/ユイの独り言
ルイ作
エレイス=ステアー
年齢は17
性格は明るく温和だが、少々心配性なところもある。
家の血筋により特殊な能力『不死の躰』を持っている
そのため他人より自己犠牲が強いせいか、よくピンチに陥りやすい。
彼女エレイス・ステアーは、僕ことユイ・シャーロックの大切な人だ。
誰にも譲れない、幼馴染みであり、親友であり、彼女であり、母親のような存在。
彼女がいて僕がいるというか、彼女あっての僕というか・・・
しかし、それはけして例えでも何でも無い。
彼女が居なければユイ・シャーロックという人間はとっくの昔に
この世から居なくなっていただろう。
この体に何らかの異変が出ると、ステアーが優しく抱きしめる様に、もしくは
何かから一生懸命護るように、僕の異変を治していく。
其れを間近で感じる度、感謝しきれないほどの感謝をステアーにする。と同時に自分など
居ない方が、ステアーの為になるのではないかと思った事も少なくない。
そんな事を思ったり、時に呟いたりすると、決まってステアーは少し眉を顰めながら
「そんな事無いよ、私はユイが一緒に居てくれるだけで嬉しいんだから、
そんな事言っちゃだめ。分かった?」
と、始めは怒った顔をするも言い終わる頃には、微笑んでいる。
その言葉を言われる度、彼女への申し訳なさと自分が幸せであることを再確認する。
−−−出会い
初めてエレイスに出会ったのは6歳の時。
特に誰といるでもなく、家の近くの公園に足を踏み入れた。
公園では沢山の子どもが遊んでいた。
自分より年下の子や年上の子が、はしゃぎ回っている。
そんな他の子達を見ながら、僕は砂場へと近付いた。
そこでも、子どもが数人集まって何か作っていた。
近くに寄って見ると、おとぎ話に出て来るような洋風のお城が出来上がろうとしていた。
しかし、僕の目を捕えて離さなかったのはお城ではなく、砂場の隅で女の子が作っていた物だった。
その時何を作っていたか覚えてないけど、当時の僕には、お城より魅力的に見えたのかも知れない。
その子の元に歩いていって、何の迷いもなくこう言った。
「僕もそれ、一緒に作っていい?」
僕が来たことに気付いて、女の子は顔を上げた。
突然のことで女の子は驚いていたが、すぐに、こぼれんばかりの笑顔を浮かべて返事をくれた。
「うん、良いよ。」
この何でもない会話から、僕達の時間が動き始める。
それからの僕たちは何処に行くにも一緒だった。
公園で走り回ったり、色々な所を探検してみたり、少し遠くにある森に怖くないようにと手を繋ぎながら入ってみたり、
たまに同い年くらいの男の子にエレイスと一緒にいるのをからかわれたりもした…。
言われた時は気恥ずかしさがあったが、エレイスがこちらを見て
「気にしちゃダメだよ、いこ。」
キュッと手を繋いで、他の場所へ移動する。
女の子に護られているように見えて情けないかもしれないが、本当は恥ずかしいであろうエレイスが強がって僕の手を引いて行く背中を見るのが、なんとなく好きだった。
毎日のように外で遊んでいたのだが二人という人数の少なさと僕の家の門限が早かったため、殆どの場所に少しの飽きが出てきた。
エレイスの家に行った事もあったが、初めて他人の家に入ったため緊張と珍しさであまり遊べなかった。
そのことを母に話していた。
父の耳にもそれが入ったのか、エレイスを家に呼んだらどうだと言ってきた。
それはとても稀な事で、特に父親は家の人間以外の人を入れることを嫌っていた。
めずらしい事だと思っていたが、今までエレイスの家に行った事はあったが僕の家に連れて来たことは無かったため、
何の疑いもせず、むしろ喜んでそれを受け入れた。
今になって考えれば、この時父親は何かに気づいていたのかもしれない…エレイスに何らかの能力があることに。
そして彼女に会って確信したのだろう、これが自分の息子を助けるものだと……。
その後、小学校に入り、エレイスと同じクラスになれた事を彼女と一緒に喜んだ。
でも、僕たちは知らない……それが仕組まれている事だと…小学校から今まで不自然な程、同じ教室に入る事になる事を。
とはいえ、当時はそれが分からなかったし、例え分かったとしても同じクラスになれる事を僕はもちろん、彼女もとても喜んでいた…それは間違いなかった。
過ごしていく日々に不満なんて無かったし、毎日が楽しくて、このまま、過ぎていくのが勿体ないくらいの時間を彼女と
一緒に、大人になっても過ごしていくのだと信じて疑わなかった………あの日までは。
−−−異変
中学生になり、この時も例に漏れる事無くエレイスと同じクラスになった。
「また一緒だね、ユイ。」
「うん、そうだね。」
お互いの顔を見ながら笑いあった。
しかし、楽しくまた順調な毎日が、少しずつ、緩やかに、蝕まれ始めていた。
この時はまだ、今のように表面に現われる事は無く、夜眠っている時に夢となって僕の精神をじりじりと絞め上げていった。
最初に見た夢は月の光の当たる何処かで、髪が赤い僕が立っていて、その足元にはエレイスが血を流して倒れていた。
強引に目を開いて起きると、時間は決まって午前2時頃だった。
「……何なんだ…あれ…。」
最悪の寝起きと体にへばり着いているシャツに不快を感じながら、上に着ていたシャツを脱ぎ捨てた。
新しくシャツを出し、それを着てベッドに入ったがなかなか寝付けなかった。
また同じような夢を見るのではないかと……不安で。
あんなエレイスを、また……。
そのまま深い思考の渦に嵌まり、その夜は眠る事が出来なかった…。
次の日の朝、いつもの様にエレイスとの待ち合わせの場所に行く。
正直、休めるものなら休んでしまいたかった……足は鉛のように重く、頭は内側から思い切り叩かれているような痛みが走り
吐き気が胸の中で、ぐるぐると渦を巻いて今すぐにでも何とかしたかった。
何よりあんな夢を見てしまった僕が、エレイスに会うのは…間違っているような気がして、何処か後ろめたかった。
待ち合わせ場所に着くと、エレイスはまだ来ていなかった。
いつもなら、僕が時間ぎりぎりに家を出てエレイスを待たせてしまっているのだが、今日はずっと起きていたため
エレイスより早く来ることが出来た。
少しぼうっとしていると、パタパタと足音が近づいて来た。
音のする方に顔を向けると、いつもの彼女がそこにいた。
「おはよう、エレイス。」
「おはよう、ユイ。今日は早いね。」
「ちょっと早起きしたんだ。」
「そうなんだ。じゃあ、これからもそうしてくれると嬉しいなぁ。」
僕の言葉を聴いて嬉しそうに笑いながらこちらを見る。
「あはは、多分今日だけだよ………っ!」
ふと、エレイスの顔が夢の中の血まみれ顔と重なって見えた。
「っ…行こう、早く来ても学校に遅刻したら意味が無いから…。」
思わず顔を逸らし、強くエレイスの手を引いて学校へ歩き出す。
「え?ぅ、うん、そうだね。」
不思議に思ったのかエレイスはそれから話しかけてくる事は無く、お互い無言のまま歩いた。
歩いている間、自分の鼓動だけが響いて耳障りだった。
「……。」
「……。」
そのまま話す事も無く学校の前に着いた。
門をくぐろうとした時、後ろから腕を引っ張られるように止まった。
「とっ……エレイス?」
振り返ってみると何か言いたそうにエレイスがこちらを見ていた。
「…何かあったの?」
心配そうに表情を曇らせながら、予想していた言葉を掛けてきた。
「大丈夫だよ、まあちょっと寝不足なのはあるけ…」
「そんな事じゃなくてっ!」
ごまかしの為に用意していた台詞を遮り、予想外の言葉を言われた。
「…え?…それって、どういう…」
こちらが聞き返すとエレイスは少し困ったように眉を曲げながら言葉を続ける。
「いや、私もよく解らないんだけど…何ていうか、もっと深い所っていうかっ…とにかくっ!体におかしな所は無い!?何か体に変な模様が浮き出てきたとか、何かよく分からないものが見えるとか!」
いつもの彼女の落ち着いた喋り方ではなく、とにかく何かを伝えようと声を荒げて喋っている。
つまり彼女は、風邪や体調不良といった『普通』の体の異常では無く、説明のつかない『異状』な体の異常はないかと
聴いているのだ。
「……。」
正直、本当に驚いた。
確かに昔、朝から頭が痛いのを隠してエレイスと遊んでいた時に、少し経ってから −−−6年前『回想』
『ユイ、どっか痛いでしょ。』
そう尋ねられ、最初は隠していたが何度も聴いてくるエレイスに負け、白状した。
そのまま僕を家まで送り、別れる時に…
『ユイのことは全部分かるんだからね、ちゃんと言ってくれなきゃヤだよ。』
僕の頭に軽く手を載せながら言い、わかったと僕が言うと嬉しそうに笑って帰っていった。
その時は、僕が隠しているつもりでも何処か表情に出ていたのかと思い、少し残念だったが、それを見抜いたエレイスに
感心していた。 −−−『回想』終了
そして、今回もまんまと見破られた。
見破られたのだが…少々疑問が残る。
「…何で、寝不足だけじゃないって分かるんだい?」
そう、確かに普段では有り得ないような夢を見てそれで悩んでいる…そのせいで寝不足になったのは確かだし、何より
何故エレイスがそんな事を言うのか、なぜ分かるのか…僕はそれが分からなかった。
「それは……」
先程までの勢いは消え、困ったように表情を曇らせながら俯いている。
こんな弱った顔をしたエレイスを見るのは初めてかもしれない。
だからなのか、罪悪感から胸をちくりと刺す小さな痛みと、少しだけ、本当に少しだけ……エレイスの弱い表情を
もっと見たいと思ってしまった…。
そんな邪な事を考えていると、黙っていたエレイスが口を開き、声のトーンを下げて話し始めた。
「あの、信じてもらえないかもしれないけど…何となく、いつものユイの気配じゃないような気がして…
ユイの周りに何か違うものがあるって言うか、それが何かは私もよく分からなくて…でも、何か違うのは本当なの。」
小さくもはっきりとした喋り方で、僕の問いに答える。
それは、不確かな言葉ばかりで綴られた、僕自身も感じている、確かな『異変』だった…。
「そっか…。」
申し訳なさそうに俯いているエレイスを見る。
彼女が、僕の話してもいない異変が分かった事は不思議だと思う…でも、目の前にいる彼女は
素直に僕のことを心配してくれている。
まあ、途中邪なことも考えたが…。
何にせよエレイスの気遣いは嬉しかった。
「ごめんね…変な事言って。」
「いや、変な事じゃないよ。エレイスは僕のことを心配してくれたんだから。…ありがとう、エレイス。」
そう言うとエレイスは少し驚いたように顔を上げて僕の顔を見る。
僕はエレイスの気持ちに答えるように笑いながら彼女を見つめる。
「ユイ…。」
そんな彼女の顔は嬉しそうに綻んでいた。
「ほら、行こう。早く入らないと遅刻しちゃうよ。」
「うん。」
今度は優しく手を取り、エレイスの速さにあわせて歩き、門をくぐって教室へ入っていった。
その日は特に何事も無く授業が終わった。
たまに夢に出てきたエレイスと、現実のエレイスがだぶって見えたりしてあまり気分は良くなかった。
あと、嫌いな教師の授業では、あまり聞きたいと思わないので寝ている事が多いのだが、今日は夢の事があって寝る事はなかった。
それにより、その対象となっている教師の一部に時々珍しそうな視線を向けられたのが、少し嫌だった。
それ以外は、すべて普段と同じように過ぎていった。
学校の門を出た帰り道も、いつものように他愛も無い話をして朝の待ち合わせ場所まで一緒に歩く。
別れ道である待ち合わせ場所に着くと、僕の方を向きながら自分の家のある方に移動する。
「それじゃあ、また明日ね。」
「うん、また明日。」
朝とは逆に、ここからはお互い別れて家に帰る。
まあ、家のある方向が違うから当たり前なのだが…しかし、朝の事があってなのかお互い足が動かなかった。
「……。」
「……。」
ふとエレイスの顔を見ると、ちょうどエレイスもこちらを見ようとしていたらしく、磁石が引かれ合う様に視線が合った。
「あっ…と。」
「ぁ……っ。」
その瞬間、スイッチが入ったように顔から熱くなっていき、エレイスの顔を見ているのが恥ずかしいのか、焦っているのか良く解らない感じになって
とにかく全身がむず痒くなって思わず視線をそらした。
「っ!…。」
そのまま、話す事も無く1分なのか10分なのか30分なのかよく分からない時間が過ぎた頃、エレイスが一歩こちらに近付いて来た。
それにつられる様に顔を上げてエレイスを見た。
すると、エレイスも頬を赤くしながら僕の方を向いていた。
「…あのね、ユイ…。」
「な、なに…?」
その先が言いにくいのか、何とか言おうと口は動いているがなかなか声が出ていなかった。
見ていてこちらが焦ってきそうになるので、深呼吸でもして落ち着いて…と言おうとしたのと同時に、エレイスが声を出した。
「あのねっ…もし、誰にも言えない様なことで悩んだり、苦しんだりした時は……私に、教えて?」
「…え?」
思いもよらない言葉だった。
頬を赤く染め、柔らかな笑みを浮かべながら、迷いのない目で僕を見て、まるで救いの様な言葉を僕にくれた。
「私は…ユイの味方だから…ずっと傍にいるよ。」
「……う、うん。」
あまりにも突然で、気の利いた返事が出来なかった。
それでも、僕が頷いたのを見て満面の笑みを浮かべ、僕もそれにつられる様に笑った。
もしエレイスが僕のように何かで思い悩んでいたり苦しんでいたりしたときは、僕の口から言おうとも思っている程、僕はこの言葉に
救われ、助けられた。
僕にとってこの言葉は、何処の誰だか分からない人が言っているお告げとか天の声なんかより、深く、体の奥、意識の深くに染み渡った。
「それじゃあ、そろそろ…。」
エレイスに言われた言葉を、何度も頭の中で繰り返していると、エレイスが時間を気にしてか帰ろうと切り出してきた。
「そ、そうだね…。」
僕の父親が門限に厳しいのはエレイスも知っていた。
だからこそ、今この別れは少し残念だった。
この時くらい、忘れててくれても……と、今だけはエレイスの真面目な性格を疎んだ。
「……。」
「ユイ?」
帰ることに同意したにもかかわらず、歩き出そうとしない僕をおかしく思ったのか覗き込むようにして僕の顔を見ながら呼んだ。
「うん、分かってる……帰らなきゃね。」
そう、目の前のエレイスと自分に言い聞かせながら家の方に向かって歩き出す。
「あ…うん。」
体に触れそうなくらい近くを横切り、待ち合わせの場所を離れる。
「またねっ、ユイ。」
声を荒げることもなく、いつもと同じ声の大きさで体3つ分位離れた僕に言った。
「ぁ…」
その声に振り返るとエレイスがこちらを向いて立っていた。
「またね。」
「……うん。また、明日。」
そういうとエレイスは、軽く手を振り背を向けて歩いていった。