「始動、こいつのが手に入ったらコレ返してやるって言ってるんだぜ」
メ口は左手でノートを摘みあげ、顔の高さでぶらぶらと揺すってみせた。
「う、、うん わかった」
後ろ手に縛られ転がされた月の、血の滲んだシャツの内側へ、始動は硬い殻に覆われた細い腕をおずおずと伸ばす。
胸元を這うその感触のおぞましさに、月は顔をしかめ、眼をかたく瞑る。

チョコレートを舐めながら薄笑いを浮かべ、メ口はさらに命令を続ける。
「こいつの腕の付け根に爪をあてろ」
ざわざわとシャツの下で始動の手が動き、言われたとおりの場所につま先が揃えられた。
「力を入れて、一気に反対側のわき腹まで引け」
始動はメ口と月の顔をいかにも困った風に見比べた。
「メ口、そ、そんなことしたら… 痛いんじゃないの…」
「馬鹿かお前は。痛くなかったら尋問にならないだろが。やれ」

月の体は既に、リベット付きのベルトで叩かれた無数の傷で覆われている。
そこに4本の赤い線が加わった。ところどころ、ぷつぷつと血の雫が湧き出してくる。

「今のに重ねて今度はゆっくり引け。さっきより強くな」
月は次の責め苦に備えて額を床に押し当て、息を止めて歯をくいしばる。
始動の指が床と月の体の隙間に潜り込み、爪を立てるべき始点を探って蠢く。
すっぱりと切り裂くほどするどい爪ではない。
「くっ…う…」
真新しい傷口を鈍い凶器でより深く抉られる痛みに、額にじっとりと汗が滲む。

月の喉元を縛める首輪から伸びている鎖を、メ口が勢いよく引いた。
うつ伏せに丸めていた体が跳ね、仰向けにひっくり返される。
「ノートは何処だ。喋るか。それとももう一度か」
月は質問に答える代わりに、メ口の眼をまっすぐ睨みつけた。

「ふん さすがキラ、強情だな。始動、次はもっと力を入れろ」

死神始動を使って散々月をいたぶった後、首輪の鎖を壁の配管に巻き付け、メ口は手当てもせずに出て行った。
ドアが閉まると、室内は目をあけているのかいないのか判らないほどの闇に包まれた。

ざっくりと開いたままの傷口が脈打ってひどく痛む。
触れてみようにも両手首は背中側で縛られていて、傷の程度の確認はできない。
体勢を変えるたびに血が流れ出る感触があり、それは相当の時間続いている。

体力の消耗を抑えるため、月は無理にでも眠ろうとした。
痛みが邪魔をする。知らず知らず体に力が入り、容赦なく月を疲弊させていく。

すぅっと気が遠くなっても、すぐに痛覚からの信号が意識を呼び戻す。
半分失神、半分覚醒の状態で、どのくらいこうしているのかわからない。

突然、近づいてくる何者かの気配に気付いた月は身を伏せて胸の傷をかばう。
全く見えないが、すでに眼と鼻の先に居ることが知れた。
ドアは一度も開いていない。恐らくあの死神だろう。
心臓の鼓動が早まり、全身が緊張した。

しかし、始動の口から出てきたのは意外な言葉だった。
「ごめんね」
「…」
「まだ痛い?」
始動は、あんなことはやりたくない、でもメ口には逆らえない、というようなことを半分独り言のような調子でポツリポツリと月に話しかけた。

尋問のテクニックとして、恫喝や体罰で被疑者を痛めつけた後懐柔役が同情するそぶりを見せ、揺さぶりをかけることがある。
うっかり重要な情報を与えないよう気をつけながら、やけに神妙にうなだれている目の前の死神にいくつか返事をしてやると、死神はその異形の容貌を嬉しそうにほころばせた。もちろん、闇に阻まれて月には見えない。

「キラ、あのさ」
「何」
「あんなふうに言ってたけど、メ口はたぶん、ノートは返してくれないと思うんだ」
あ、そのくらいはわかるんだ、と月は少しおかしくなった。
極度の疲労と睡眠不足、傷からくる発熱のせいで精神状態が普通ではないのだろう。

「僕もそう思うよ。それどころか僕のノートを本気で手に入れるつもりもないのかもしれない。今の時点ではね」
「えっ」
「本当にノートが欲しかったら、いくらでも違うやり方があるはずだから。メ口の第一の目的はそれじゃない」
「じゃあなんで…今日みたいなこと…」

「支配欲…征服欲…それから独占欲…かな」
「むずかしい。よくわかんない」
始動は恥ずかしそうに俯く。
「キラを手に入れた。そのキラを自分自身の支配下において屈服させる…それが今、メ口が望んでいることだよ」
「そうなの」
「そうだよ わかるんだ そういうの初めてじゃないから」
月の心と体に、嫌でもあの数年前の経験が蘇る。

4年前の数十日に及ぶ監禁中、あの男は、深夜の監視が彼と彼の執事のみになる日、必ず房を訪れた。
檻を掴んでゆらりと立った姿勢。無表情に月を見下ろすその底なしの淵のような双眸。
昼間の飄々とした言動・風貌からは想像もできないほど残虐にあの男は月を扱い、月は拷問の苦痛から逃れようとして、房の壁や床に幾度も幾度も頭を打ちつけた。
捜査本部には「監禁のストレスによる自傷行為」と説明していたらしい。

監禁が終って、手錠でつながれた生活に移ってからもあの男は月を苛み続けた。
夜毎の征服の儀式による傷が、日常生活では隠れて見えない箇所に巧妙に繰り返し穿たれた。
行為の間中呪文のように繰り返される自白の強要は、ひどく形式的で白々しいものだった。
あの男の内側を占めていたのは━━━

「メ口はたぶん明日はキラにもっと酷いことしろって言うと思う」
「だろうね」
「やだなぁ…」
「やなのはこっちだよ」
「うん、ごめん。ほんとごめん」
「喋ったってメ口は止めたりしないさ。…悪いけど、もう出て行ってくれるかい?体を休めたい…」

月は眼を閉じて、再び全身を冷たい床に預けた。
火照った頬の熱がコンクリートに吸い取られ、わずかに楽になる。

メ口の今後の出方を推測してみる。
メ口の手中にあるキラは今、ノートは使えない。
事実上、世界でノートを使えるのは自分たちだけと思っているに違いない。
早急に手に入れる必要性はないと考えるだろう。

ならば焦る必要は無い。時間はある。脱出のチャンスもいつか必ず訪れる。

後は自分の体力と精神力が持つかどうか…


翌日、2人の男が手当てをするために室を訪れ、いたわりのかけらもない手荒な処置を施す間、月は天井を睨みつけたまま眉を震わせて痛みをこらえていた。

血を吸ってかたく撚れたシャツを切り裂き、胸の傷を洗浄し、軟膏を塗りこめる。
とりわけ深く抉れた箇所を医療用テープで引き寄せて留め、傷全体をガーゼで塞ぎ包帯を巻き終わっても、
2人は下品な笑みを浮かべながらその場から去ろうとはしない。

半裸で横たわる華奢な体、乱れた髪、後ろ手に括られた両腕、鎖につながれた首輪。
そのすべてが2人の劣情を刺激し、性的な興奮を駆り立てるよう働いた。

1人が月のウエストのボタンに手を伸ばす。
ビクっと小さく体を跳ねさせ、逃げるように腰を引いた月を男達はあざけるように笑った。
「ご期待に添えなくて悪いが、勘違いするなよ。消炎剤だ。痛みも治まるし熱も下がる」
ケースに入った白い座薬を月の目の前でヒラヒラと動かす。
「やめろ いらな…うっ ぐ…!」
包帯の上から傷口を掴まれ、声が詰まる。
「やっと声を聞かせてくれたと思ったらずいぶんとご挨拶だな。せっかく手当てしてやってるのに」
喋りながらボタンをはずし、ファスナーをおろす。

1人が月にまたがり、双丘を鷲掴みにして割り開いた。
もう1人が座薬をあてがう。
再び腰を引こうとするが、がっちりと押さえ込まれていて身動きもできない。
「どうだ? ん?」
座薬の先端を軸にして円を描くように、わざとゆっくり動かすと、体温で座薬の先端が溶け、じりじりと体内に収まってゆく。

男は中指にたっぷり唾液をつけると、座薬を押し入れ始めた。
「う…うっ」
「そんなに締め付けるなよ」
指の付け根の関節が会陰に食い込むほどに深く突き入れ、左右に捻りながら内襞の感触を楽しむように掻きまわす。
「や、やめ、、んッ」
失血と疲労で色を失っていた頬に赤みが差し、うっすらと汗をかいた双丘が吸い付くような手触りに変わる。

月の体を押さえ込んでいる男が体勢を変え、舌なめずりをしながら顔を覗き込む。
「こいつ、感じてるぜ。こんなことされて」
首輪の鎖を掴まれ、屈辱にそむけようとした顔を無理やりあげさせられる。
「信じられねぇ。見ろよ」
後孔を弄びながら、男は片手で徐々に頭をもたげつつある月の前に触れた。
「あ… はぁ、、くうっ」
悔し涙を滲ませながら、月は両の拳を真っ白になるほどきつく握り締める。
「勃ってるぜ、自分で見てみろ、ほら」
髪を掴まれ、ぐいと下半身のほうに向くよう押さえつけられる。
拒否して眼をかたく瞑る。
しかし視覚を封じたことで、体内で蠢く指の感触、そしてその指が生み出す許しがたい、認めがたい衝動をより一層鮮烈に味わうことになる。

あの男自身の指と舌と、グロテスクな道具と、時にはその執事の手とで、徹底的に開発された体は、月の意志とは関係なく猥らな反応を示し始めていた。

「こんなんじゃ物足りないってか?」
体内を嬲る指が1本増やされる。
浅く深く送り込まれる2本の指によって粘膜が湿った音を立て、それが月の耳に嫌でも聞こえてくる。
「あ…あ んっ」
最も敏感な部分を一瞬かすられ、切なげに腰をくねらせてしまう。
「誘ってるよ」
上半身が捩れるほど一段と首輪が引き上げられ、息苦しい体勢の上、さらに覆いかぶさるようなキスで口を塞がれる。
異物の侵入を防ごうと食いしばりかけた歯と歯の隙間を、ざらついた舌が無理やりこじ開けて侵入する。
月の上と下、水気を孕んだ艶かしい2つの音色が、静かな室にやけに大きく響く。
「んっ ん…ふ」
精一杯の理性で押さえ込もうとしても、くねる指の動きに合わせてむなしく漏れる声がそれに加わる。

「もうたまんねぇ」
後孔を攻めていた男が、指を月に埋め込んだまま、空いた方の手でベルトをカチャカチャとはずしにかかる。
それに倣い、舌で口を犯していた男も片手を股間のファスナーに掛けようとして…硬直した。
男はまっすぐに開け放しのドアを凝視している。
ベルトをはずし、下着をずり下げ、自らの反り返ったモノを掴み出していた男も視線をドアへ向ける。

ふいに首輪の鎖を手放され、月はしたたかに頬と胸を床に打ちつけた。
傷口にずんと響く痛みに顔が歪む。思わず身を縮めると、自然にドアが視界に入る格好になった。

「手当てご苦労」
死神を従えたメ口が、そこにいた。
燃えるような眼で3人を見下ろしている。

男達はひどくうろたえ、引き攣った顔に愛想笑いを浮かべた。
「いや…その、これはこいつが誘って」
「死にたくなかったらさっさと出て行け」
メ口が低い声でピシリと言い放つ。

着衣を整えるのもそこそこに、2人はあわててその場を後にした。
メ口が殴りつけるようにして重い鉄のドアを閉め、室全体を揺るがす大きな音が響いた。

メ口はゆっくりと月に近寄り、射るような視線を投げつける。
握りしめた手の中のチョコレートが音を立てて砕け、包み紙ごと小さな塊になった。

月はむき出しになった腰をかばうように伏せる。
その上気した頬と、潤んだ瞳と、乱れた呼吸はメ口の眼から見ても、あきらかに苦痛のみを起源としたものではないとわかる。

買ったばかりの新しい玩具を知らないうちに開封され、勝手に使われた。
しかも、新品だと思い込んで手に入れたその玩具は誰かの使い古しだった。

表現しようのない怒りが沸々と湧き上がってくる。
嫌悪、軽蔑、失望。どす黒い感情がメ口の中で膨れ上がり、その矛先はすべて月に向かった。

「この…淫売が!」
月の細い体が壁に叩きつけられた。
ふたつ折りになってゲホゲホと咳き込む所へ、息もつかせず続けざまに蹴りが入る。
ぐったりと動かない月に唾を吐きかけ、配管に巻きつけられた首輪の鎖をジャラジャラと解いていく。
「淫売は淫売らしく扱ってやる…覚悟しろよ…」

メ口は月を1人用のソファまで引きずっていって座らせ、首輪から伸びた鎖を背もたれの裏側を通してソファの足に繋いだ。
月の頭は背もたれの上に乗る形で押さえつけられている。鎖はピンと張り、遊びは全くない。
限界まで反らせた白い喉にさらに首輪が食い込む。

「始動、脱がせろ。全部だ」
先ほどからのメ口の剣幕に怯えて震えていた始動が、叱られた子供の様にビクッと小さく飛び上がる。
メ口が何故月に対して怒りをあらわにしているのか、まるで理解できない。
”キラが2人の男に虐められている”少なくとも始動にはそう見えた。
メ口が男達に「出て行け」と言った時、ああよかった、とさえ思ったのだ。
始動は混乱しながらも、メ口の指示通りにした。

メ口は男達が置いて行った処置用の道具類の中から医療用テープを取り出した。
始動に月の膝を曲げさせ、足の付け根と足首とを一緒にして巻きつける。
もう片方の足も同じようにして固定し、メ口が膝を掴んでのしかかるように左右に押し開くと
体の自由がほぼ完全に奪われる厳しい拘束になった。

先ほどまで嬲られていた箇所が冷たい照明の下に晒される。
屈辱的な姿勢を取らされ、さらに全身を舐めるようなメ口の視線を感じても
月にできることはメ口を睨み返すことだけだった。

「お前に相応しい格好だな」
少しでも呼吸を楽にしようとして、浅く早く息をつく月を覗き込み、メ口は口角を歪めて笑う。
胸の悪くなるような甘ったるいチョコレートの匂いを嗅ぎ取った瞬間、突然、月の思考が激しく乱れた。
裸にされての拘束。
自由にならない呼吸。
絡みつくように漂う甘い香り。
忌まわしい記憶に直結する、決して組み上げてはならないパズルのピースが揃いはじめる。

月の理性を崩壊させる予感に満ちた激流が、胸の奥から込み上げてくる。
呼吸を整え、精神を落ち着かせることに集中しようとした。

メ口の手が月のやわらかい下腹部に触れた瞬間、全身に緊張が走り、冷や汗がどっと噴き出す。
かつてあの男が執拗に責めた箇所の、幾重にも重なる古い傷痕に、滑らかな皮の手袋をつけた指先が這う。
引き攣れた小さな傷痕の一つ一つを確かめるようにじっくりと観察した後、メ口は再び顔を寄せた。
一層チョコレートが甘く香る。首輪が喉に食い込み、整えようとした呼吸が再び激しく乱れ始める。

「…得るに容疑を掛けられたっていうのは本当だったんだな。どんなふうに責められた?電気と、針と、それから…」
呼吸のコントロールを失いつつあるところへ、追い討ちをかけるように、核心を突くキーワードが次々と浴びせられる。
眼を閉じてはいけない。閉じれば必ず引きずり込まれる。
何年も闘い続けて、やっとの思いで封じ込めてきた、振り返るたび追体験を強いられるあの世界へ。

「そしてこっちの方を仕込んだのも…」
メ口が月の前に足を掛け、そのままギリギリと踏みにじる。
「ああ…あ!」
縛められた喉から押しつぶされたような声が漏れ、顔が歪む。
「どんな躾を受けたのか見せてもらおうか」
瞬きもしない、真上から見下ろす大きな黒い瞳。
似ている。
そう認識した途端、パズルの最後の1ピースがパチリと音を立ててはまり、決壊した。





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