* * * 「なぁ、そんなことしても無駄だって」 そうなだめるようにティララに声をかけてくるのは、ジュノについてから仲間になったタル タルの少年だ。 「シャントット博士にバカにされるだけだぞ?」 「………」 ティララは少年に返事を返さない。ただ無言で、石の区の坂道を早足で歩くだけだ。 ジュノからチョコボでウィンダスへと戻る道々、少年は幾度もこうしてティララを説得する ように諭してきた。が、東サルタバルタに入る頃、説得に応じない少女はもう返事すらしな くなっていた。 少年の方もそんな彼女の態度に、苛立ちが募る。 「返事ぐらいしろよっ」 「…もー、ジュノに帰って!キュラトにはあたしの気持ちはわっかんないよっ」 ティララを振り向かせようとして肩にかけた少年の手を、はらい落とすようにティララは叱 責する。 「ヒュームの男がホントにお前なんか見てると思ってるのか!?」 小さな後ろ姿に投げかかる鋭い声。 暫くの沈黙―――少女の肩が小さく震えていることは、キュラトにも解る。 「………勝手にしろっ」 口唇を「へ」の字に曲げてキュラトはティララにそう返した。同時に、ティララにも聞きな れた詠唱の黒魔法を唱え始める。 ―――――デジョン。 昏い渦が次元から手を伸ばすようにキュラトを包み込み、忘れ形見のような小さな光をきら きらとさせてそれは消えてしまった。 (いいんだ―――あたしの、この気持ちは変わらないんだから) 故郷ウィンダス。ジュノに渡って数ヶ月、戻っていなかった懐かしい土地。 やはりこの空気は落ち着くな、と思いながら石の区の風景を眺めていた。 ウィンダスの田舎町から、星の大樹を見上げることのできるこの石の区に初めて来た時。 初めてあの人にあった場所。 ―――君、冒険者? ―――同じミッションだよね、良かったら一緒に行かない? 冒険者的には肩身の狭い、タルタルのモンクであった自分を誘ってくれたヒュームの白魔道 士。 黒魔法の勉強をしに、ウィンダスに戻ってると知り合いのエルヴァーンの女性から聞いた。 そう―――チャンスは…今しか、ないんだ。 * * * シャントット博士はご機嫌斜めだった。 こんな時にこんな無理くさい話を引っさげて来るんじゃなかったなと思いつつ、でも自分に はあまり時間がないのだと思い直す。 「不可能ではないですわ」 いつもながらの率直なご意見。不安そうなティララの表情に光明が射す。 「ホントですか―――」 「あたくしを誰だと思っていますの!」 間髪入れず、きっと振り返った博士に発言は遮断された。 「シャントット…はかせ」 「そうですわっ」 いつものように、高らかに笑っている。 「あなたがどんな気持ちでそんなけったいな事を考えたかはどうでもいいことです」 両手を腰に当て、興味深気な瞳でティララを覗き込む。まるで、その真意を見透かすような 深い視線で。 「ですがその結末には興味がありますわね」 「じゃあ―――!」 博士は嬉しそうに唇の端を上げた。 「このわたくしが自らお手伝いさしあげますわ」 * * * い…ったーー… 博士の言ったとおりだった。身体は大きくなっても、力はタルタルの姿の時のままだった。 しかも思うようにまだ動けない。ヒュームとはこんなに身体が重たいものなのかと、ティラ ラは涙目でヒーリングを続けていた。 シャントット博士に頼んだ事とは、正にこのことであった。 ヒュームになりたい。 タルタルの姿で、あの人に思いを告げても、きっとあの人が困るだけだから。 一日でいい。あの人の横に立てる、ヒュームの女性になりたい。 不可能ではないと告げたあと、博士は続けた。あくまでも今日限りであると。それ以上はい つまで持つか全く保証は出来ない、と。 また身体にすぐに慣れることが出来ないだろうとも言っていた。戦うときは自分の力の半分 も出せないだろうと。 しかしながら、今日限りであると言われたら、今日のうちに彼を見つけなければならない。 彼はサルタバルタのどこかで、黒魔法の修練をしているはずだから。 さてと、と身体を上げたとき、今まで岩陰に隠れていた自分の身体が広い平原にさらされる 状態になった。いつもより身体が大きいことに慣れないティララは、その事に気付かない。 黒い影が動いた。後ろから不意打ちをかけられる形となり、ティララは乾いた土の大地に叩 き付けられる。 ―――ヤグード! 殴られた時に触れた独特の黒い羽で何者か気付くと、慌てて戦闘態勢にはいった。 いつもなら蹴散らせるこんな相手が、今日は異常に強い。やはり身体に馴染めていないのだ と解っていても―――こんなところで倒れるわけにはいかない。 同じモンクタイプのそれだが、今のティララが敵う相手ではなかった。助けて―――!救援 要請に近い叫びを、出せるだけの声を振り絞って出す。が、周りに人らしき影は見当たらな い。 やがて、モンクたちに伝わる必殺の拳・百烈拳を使う力もなく、ティララが諦めかけた時だ。 ふわり―――と柔らかい光が少女を包み込むと、ヤグードの視線がティララではない何者か に向いた。続けて、淡いブルーの防御の光。 (…誰か―――助けて、くれた?) 「戦闘解除してくれ、僕が倒す」 (……………!) もう力も残っていなかったので、倒れ込むようにヤグードへの戦闘態勢を解除した。 燃え盛る火炎と立て続けに、切り裂く氷の破片。 黒魔法2発で、そのヤグードは低い唸り声と共に、地に倒れた。 十字のワンドを腰に戻すと、その黒魔道士はティララを向いて微笑んだ。金髪の淡い光が西 サルタバルタの午後の光に揺らめいた。 「だいじょうぶ?」 「………っ」 ティララの怪我の様子を見て、青年はもう一度回復魔法をかけた。 こんな形で、会うなんて。 返事をしない少女に、彼は訝しげな表情で覗き込んだ。 「まだ、痛む?」 その声に、はっとしてティララは返事をした。 「大丈夫です!ありがとう…ございます」 元気よく応えたつもりだったが、思いが溢れて碧色の瞳から零れ落ちた。 「お…おい」 どこかで、会えないかもしれないと不安だったのもあっただろう。 ジェイド。ティララの探し求めていた、今は黒魔道士のヒュームの青年だった。 * * * 「落ち着いた?」 涙を零した彼女を、戦闘の恐怖からかと思いこんだ青年は、ひとしきり彼女の側で狩りを していた。時々岩陰でヒーリングする彼女を振り返っては様子をみてくれていた。 「ありがとう、大分…落ち着きました」 ふふ、と紅く燃える夕焼けの空を見上げながら、彼も側に座り込んだ。 「レベルの割に、動きが悪かったから、調子でも悪いのかと思ってね、手を出してしまっ た。結果的に助けることが出来たようでよかったよ」 「はい、すみませんでした…」 「謝らなくていいよ」 くすくすと、その謝罪を面白がるように笑った。 そう、いつもこうやって、にこにこ笑っていてくれる人。 「無理しないようにね、ホントはウィンダスまで送ってあげたいんだけど、僕も用事があ って…ここから動けないんだ」 苦笑して彼女を見つめ、続ける。 「一人で戻るのは危ないから、用事が済むまで待っててくれるかな?」 そういって彼女にパーティの誘いを促した。 「あなたの―――用事っていうのは?」 「ジェイド」 ティララの問いとは違う答えが返ってきた。 「名乗ってなかったと思ってね」 こっちとしては、とっくに知っていることだったのであまり気にしなかったのだけど。 名乗ってこちらの様子を伺っている。君は?ということらしい。 「ティ…」 反射的に答えそうになって、慌てて口を噤んだ。 「………レティ」 「オーケー、レティ。宜しくね」 彼はあまりその応対を気にした様子は見せなかった。横顔にほっとするティララ。だが用 事が何なのかは、うまくはぐらかされたようだった。 それから座りこんだまま、暫く今までの経緯ににた冒険談を語り合うこととなった。 その殆どが、ティララの知っている出来事だったけれど。 ギデアスの宝物庫のヤグードと話し、銀貨と交渉した話。 あらたな力を得るためのマウラでの試練で、幽霊に挑み全滅しかけた話。 ジュノへの道のりで、ラプトルに追い掛け回された話。 どれもどれも、ティララが側にいたその時の思い出ばかりで。 そして、夕日がサルタバルタの山の陰に収まる頃、彼は"用事"を済ませるべく、ティララ に移動しようと促した。 * * * 丘の上に来るのは初めてだった。 ウィンダスに住んではいたものの、いつも街道沿いに北に向かってしまう。こんな夜に、 高い丘の上からウィンダスを見下ろすのは初めてだった。 星々に守られしウィンダス。数多輝く空の星と、街に光る夜光花のライトが、ウィンダス の街全体にもう一つの星空を描くように輝いていた。 「きれい」 思わずそう、声が出る。 ヒュームの青年も、嬉しそうに微笑んだ。 「ここ、初めて?結構有名な場所なんだけどな」 友達の冒険者が、夜に用事が―――とか言って慌てて走っていったけれど、と言おうとし て、ティララはそれの共通項に気付いた。 (…ここ、何かあるの?) そう思う隙間もなく、ジェイドが続けた。 「でも本当にキレイなのは、これから…」 不思議そうにジェイドを見つめるが、彼はその「これから」を隠すようにただ微笑むだけ だった。 その屈託のない笑みに、ティララの思いに後悔が走った。 これは、彼をだましているだけなんじゃないのか、と。 こんなことをして彼と話しているだけじゃ、何の意味もないんじゃないのか、と。 先ほど彼がずっと話してくれた数々の冒険。 その経緯こそが、大事なものであったのではないか、と。 「そろそろだ」 落ち込みそうになったその時に、背後にいたジェイドがそう発した。 何―――?と思い周りを見渡した。 舞う。 ふぅ、っとひと筋の光がティララの視界をかすめた。蛍―――?否、違う。 その光の筋を追うように地面に視界が向く。光の、饗宴。 生き物のようにその大地から、幾筋もの微光が天に向かって消えてゆく。 「ぅ…わぁ………!」 思わず嬉しくなって、ジェイドのほうを振り向いた。 ジェイドの用事はその瞬間に終わったらしく、銀色の魚のウロコのようなものに、どうや って集めたのかその光を包み込み、淡雪のように大切に仕舞い込んだ。 「僕の用事の一つは、これで終わり」 「ひとつ?」 「うん」 ティララの横に立って、ウィンダスを見下ろした。 寒い夜の空気に、体温がわずかに伝わる。 「君をここに連れて来たかった」 「…え…?」 「冒険に、行き詰まることもあるよな」 そう、今日始めて見せるような真剣な面持ちで、続けた。 横顔を見つめるティララに、視線は合わせず。 「何もかも忘れて、ひと時だけでも幸せな気分になれる、ここってそういうとこだと思う んだ」 「…うん、ほんとに…」 ティララの思いは、そう清算されたような気持ちになった。 こんなことは意味ないんだって。レティの姿じゃ、何も。 「イヤなこともあるけどさ」 ティララの姿で伝えなければ。例えそれで、彼が困ってしまっても。きっと、笑って、あ りがとうって。 「ヴァナ・ディールは美しいから」 光が次第に弱まっていくのが解った。でも、何時までも、この魔法にかかっていたくて。 時間が経つのなんか、気にしないでいたくて。 「だから、僕は冒険者でいたい」 うん、とひとつ、ティララは頷いた。どんな表情をしていたかは、自分では見当がつかな いけれど。 「もっともっと、美しいヴァナ・ディールを旅したい」 遠くを見つめる、意思を持った瞳。 ああ、そうだ、こんなところに―――いつも前を見ている彼に。 そこまでいうと、ジェイドは一度言葉を区切った。 思いを決めたように、彼女の―――瞳を見つめて。 「『ティララ』と」 悪戯っ子のような少年の笑みを浮かべて、彼女の頬に手をあてた。 * * * 「どうして―――」 なんで、解った? 「あたし―――」 気付かれたくなかった、ここまで来て。こんなバカな真似をしているなんて、知られたく なかった。 心をかすめた思いが多すぎて、声にならなくて。 突然逆流したかのような、その思いに再び涙して。 「わかるよ」 そうやってなだめるように、過ちを浄罪するように、涙をぬぐって、抱きしめて。 「いつも、一緒にいたでしょ」 「ごめんなさい………」 「あやまらないの」 「ごめんなさいっ……」 「いいから」 ゆっくりと、髪を撫ぜた。 「そうだね、僕も、君をこうやって抱きしめられたらと思っていた」 耳元で囁かれる、魔法のような。 「言葉を重ねるたびに、君は姿とは違う女の子なんだなって、見るようになった」 ジェイドの赤いローブに、震える手でしがみついたまま、その言葉を聞いていた。 「魔法はそろそろ、切れちゃうのかな、お姫様」 そういって、身体を離して。 二人の間に、冷たい星の空気が入り込む。 光が、やんだ。 しかし、ティララの視界では、光は止んでいなかった。 その涙の向こうに映っていたのは、ジェイドのきれいな金の髪だったから。 頬の涙をもう一度すくって、ジェイドはゆっくりと口唇を重ねた。 身体を抱きしめる。 魔法が切れるのがわかっていたから。 ティララの身体から、白魔法の光が溢れた。少女を離さないように、ジェイドは彼女を抱 きしめたまま。 やがて彼女の身体は、今まで纏っていたチュニックが大きくなりすぎるほど小柄なタルタ ルの姿に戻ったが、ジェイドはそのまま、彼女を抱きしめていた。 それは抱きしめるというよりは、子供をあやしているように周りには見えたやも知れなか ったけれど。 「今まで僕が必死で抑えてきた理性を、吹っ飛ばすようなことしちゃダメだよ」 小さい子を叱るような口調で微笑んだ。 そうして、もう一度小さく口づけた。 * * * 「ねぇ、どうして解ったの?」 ジュノへ、向かう道。 チョコボ代がかかるから一緒に乗っちゃおう、とふざけ気味な口調でジェイドは自分のの 前にティララを座らせ、東サルタバルタの風を切る。 「ん?」 「また、はぐらかそうとする…」 意地悪そうに聞き返すジェイドは、ただ優しいだけじゃなくなったけれど。 「いや、気付いたっつーか」 ぷぅ、っとふくれたティララの頬が可愛らしくて、思わず本当のことを言ってしまう。 「博士だよ」 「うに?」 「シャントット博士」 「!」 もうウィンダスを出たからいいだろ、とジェイドは口笛を鳴らすようにとぼけた口調でそ う言い放った。 「わたくしが何とかできるのは魔法までです!あんなわけのわからない頼み事してくるの は全部あなたのせいですわっ、わたくしに呪いをかけられたくなかったらさっさとサルタ に出てあの少女をひきとってきなさいっ、今すぐですわっ、まったくっ」 声真似をしたジェイドにティララは苦笑する。 「うは………」 呪われなくてよかった、と思いつつ、少し博士に感謝した。 (結構…いいとこ、ある?) 「まぁ、言われなくてもあそこ通りかかったら気付いたけどな」 「ふぇ?」 なんで、と問うまでもなく返事が返ってきた。 「だってお前、救援のマクロそのまんまなんだもん」 あ。 チョコボの黄色い羽につっぷして、ティララは赤面した。 「ま、お前の事はすぐわかるってこったよ」 にひひ、と笑ってティララの頬にキスをした。 ジュノまでの道のりは、まだまだ長い――――――………。                                     F i n 〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓〓 しゅいません、えろくなくて、しゅいません。 甘々で砂はきそうですな(;´Д⊂)