昨夜も遅くまで塾だったのだし、土曜日なんだからもう少しゆっくり寝ていたらと気遣う母親に対して公式試合の応援に誘われていると嘘をつき、月は朝9時前には家を出た。
ほとんど眠れなかったのと、夕食も朝食も採らなかったのとで、頭と体が重い。
人を避けて駅のホームの一番端のベンチに座り、背もたれに体を預け物憂げに目を閉じる。

昨日のあの出来事の後、家に帰る途中ずっと初回と同じ内容のメールを立て続けに受信していた。
− 明日補講 朝10:00 zero −
たまらず帰宅前に携帯の電源を切った。

意を決して携帯の電源を入れるとメールの受信が始まる。
「受信件数 38件」

未開封のまま消去してしまいたかったが、新たな指示があるかもしれないとその全てに目を通した。
やはり内容は全て同じ。
ただ、12時を越えた時点で「明日補講」が「本日補講」に変わっている。
月のことを思いながら、そして翌朝、月が教室を訪れた時のことを思いながら奈南河は送信ボタンを押し続けたのだろう。
彼の冷たくしなやかな腕にじわりと絡めとられていくような気がして、月は身震いする。

一番新しいメールの受信時刻はつい2分ほど前を示している。
再び電源を切り、執拗な監視から少しでも距離を取ろうと鞄の一番底に携帯を押し込んだ。


行けば必ず酷い目にあう。
しかし行かなければ次にどこで何をされるのか、わからない。
月にとって最も恐ろしいのは2人の関係が第三者に発覚することだ。

教室での行為の最中、乱暴に扱われることよりも、誰かに気付かれることに対する恐怖が勝っていた。
行為が終わったことよりも、最後まで誰にも気付かれずに済んだことに心の底から安堵していた。
少なくとも今日行けば、自分と奈南河だけのことで終る。

アナウンスが次の電車の接近を告げ、減速した古い型式の各駅停車車両がホームに滑り込む。
長時間正座をした後のように月は小さくよろめきながら乗車した。

ドアのガラス窓に額を押し当て、寄りかかる。
流れる景色が何処にも焦点のあわない視界を滑っていく。

家は早めに出たものの、教室のあるビルに着いたのは結局10時5分前だった。

死刑台に赴くような心持で、月は雑居ビルのエントランスをくぐり抜ける。
ガタつくエレベータがいつものように5階に到着し、耳障りな音を立てドアが開く。
震える手でインターフォンを押す。
電子音のベルがなり終わらないうちにガチャリとノブがまわった。

無言で月を迎え入れた奈南河は、入り口のドアを閉めてもその場に腕組みして立ったまま動かない。
ドアと奈南河の間に挟まれて月もその場に立っているしかない。
時計の針の秒を刻む音だけが教室に響き、重苦しい空気が月の怯えを何倍にも増幅させた。


奈南河がやっと口を開く。

「月は、自分が何をしに来たか、わかってる?」
「…はい」
月はほとんど聞き取れないほどの声で答える。
「言ってごらん。」
「……」
「言えないの。」
「…お仕置きを…されに…きました…」
「そう。どんな悪いことをしたの。」
「先生の言うこと…聞かなかった…」
「そうだね。月は悪い子だ。」
「…ごめんなさい」
「だからお仕置きされちゃうんだね。」
「…そうです」
「怖い?」
「…はい」
「怖い?怖いだけ?」
「えっ…」
ずっと俯いていた月はその言葉の真意を伺おうとして、目線だけで見上げる。

何もかも見透かしたような面持ちで、満足そうに微笑む奈南河がいた。
「お仕置き、ちょっと期待してるんでしょ?」
「そんな……」
「だって月は、酷いことされると気持ちいい子だから…」

下腹部に刻み付けられた、昨日さんざん嬲られた感覚が月にその存在を訴えかける。
それと同時に、あの時、全身を駆け巡った強烈な刺激があざやかに蘇る。
それすらも読み盗られたようでとても目をあわせていられず、視線をつま先に落とす。


昨日と全く同じように、奈南河は月を壁に追い詰め、掌で頬を押さえつけてキスをした。
月は体を固くしながらも、奈南河を受け入れ、教えられたように目を瞑りぎこちなく舌を絡ませる。
奈南河の片手が月の前に宛がわれると、反射的に腰を引こうとしたが、すぐに観念しておずおずと自ら奈南河の掌に押し付ける。

ズボンの下の性器を、包み込むような手つきで優しくさすりながら、キスを終えた奈南河は、片手でいとおしむように月を抱きしめる。
「よくわかったよ、ちゃんと覚悟して来たってこと。」

この後始まる折檻への恐怖に竦みながらも、主である月に背いて、体の奥がきゅうと熱くなる。
今から与えられるであろう痛みと屈辱を待ち焦がれているかのように。

「奥に入って、全部脱ぎなさい。」

一糸纏わぬ姿でベッドに仰向けに寝かされ、体が二つ折りになるように、左右の足首を思い切り頭上に引き上げられる。
奈南河が月の右足首に柔らかいタオルを巻き、その端をヘッドボードの格子部分に結びつける。
左足も同じようにしてヘッドボードに固定する。

腰が浮くほどの辛い体勢で、一番柔らかい、恥ずかしい部分を真上に向けて晒す格好になり、月はそこを両手でかばうようにして顔を赤らめている。

「手は、こっち。」
月の両手をヘッドボードへ導き、左右それぞれに格子の桟を掴ませる。
「勝手に離さないように。自分でしっかり握っておくんだ。いいね?」


ひと呼吸ごとに震えながら上下する月の腰を抱え込むようにして、奈南河はベッドに座った。
ローションを使い、中指で後孔の周りを丁寧になぞる。
「昨日、あんなふうに入れたわりには、なんともなってないみたいだね。」
指が月の中心にゆっくりと侵入する。全身に緊張が走り、指を締め付ける。
締め付けられながら、なお一層奥へと辿る指の動きにあわせ、もう一方の掌で不安げに縮こまっている性器をなでさする。

無理な体勢で不自然に押しつぶされた気管が立てる、リズミカルな軽い摩擦音がわずかに乱れ始める。
そのかすかな変化を耳ざとくとらえた奈南河は、からかうように月の性器を軽くつついた。
「まだちょこっとしかしてないのに、もう気持ちよくなったの?
これ以上すると、お仕置きじゃなくてご褒美になってしまう」
そう言って悪戯っぽく笑い、ベッドを降り、戸棚を開けて今日の「道具」を取り出した。

「今日はこれを使うよ。」
これ以上ない程優しく微笑みながら、奈南河が月の顔の前に差し出した道具を見て、月は小さな悲鳴を上げた。
普段の行為で使われるローターなどではない、本物の男性器を模した真っ黒なバイブレーターだ。
しかも、大きく張った雁首から下は、恐ろしげな突起でびっしりと埋め尽くされている。
月自身のものよりもずっと大きく見えた。

「こんなの入らないって思ってるでしょう。入るよ。ちゃんと。
月の体のことは、月よりもずっとよく知っているからね。」
道具を頬にあてがわれ、転がすように押し付けられると、突起がごつごつと肌に当たり、それがもっと敏感な所をなぶる感触を嫌でも想像してしまう。


頬をそれた道具が唇に押し当てられる。
観念したように見上げると、奈南河は微笑みながら小さく頷いて、月を促す。
固く結んでいた唇をわずかに開き、先端を迎え入れた。
「咥えるだけじゃなくて、舌と、頬と、唇と、全部使ってやってごらん。」
不快な樹脂の匂いが鼻をつき、思わず顔を背けて逃れようとするが、道具はどこまでもついてくる。
「唾液はたっぷりつけておきなさい。ただ舐めるんじゃなくてしゃぶる感じで。もっと音を立てて。」

ただでさえ曲げられた体での呼吸が辛いところに、大きな異物で口を塞がれ、月は苦しげに眉を寄せる。
それでも、その華奢な体に課せられた重い罰を受け止めようと、一心不乱に道具に奉仕し続けた。

「うぐっ…」
ふいに道具が喉奥にすべりこみ、月は苦しげな呻き声をあげる。
胸が生理的反射で幾度も波打ち、勝手に涙が溢れる。
「こうするとね」
左右に捻りを加えながら更に奥深くを太い先端で蹂躙し、喉の粘膜を抉る。
「すごく粘っこい唾液がどんどん出てくるんだよ。」

道具が引きぬかれると、奈南河が言ったように、粘性の高い唾液が長く糸を引いた。
「今度は側面。はい。」
まだ荒い息をついている月の唇に、横向きにされたそれが差し出される。
「舌、出して。なるべく舌に唾液を乗せて、塗りつけるように。」
言われたとおりに、時々唾液を補充しながら、突起と突起の間に水気を含ませていく。
奈南河がたわむれに道具を遠ざけ、それになんとか届かせようと健気に伸ばした舌先から唾液が零れ落ち、唇から溢れて頬を伝う。
「昨日はできなかったけど、今日は上手にできたね。月はやっぱりやればできる子だね。」
うっすらと汗ばんでいる月の髪の毛を、くしゃくしゃと撫でて褒めた。

道具のぐるりに唾液を塗りこめ終えると、奈南河は再び、月の腰を抱え込むようにして座った。
「じゃ、今から、入れるよ。」


冷たいそれがぺとっと触れた瞬間、苦痛の予感と緊張のあまり月の中心がきゅっと収縮する。
力を抜いてゆっくり呼吸するようにと、何かを挿れられるたびに教えられてきた。
月自身の意思で拒絶していると受け取られれば、それはまた新たな折檻の対象になってしまう。
しかし、体は硬直してまるでいうことを聞かない。
歯を食いしばろうとする顎の筋肉に、繰り返し”弛緩せよ”との脳からの号令を注ぐ。

奈南河は道具を進めるでもなく、離すでもなく、後孔にそれを宛がったまま月が体を開くのをじっと待っている。

やっとのことで口を開け、できるだけ長く息を吐こうとするが折りたたまれた体では短く弾むような呼吸しかできない。
それでも、短い周期で硬直が途切れ、緩む瞬間を見逃さず、奈南河は手に力を入れた。
「あ、あ、ああああーっ!!」
再び全身が緊張で引き攣る。しかし一旦押し広げられた襞は、道具の先端部分を徐々に呑み込んでいく。
人間の体で最も神経が集中する場所を、忍耐を超えた激痛が襲う。
「い、いたあっ、やめっ やめてぇっ!」
渾身の力を込めて桟を掴む掌が汗ですべる。
唯一、自由になる頭を激しく左右に振り続けると同時に、異物を追い出そうするように、腰と足が左右に大きく揺れ始める。

「動かない。聞かれたことに答える以外は喋らない。
月はここに何しに来たのか、わかってるんじゃなかったの。」
体をゆする動きだけはかろうじて自力で押さえ込む。
しかし、うわ言のように漏れ出る痛い痛いという言葉は止まらない。
えっえっと激しくしゃくりあげながら、涙でぐしゃぐしゃになった顔を奈南河に向ける。
「いいなさい、ここに何しに来たのかを。」
「ひっ… あっ… お仕…置…き されに…来… うああああああ!」
一番太い部分を不意打ちで捩じり込まれ、月は叫び声をあげた。




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