすむって話じゃないでしょ。ふんっ」 彼女は声を押し殺しているようだった。肩が小刻みに震え、うつむいている。  その時、急に私の右肩が引っ張られて強制的に後ろを向かされた。そして次の瞬間左頬にビリビリとした痛みが走って パァンという軽い音が響き渡った。 「!?」 驚いた私は左頬を手で押さえ、後ろにいた人影を見上げた。・・・ルーだった。  音に驚いて顔を上げたエネミも彼を見上げ、あ・・・っと小さい声をあげた。 「・・・最低だな、お前は。」 彼はまだほ呆けている私を見下ろし低く冷たい声でそういった。 「ル、ルーウェンさん、いいんです、わたしが・・・」 「お前って、前からそうだったか?そんなやつだったか?」 淡々と続ける彼を見上げつつ、込み上げてくるのは叩かれたことに対する怒りより あんなことを彼女に言い放っていた、あまりに醜い私を見られたことに対する羞恥心と 悲しみ。そしてさらにそれ以上に 「・・・何よ・・・何よ何よ何よ!いきなり現れて、いきなり平手打ちするなんて女の子にすることじゃない!」 こんな状況になっても最も前に出てきたのは、意地だった。素直に謝れば済んだだろう。でも今謝ったら・・・ 私がだめになりそうで。 「なんなの!?アンタは昔からの付き合いの私より、この昨日あったばっかりの娘のことかばっちゃって!  もう全然わかんない!」 「昔からとか昨日あったばかりとかかばうとかそんなこと関係ないだろ!彼女に謝れよ、ほら。」 「絶対謝んない!私は絶対間違ったこといってない!」 嘘だ。完全に私が悪いし、吐き捨てた言葉も支離滅裂だった。頭では分かってるけど気持ちが追いついていかない。 苦しいよ・・・。  私はすくっと立ち上がって、振り向くことなくジュノの人ごみの中に走り去っていった。 「おい、まてよ!」 彼が叫んだがそんなものは聞こえない。自分への嫌悪感が、私を覆い尽くしていた。  街の賑わいが耳に遠い。二人からだいぶ離れたところでうつむき立ち尽くす。幾人か声をかけてくる人もいたが そんなことに気がつく余裕はなく、自分の愚かさに悪態をつくばかり。 「あれ?ミア、どうしたの?」 見知った声が私を呼んでふっと顔を上げた。そこにはエルヴァーンの女性の顔があった。リィスだ。 「あ、リィス・・・。」 気のない返事を返すと、目の前にはもう一つ人影があった。 「・・・誰?」 彼女の隣にいたのは同じくエルヴァーンの青年だった。背が高くスマート。私は完全に見上げる形になった。 「ん?あぁ・・愚弟よ。」 「初めまして。ラインハルトです。」 彼はそういって丁寧なお辞儀をした。格好から見て、黒魔道士。エルヴァーンでは珍しい職業に就いている。 「いつも姉がお世話になっているそうで。よく伺ってます。モンクのミアさん・・・ですね。  とてもお強いと聞いていましたが、こんな可憐な方だったとはおもわな・・・」 「ちょっと黙ってなさい。」 途中まで青年が話したのをリィスは遮り、私の顔を覗き込んだ。赤く、少し腫れている左頬といつの間にか流した涙の跡を 私は隠そうとした。 「・・・まぁ理由は聞かないわ。大体見当がつくから。あっちで落ち着くまでお茶でも飲みましょうか。  ライン、そういうことだから。」 「えぇー?僕も一緒に・・・」 「アンタはだめ。・・・・あ、ちょっとゴメン。」 リィスはリンクパールを取り出し何か話し始めた。傍らの彼はニコニコとして私を見ている。少し変な気分。 「・・・ゴメン、ミア。呼び出しが・・。何か急らしくて。あとで私の部屋に来てね。」 彼女はそういい踵を返し、離れていこうとしたが、あっ、と言って私に耳打ちした。 「コイツ・・ラインにはついていっちゃだめだからね。」 意味がよく分からなかったが、彼女はそれだけいって再び振り返り、今度こそ雑踏の中に消えていった。 「それじゃ、私はレンタルハウスに戻ろうかな・・またね、えっと・・ライン君。」 何もすることがないし、何もする気が起きない。  彼の横を通り過ぎて、部屋に戻ろうとすると 「どうせだから、少しお茶でもどうですか?いいところ、知ってますよ。」 物腰柔らかいライン君の声が私を静止する。 「え、でも・・・」 今はとにかく人とあまり関わりたくない。の、だが・・・。 「そうそう、紅茶とコーヒーならどっちが好きですか?紅茶ならあそこ、コーヒーならこっち。何でも申し付けてください。  どこへでも案内しますよ。さぁいきましょう。」 「ちょ・・まっ」 半ば強引に手を引かれすぐ近くの店に連れられてしまった。  確かにおいしいお茶を出してくれる店だった。彼とは向かい合って座り、カップを一口啜って 「お茶には心をリラックスさせてくれる効果がありますし、丁度よかったかなとおもいまして。」 終始にこやかに、かつさわやかにライン君は説明をする。 「うん・・少し、落ち着いたかな。ありがとう。」 カップを口に運び、少しだけ微笑む。すると彼は満足したような顔でこちらを見ている。 「・・・失礼ですが一つ。さっき泣いていた理由を当てて見せましょう。」 「え?」 私は驚いて彼の顔を覗き込んだ。微笑んでいる。 「・・・ルーウェンという男の事でしょう。」 「!どうして!?」 胸が強く鳴り、お茶を噴出しそうになった。  すると彼はにっこり笑い 「すぐ態度にでるところが、とてもチャーミングですね。」 と茶化す。そして立ち上がり咳き込んでいる私の耳元でそっと囁いた。 「なぜ分かったか知りたかったら、今晩僕の部屋においで。」 それだけいうと彼は私の分のギルも払い、店を後にした。 ツヅケ   タイカモ @ナ梨