もう何年か前のことである。
Lが立てたビルの最上階の硬い扉の前で、松田淘汰は動けずにいた。
明日はヨツバキラを逮捕するために命がけでテレビに出演する。
その緊張のためかどうしても寝付くことができず、なんとなくメインルームへと足を運んだのであったが、深夜にもかかわらず先客が居た。
扉の向こうからは、ジャラジャラという手錠の擦れる音と共に、以前より憧れていた、愛しい人の声が聞こえてくる。
それは、待つ田が今まで一度も聞いたことが無いような彼の声であった。
「あっああッ、んんっ、りゅ・・・りゅうざき…もう…って、来てっ」
ねだるような、甘えるような、必死で縋りつくような、嬌声。
「まだダメですよ、月くん。」
それとは対照的な、冷淡な声がもう一人の男の口から発せられ、月の声は、達することを許されない苦しみに耐えるような悲痛な喘ぎ声へと変わる。
待つ田はどうしていいかわからなかった。
信じられない、どうして彼が、竜崎と・・・?という思いだけが頭を駆け巡る。
月が苦しそうに喘ぐ声を聞きながら、一歩も動くことができない。
「!!っあぁああっ・・・あっあ・・・・」
一気に突かれたのであろうか。突如、一際高い月の悲鳴があがる。
待つ田は扉に背をつけたままずるずるとその場にへたり込むと、扉の向こうで艶かしい声をあげている愛しい人を想いながら、抜いた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

あの男が死んで3年が過ぎようとしていた。
復学してからしばらくの間は、「流河はどうした?」とよく尋ねられたものだが、はじめこそ興味津々で噂をしていた同学たちも、別の話題が沸くと共に忘れてしまったようで、そのうちあの男のことを聞いてくる者は無くなった。
そうして、まるであの男の存在などはじめから無かったかのように平穏な日々が戻り、夜神月は順風満帆な大学生活を謳歌していた。
少なくとも、周りの何も知らぬ者たちにはそう見えたに違いない。
復学後一年で東応大学主席の地位に返り咲いた彼は、現役で国Tの試験をパスし、つい先日には早々と警察庁の採用内定を得ていた。
何の苦労も無く、恵まれた奴はいいよな、と、彼を一方的に敵視する僻み深い同学の男たちは言ったことであろう。
実際に月がどんな責任と使命を背負い、どんな苦悩を抱えながら大学生活を送っていたかは、何も知らぬまま。


夜神月はいつものように、友人に軽く挨拶をすると足早に帰路についた。
今日もキラ事件の捜査がある。「L」として、そして「キラ」としても捜査には加わらないわけにはいかない。
「あっ!月くーん!!」
鮮やかな朱で塗られた門を出たところで、突如、車道から大声で呼ばれる。
こんな人通りの多い場所に車を留めて大声で呼ぶような者は一人しかいない。
ため息をつきながら早足で車に乗り込み、早く出してくださいと促すと、声の主、待つ田は何故か照れたように頭を掻いた。
「今日、月くん遅いから心配で・・・その、ぼくはどうせ向こうに居ても役に立たないし、迎えに来ちゃった。」
「そうですか。わざわざすみません。ゼミの演習が長引いてしまって・・・」
「ううん!僕が勝手に来ただけだし、月くんが謝ることないよ。皆ももう普段の仕事始めてるし、大丈夫。」
「ありがとうございます。」月は微笑む。
月にとっては単なる社交辞令のようなものであったが、ミラー越しにその表情を目にした待つ田はかあっと顔中を赤くした。

ずっと前から月のことを可愛いと思っていた。
初めて会った小学生の頃から綺麗な子だったし・・・。
けど・・・・最近は大人っぽくなって特に色気が出てきた気がする。
少し微笑まれただけでバクバクと踊ってしまう自分の心臓の音を聞きながら待つ田は思った。
・・・ダメだ。ずっと前に諦めたはずなのに、まだ欲しいと思ってしまう自分がいる。

忘れるはずも無い。
冷たい扉に張り付いたまま、凍りついたように動けず、ただ響いてくる月の喘ぎ声だけを聞いていた、あの夜。
あの声が、自分のものであればいいと心から思った。


「待つ田さん・・・?」
真っ赤になって黙ってしまった待つ田に、月がいぶかしんで声をかける。
「え、あ。」まずい。待つ田はあわててごまかすように話題をふった。
「そ、そういえば、月くん、警察庁受かったんだってね。おめでとう!」
「あ、はい。ありがとうございます。
・・・まだ父以外には言ってなかったと思うんですけど、父から聞きました?」
そうだ、そういえば、まだ次長や月くんから直接聴いたわけではなかった。
昨日、人事課の叔父からたまたま聞かされたのだということを思い出す。
「ううん。長官官房にいる僕の叔父からだけど・・・。すごく成績優秀だったんだってね。褒めてたよ。
こんなに優秀な子ならぜひ自分も会ってみたいって言ってた。」
「本当ですか。」
「うん! 僕なんか『お前も少しは見習え』って怒られた。」
「ははは」
月が無邪気に笑ったので待つ田は嬉しくなる。もっともっとこの笑顔を見たい。
この笑顔が見れるならどんなことでもできる。そんな気分になる。


しかし待つ田のそんな胸のうちなど知る由も無い月は、自然に造った笑顔の裏で別のことを考えていた。
実は優秀な成績で警察庁に採用されたはいいものの、それによって月にはある問題が降りかかっていた。
厳格な父に頼むのは避けたいし、どうするべきかと悩んでいたが。
今思えば待つ田の叔父は人事課長だった。
松田ほどの・・・を警察庁のエリート部局に送りこむような人間。もしかしたら、簡単に・・・。

月は笑顔を造ると、さも先輩を頼る素直な後輩、というように「そういえば業務説明会で聞いたんですけど」と、なにげなく、待つ田に話しかけた。
「たしか入庁前に、全寮制の警察大学校で研修を受けるんですよね? どんなこと学ぶんですか?」
まずは関係ない、それらしい話題から。
「ああ、そうそう。なつかしいなぁ、警察学校。僕も同期と一緒に寝食を共にしていろいろ勉強したよー。
法律とか、柔道・剣道とか、あと拳銃の訓練なんかもあったなー。僕はこれでも最優秀の成績だったんだよ。」
「へぇ。すごいですね。」
「・・・あ、いや、最優秀だったのは拳銃だけなんだけどさ。あはは…」
「それでもすごいですよ。少し意外です。」
「あ、やっぱり?」
月くんが褒めてくれた。好きな人に褒められて照れない男はいないだろう。待つ田は嬉しくなって頭を掻く。
月は更に聞く。
「それから、研修終了後は、基本的には地方で勤務するんですよね。」
「うん、そうだね。地方とは限らないけど、まずはどこか警察庁以外の機関や警察署で働くことになるかなぁ。
普通は初めから警察庁には配属されないみたい。優秀な人はわりとすぐに戻ってこれるらしいけどね」
「そうですか・・・。」
やはり・・・。
たとえ最短で半年だとしても、地方で勤務することになったら、Lとしての仕事に・・・いや、それ以上にキラとしての使命に支障が出る。元々、警察庁に入ったのはより情報を得られる立場にいたかったからだ。
地方の警察署などに配属されては元も子もない。
特に、今は新世界の完成のためにあと一歩と言う重要な時期。なんとか・・・。


「僕はねぇ。最初、愛知県警に一年くらいいたよ。そのあと警視庁にも勤務したし。」
「へぇ、結構色んなところで働いていたんですね。」
「うん。叔父は早く警察庁に戻してくれるようなこと言ってたけどね。僕、地方のほうが合ってると思ったから。」
「そうですか。」
月と二人きりで話しているが嬉しいのか、待つ田はいつも以上にべらべらと余計な発言も含めてしゃべる。
その話を適当に受け流しながら、月は思索を練った。
そうこうしているうちに、車は捜査本部になっている月のマンションに着いた。
待つ田が先に車から下りて、どうぞ、とばかりにドアを開ける。
月はありがとうございます、と微笑んでから、なにげなく待つ田に言った。
「あの、待つ田さんの叔父さん、僕に会ってみたいと仰ってくださってるんですよね。」
「うん。言ってたよ。」
「僕もお会いしたいので、と伝えておいてください。」


それは、あまりに何気ない会話だったので。
待つ田には月に特に思惑があるとは想像もできなかった。
ただ、月の微笑んだ顔がとても綺麗で可愛くて、この綺麗な優秀な人が自分の後輩なのだと叔父に自慢したいような、そんな気持ちになった。
それが何を招くかは、まだ知らなかった。





信じられない、どうして、彼が・・・?

あの時と同じように、また。
待つ田は扉の前で呆然としていた。
たまたま相談があって叔父の家に来たら、誰か来客があるようで静かに中に入っていくと、叔父の寝室から艶かしい嬌声か聞こえていたのであった。
まさか。しかし、間違いない。忘れるはずも無い、あの時と同じ彼の声だった。





以前、彼が竜崎に抱かれているのを知ったときもどうして彼が竜崎に抱かれるのか分からなかった。
だけど、扉越しに聞いた彼の声は必死に縋るような、求めるような声だったから、漠然と、ああ月くんは竜崎が好きなんだと思った。
そうして僕は、初めて会った日からずっと抱いてきた彼への想いを諦めたのだった。
もともと、僕なんかには不釣合いだし叶わぬ恋だと思っていたから、だから、月くんが竜崎と抱き合ってるのを知っても、その後、月くんがミサミサと同棲するって聞いたときも、それほどショックじゃなかった。

だけど・・・・

「っあ・・・」

どうして

「あっああっ・・・もっと・・・」

どうして君は・・・

「ああっあんんっ」

わからない。どうして彼がこんなところでこんな声をあげているのか。
竜崎に抱かれていたときと、同じように。
薄い扉の向こうからは、彼の喘ぐ声だけではなく、その息遣いやぐちゃぐちゃという淫らな音までもはっきりと聞こえてくる。
動けない。すぐにでも立ち去りたいのに、その場から動くことのできない自分が憎らしい。


僕はいつもこうだ。こうやって扉を隔てて立ち尽くしていることしかできない。
彼が他の人間に抱かれているのは嫌なのに、目の前の扉を破ることができない。
本当は自分も彼に触れたいと思っているのに、自分にはそんなのは無理だからと諦めて他人に抱かれる彼を見ながら、本当は自分が彼を抱いているんだと思い込むようにして自分を慰めることしかできない。

しばらく呆然としたまま、戸の前に立ちすくんでいるとやがて、月が荒い息を整えるようにため息を吐くのが聞こえた。
行為が終わったのだろうか。衣擦れの音がする。
やばい。みつかる・・・
戸が開くような気配を感じて、待つ田はその場を逃げるように立ち去った。

翌日、いつも通り捜査本部になっている月のマンションに行ったものの、待つ田はどうしても捜査に集中することができなかった。
昨日のことが気になって、つい何度も月のほうをちらちらと見てしまう。
月の様子には特に変わったことは無い。
いつもの完璧さそのままで、手早く捜査資料をコンピュータに打ち込んでいる。
昨日のあれが幻だったような不思議な気持ちになって、じっと、捜査する月の横顔をみつめていると突然月と目が合って、待つ田は思わず椅子から転げ落ちそうになった。
「どうしたんですか、待つ田さん? あまり集中できてないみたいですが何か気になることでも・・・?」
「あ、いや。」
月の声に、昨日のあの声が重なって思い出されてつい真っ赤になってしまう。
「だ、大丈夫! 少し寝不足なだけだから。」誤魔化すように言うと
月は「無理しないで下さいね。」とやわらかく微笑んだ。


「あ、あの。月くん?」
「はい?」
「昨日、叔父の家に居た?」
思い切って気になっていることを聞いてみたが、いくらなんでも直接的な聞き方だったろうか?
一瞬、月が不審そうに眉を寄せる。
「い、いやその、昨日たまたま近くで見かけたような気がするから・・・」とどうしようもない言い訳で誤魔化す。
まずい、昨日見てたのがばれるかな・・・?
「ああ。はい、行きましたよ。」
しかし、月はまったく動揺した様子も無くそう答えた。
「え?…な、なんで。」
「4月からの配属について、知らせたいことがあるからって連絡を頂いたので。
丁度大学から近かったしご自宅のほうに伺ったんです。」
「そ、そうなんだ。4月からの人事についてって・・・何かあったの?」
「ええ。僕は、新採用なんで本当はあと一年くらいは地方研修で本庁には配属されないはずなんですけど何か、最近本庁の急な人事異動で、人手が足りてないみたいで。とくに情報管理局は、キラ対策の試みで新しい情報システムの導入を計画していてコンピュータに通じている人間が早急に必要なんだそうです。それで、よかったら来てくれないか・・・と言われました。」
「はぁ・・・。そ、そうなんだ。いきなり本庁配属・・・すごいなぁ。さすが月くん。」
「いえ、たまたま人手が足りなくて、枠が空いてただけですから、運が良かっただけですよ。」
「それでもすごいよ、おめでとう!」
「ありがとうございます。」


結局、それ以上は聞けないまま、その日の捜査は終わった。
やっぱり何かの間違いだったんだろうか・・・?
叔父の寝室で月の嬌声を聞いたのは。
ダメだ、これ以上考えても仕方が無い。
もう、何も聞かなかったことにして昨日の事は忘れてしまおう。
そう思って、帰ろうと部屋を出る。
「待つ田さん。」
突然、呼び止められた。
「少しいいですか?」
そう言って、月が待つ田の腕を引いてマンションから出る。
待つ田の腕を引っ張って歩きながら、月は小さく口を開いた。
「待つ田さん、・・・昨日。」
「え、ななな何?」
「昨日、見てました?」

ごくり。おもわず息を呑む。
どうやって誤魔化そうかと一瞬考えるも、月にじっと見つめられて、言い訳など何も思い浮かばない。黙って頷くと、月はしたたかに「そうですか。」とだけ言った。
「月くん、どうして・・・?」
「待つ田さんには関係ありません。」
「君は、ミサミサのことが好きなんじゃないのか?」
「・・・それも関係ありません。」
月の声はどこまでも冷ややかだ。
「昨日のことは大したことではないので気にしないでください。
捜査中じろじろ見られても気が悪いですから・・・」
と、それだけいうと、松田の腕を振り払って去ろうとする。


「月くん!」
反射的に松田は月の手を握り締めて引き寄せた。
聞かなくては、ずっと前から気になっていたことを。
そうしなければ一生、月について分からないままだと思った。
「月くんは、竜崎のことが好きだった?」
「・・・なんでここで彼のことが出てくるんですか?」
「月くん、昔、竜崎とも抱き合ってた。」
「・・え・・・・?」
初めて月の表情が揺れた。
「・・・・知ってたんですか?」
「僕は、君と竜崎が愛し合ってるんだと思ってた。」
「はは・・・。冗談じゃない。」
「じゃあ・・・」
待つ田は月の手を更に強く握り締めて続けた。
「・・・・君は、誰とでもあんな風に寝るの?」

月は答えない。
そのかわりに、小さく笑い声をもらして、松田を見た。。
いつものすました優等生の顔が、何か蔭りを孕んだ表情になる。
それは、今まで一度も見た横無いような月の表情で、誘うように微笑を浮かべながらも、何よりも冷たいその瞳に、待つ田はぞくっと身震いした。
狂おしいほどの色気。
この表情で、竜崎や叔父を誘ったのだろうか。


その瞬間、待つ田は自分の中で、何かが爆発するのを感じた。
限界だった。
「月くん。」
抱きしめる。
「月くん。好きなんだ。」
その細い肩を、壊れるほどに強く抱きしめる。
「君が好きなんだ!」
「痛っ、待つ田さん離して・・・」
「嫌だ。」
抱きたい。今ここで抱いてしまいたい。
ずっと前から触れたいと思っていたこの人を、自分のものにしてしまいたい。
逃れようとする月の体を押さえつけるようにして強引にキスをする。
月は何度も顔を振って逃げようとするが、そのたびに何度も何度も口付けた。
「んんっ」
息苦しそうな月の声に更に興奮し、舌を入れようとする、その刹那、おもいっきり後ろに突き飛ばされた。
細い体の何処にこんな力があるのか。月が待つ田を突き放したのだった。

・・・ああ、やっぱりだめだった。
月くんに嫌われてしまった。
月の拒絶にがっくりうなだれる。
しかし、次の瞬間、待つ田の耳に入ってきた月の声は、罵倒でも拒絶の言葉でもなかった。
「車に連れてってください。」

「・・・へ?」
予想外の言葉に一瞬ぽかんとする。
「いいですよ。しても」




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